2009年12月 9日 (水曜日)

飯守さんの「英雄の生涯」

Pa0_0448 東京シティ・フィル第234回定期演奏会
ヴォルフ:イタリアのセレナード
ゴルトシュミット:交響的シャコンヌ
R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
飯守泰次郎指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

(東京オペラシティコンサートホール)

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(いつもながら帰宅して速攻感想を書いているので、誤字脱字あるかもしれんが許してちょ)

師走。私は一年で一番忙しいはずで、コンサートなんてとんでもない季節のはずなんだけど、よく考えてみると結構12月にコンサート行くことが多い。このブログを始めてから「あー、ちくしょー忙しいのにどこもかしこもイルミネりやがって」とか悪態ついているけど、実はこの時期のコンサートの記事がなんと多いことか。

この時期は年末調整でいつもいつも「扶養控除申告書」なんかの書類が机の上に何百枚も何千枚も積み重なってるわけで、そんな毎日を過ごしていると自然と「現実逃避してぇえええ」と思ってしまうのかなあと思う。あら、お言葉が汚くてよ、すいませんでありんす。

で、今日は予想外に定時で終わったのでいちもくさんに会社から逃げてオペラ・シティへ。大好きな舞台横から見下ろす席をゲット。飯守さんのコンサートではデフォの「プレトーク」は残念ながらもう終わりのほう。相変わらずお元気そうだな飯守先生は。よかったよかった。

で・・・相変わらず客が少ない。毎年こんななんだが大丈夫なんだろうか。人気もののはずのマーラーやシュトラウスでさえこんな客の入りである。

今日は美味しいメニューのはずが・・・なんだかなあ、私の弱点の一つであるゴルトシュミットが入ってるのがちょっとなあ。退廃音楽の作曲家は時代的に好きな人が多いんだが、ゴルトシュミットだけはどうもダメだ。音楽的にどうしても無理な「堂々たるコキュ」や内容がトラウマものの「ベアトリーチェ・チェンチ」はCDを売ってしまった。本日の曲目の「交響的シャコンヌ」も初めて聴いたけど、私の中の「受け付けない要素」が存分に発揮されている。それが何であるかさっぱりわからないのだが。

ということでヴォルフはまだしも、前半曲目は楽しめず。しかし後半のメイン・ディッシュだけでも全然お金払った分は(それ以上)楽しめた感じだった。

とにかく、今日は席が絶妙だった。2階席金管楽器の真横である。チューバのベルが大砲の口みたいにこっちを向いている。なんかコワイ。唾抜きの音さえも聞こえる。チューバ奏者さんは楽器を二つ持ってるしミュートをつけたり外したり忙しそう。ティンパニーの奏者さんも、ただでさえ大活躍しているんだけれど、叩いてない間も密かにチューニングを行っていたりとか(なんか「職人!」って感じ)結構忙しいんだな。

ホルンが主役なこの曲だけど、今日は数えたらホルン奏者9人いた。なんだかサエコちゃんばりの小柄な若い女の子が吹いてたりして、なんかこの席でよかったなあなどと思う(おっさんか私は)。トランペットはもちろん大活躍で、途中退場して舞台裏でファンファーレを吹いて(その間、舞台出入り口は最初は半開き、後半は全開にして音量を調節)、また忙しく戻ってきて英雄の敵たちと戦う場面を吹く。なんか「いや~もう師走は忙しいですな~」とか談笑しながら入ってきたら面白いかな~とか、たまには暇そうなクラリネットが舞台裏で吹いて観客たちを驚かせるのとかどう?とか思ったりしていた。

でも、そんなアホなことばっかり考えてるわけではなくて、やっぱり戦争?の場面はすごい迫力で全身総毛立ったし(こんなに鳥肌立ったの久しぶり)、やっぱり生で聴く迫力って何物にも代えがたいなあと思った。まあ席が席だけに、残念ながらヴァイオリンソロはあまり響いてこなかったんですけど、なんとなく想像と経験で補って聴いておりました。万全の席なんてないんだな。

そんな派手な場面ばかりでなく、晩年の英雄のしみじみとした弦なんかもさすが飯守さんの指揮だわという感じで、しんみりとして聴いていました。いやはや本当に素晴らしい演奏でした。こんな素晴らしい「英雄の生涯」は遠い昔に聴いたサヴァリッシュの実演以来でした・・・つか、この2回しか実演で聴いたことないっぽいんだけども。いつまでもこの音楽が続いたらなあと思うくらいでした。少ない観客ながらも拍手は鳴りやまず、最後はオケの皆さんが一礼してお開きとなりました。

Pa0_0447 例年のごとくイルミネりやがったオペラシティ。

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2009年11月22日 (日曜日)

二期会・カプリッチョ

Capriccio_thumbR・シュトラウス:歌劇「カプリッチョ」
佐々木典子(伯爵令嬢マドレーヌ)、初鹿野 剛(伯爵、マドレーヌの兄)、望月哲也(作曲家フラマン)、石崎秀和(詩人オリヴィエ)、米谷毅彦(劇場支配人ラ・ロシュ)、加納悦子(女優クレロン)、大川信之(トープ氏)、羽山弘子(イタリア人ソプラノ歌手)、渡邉公威(イタリア人テノール歌手)、佐野正一(執事長)、他
沼尻竜典指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
演出・装置/ジョエル・ローウェルス
(日生劇場)

ああ、観てきた。カプリッチョ。さっき観てきた。
明日が最終日だから、明日もし観に行く方はこの先読まないほうがいいかもしれぬ。ネタばれになるからね。私は誰の感想も見ないで行きました。

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いつものように二期会はダブルキャストだったんだけど、両キャストとも観るわけにもいかず、涙をのんで佐々木組キャストで。釜洞さんも好きな歌手さんなので迷った。クレロン役の谷口さんも観たかった。でも佐々木組はテノールの望月さん(戦争レクイエムで要チェック)、ソプラノの羽山さん(ワーグナーの妖精で要チェック)が出演するということでこちらに決定。

で、二期会「ワルキューレ」で演出をしていたローウェルスさんがまた演出をするということで「多分また何かやってくれるだろう」と思ったけど、今回はもっとやってくれた・・・ある意味「ワルキューレ」よりも。入口で配られたチラシの中に「演出家からのメッセージ」ってのが入ってた。「1942年。ナチス政権の勢力が頂点に達していた頃、80歳のR・シュトラウスは自身最後のオペラ『カプリッチョ』に取り組んでいた。」・・・と始まるこの文を読んで、あるCDを思い出した。ウチにある、以前このblogでもご紹介したリーザ・デラ・カーザのR・シュトラウス歌曲&オペラ名場面集のことである。

過去記事:ベーム・4つの最後の歌

晩年のシュトラウスの、死を意識した「四つの最後の歌」はもちろんのこと、それに続いて収録のオペラの名場面集も、聴いていると何故か戦後の歌劇場の廃墟の中で朦朧として歌っているプリマドンナの姿が頭の中に浮かぶ。シュトラウスの死後4~5年しか経ってない録音のせいなのか。

今日の演出はこのCDで聞く雰囲気がそのままであった。シュトラウスがこのオペラを作曲した時代を舞台にしましたという感じ。ということでナチスもでてくるわユダヤ人も出てくるわ。オペラという華やかな舞台を根源から覆すようで、例えばもしこの演出をドイツでやったらどうだったかな、一昔前だったらブーイングだったかもしれない。日本のお客様は結構こんな演出には慣れているので大丈夫だが。

開演。あの優雅な弦楽合奏の前奏は、荒らされた暗い室内から始まる。男性二人が入ってきて(詩人と作曲家?)、心配そうに荒らされた家具やら肖像画やらを見まわっている。そのうち室内がきれいになって舞台は明るくなる。
「ああ、そうなの。やっぱり今日の演出はナチス関係なのね?じゃあ、最後にナチスがどっと出てくるのね?」と始めは覚えてるんだけど・・・あとのほうになると(あまりに音楽が楽しくて)すっかり忘れちまうんだわ。

で、まあ細かいことは他の人のblogに書いてあると思うんで(逃!)、気がついたことをぽろぽろと。

・望月さんは本当にいい声なのでほれぼれする。日本の歌手でも稀有な美声なのでは、と思う。階段の上り下りにはくれぐれも気をつけなさいね。

・おじいさんがずっとお掃除をしている。お掃除してないときは寝ている・・・キュート。

・舞台上でみんなで食べてるチョコレートケーキとワインが凄い美味しそうだった。帰りに赤ワインとチョコケーキ買って帰ろうかと思った(買わなかったけど)。バレリーナの子供たちは舞台でマジ食いしてたのかな?歌手のみなさんはさすがに舞台では食べなかったみたいだけど。

・二人のイタリア人歌手、テノールはすごい太ってて、ソプラノは羽山さんだからとっても小柄。二人並んで歌ってると昔展覧会で見たパリの見世物小屋のレトロなポスターみたい(失礼?でも可愛かったのよ)。二人で目立とうと争いながら「アディーオ」なんて歌ってるけど、そのうちソプラノは(用意してた小道具で)服毒自殺をはかり(←演技)、倒れたあと上からナイフで自殺した(←演技)太ったテノールが覆いかぶさってきて、ソプラノ気絶(←演技)。いや~羽山ちゃん可愛いわいつ見ても。別キャストではテノール太ってないんで違う演出だったのかも?

・シュトラウスってどのオペラでも混沌(カオス)な場面を入れてるけど本当にカオスが得意みたいだ。音楽での混沌さを舞台でもちゃんと表していて、たとえばみんなが言い争っている間に、後ろで召使いのお兄さんたちがバケツリレー形式で食器を片づけてたのが面白かった。

・・・とこんな感じで楽しく舞台は進み、皆がチョコレート&ワインパーティから帰宅しようとしたその時、ナチスの皆さんがどかどかと入ってくる(アレー)。ああああ、詩人も作曲家も掃除のおじいちゃんもコートにはばっちりとJUDAの黄色い星マークが。女優さんもユダヤ人。劇場支配人は(不本意ながら)ナチの一員だったらしく、こっそり詩人と作曲家を逃す。

で、ナチの親衛隊が室内を荒らして去ったあと、月光の音楽。逃げ遅れたバレリーナの女の子が一人 部屋に入ってくると、一人だけ何故か残ってた若い兵士が。始めは女の子を銃で打つしぐさをするけれど、思い直して上着を脱ぎだして(何すんのさっ)・・・実は兵士はバレエダンサーだった! 月光の中、仲良く踊る二人。まるでバレエ版「戦場のピアニスト」。無理やり泣かせる演出家ローウェルスキター!!

そして100年後(←ウソ)。すっかりおばあちゃんになった伯爵令嬢登場。荒らされた室内の中で最後のシーンを歌う。若く美しかったマドレーヌも、杖なんかついてすでによぼよぼ。いまだに詩人か作曲家か迷ってる様子だが・・・とっくにどっちも死んでると思う。

って、ざあっとこんな感じなんだけれども(席遠かったんで細かい部分間違ってるかもしんね。ごめんね)結構面白かったし、月光の音楽のところでは(見事にローウェルスの策略にハマり)涙が出た。
券の売れ行きが危ぶまれてたけど思ったよりは・・・客席うまってたと思った。私の隣4席ほど空いてたけど。

沼尻さんの指揮はいつも通りがんがん盛り上げるし、うまいもんだと思った。佐々木さんはいつものように気品があって素晴らしかったし(日本のヤノヴィッツとか言ってもいいくらいだ)、他の歌手の方も喝采を受けていた。バレエの子供たちも可愛かった。

終演後、帰り道で「なんか、難解であんまりよくわかんなかった」的な事を話し合う女の人とか何組か見かけた。・・・つか、本当にこういう内容のオペラだとは思ってないよねえ? このオペラ本当はナチスなんか出てこないのよ。勘違いしないでねえ。

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2009年11月 8日 (日曜日)

大体2~3分でわかるかもしれないR・シュトラウスのオペラ

来る「カプリッチョ」上演にちなんで。「バラの騎士」と「サロメ」は過去記事参照のこと。よくわからないのは適当なんで違ってたら指摘して頂戴。

過去記事:大体2~3分でわかる基本的オペラ

グントラム
暴君の公爵を倒した騎士が罪を償うために巡礼の旅へ出る。

火の欠乏
火も愛もない生活はやっぱり困るなあと実感する話。

エレクトラ
憎むべき母とその愛人を弟に殺してもらい、喜んで踊り狂って死ぬ王女様。

ナクソス島のアリアドネ
喜劇と悲劇を一緒に上演したらこんなんなっちゃったぁ。

影のない女
不妊症の皇后が苦難を乗り越えて子供が産める体になる話。

インテルメッツオ
他愛ない夫婦喧嘩をオペラにすんな。

エジプトのヘレナ
夫婦が薬を盛られたり拉致されたりなんか大変そうなオペラ。

アラベラ
貧乏一家が大金持ちと結婚する娘によって救われる話。

無口な女
音に敏感なおっさんに若い嫁がやってくるがうるせー。全部甥の小芝居。

平和の日
長い戦争のあと敵と仲直りして平和の日。

ダフネ
男性恐怖症の娘が二人の男に求愛されて植物になってしまう話。

ダナエの愛
本当はお金持ちなのにみすぼらしいカッコで近づく男って何か韓流ドラマっぽくね?

カプリッチョ
詩人と作曲家に言い寄られて羨ましい未亡人の話。

ロバの影
歯医者がロバを借りて乗っててその日は暑かったのでロバの影に避難したらロバの主が「オレの貸したのはロバだけで影は貸してないぞ」と激怒し裁判してる間にロバは餓死・・・ってどんなオペラだよ全く。(未完)

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2009年7月 5日 (日曜日)

ちょっと昔のレビュー(6)*1994年・クライバー・薔薇の騎士*

このレビューシリーズも半分くらいUPしましたが、本日は私の観たオペラの中で最も高額チケットのもの。バブリーですな。しかしこの曲の第1幕の最初はエロくてええのう、年下の美少年。

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1994年10月20日
R・シュトラウス:楽劇「薔薇の騎士」
フェリシティ・ロット(元帥夫人)、クルト・モル(オックス男爵)、ソフィー・フォン・オッター(オクタヴィアン)、バーバラ・ボニー(ゾフィー)、ゴッドフリート・ホーニク(ファーニナル)、ハインツ・ツェドニク(ヴァルツァッキ)その他
カルロス・クライバー指揮/ウィーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団

6万5千円の夜をあなたに!!の1日。

待ちに待った1日だった。なにしろ、叔父が末期ガンで入院、97歳の祖母が風邪で倒れるなど、身内でもサスペンスなことが起こった私(当時)、その上気分屋クライバーの指揮というサスペンスでギャンブラーな日々であった(興奮していて意味がわからない)。眠れぬ夜が続いた。

当日のホール入口では、いつになく「券求む」の人が多く、その人たちの前で「へへー、私は持ってるんだよ~、でも売らないもんねー」と言ってS券でその人たちのほっぺたをぱしぱししてやろうかと思った・・・そんなことするわけないやね。

とにかくものものしい公演だった。なんせ座席の一つ一つに「撮影、録音、録画はしないで下さい」なんてチラシがおいてあって、(開演前の)字幕スーパーにはずっと「ご注意」が映されているんですから。今までこんなことはなかった。観客も、上演するほうと同じくらいの緊張を強いられる不思議な公演であった。(でもそのせいか、うるさい人がいたらすぐに誰かが注意してくれてよかった)

歌手について。
まず、なんといってもオクタヴィアンがよかった。この役に関しては「こんなん美少年?おばさんにしか見えないよ~~~」みたいなズボン役しか見たことなかったので、フォン・オッターのオクタヴィアンは目からウロコもの。ホント素敵だった。アレは惚れるぜ。

マルシャリンはちと老けていたが、まああんなもんでしょ(草笛光子さんみたいだった)。3幕など、(新カノができたオクタヴィアンに対して)けっこうさっぱりしていて驚いた。なんか、諦めが良すぎないか??という気がしたが。

ゾフィーも良かった。可愛かったし声楽的にも申し分なかった。でも、本日出ていた人は全部声は最高だった。オックスはモルだったし、おとうさんはホーニクだし、ヴァルツァッキはツェドニックでしょ、他に何が必要なの?おまけに指揮はクライバーで、ウィーン・フィルだもんねえ。

負けました・・・あとは私がリラックスするだけだわ。おうちでヴィデオで見たいわ。

とはいうものの、第1幕と第2幕はなんかのんべんたらりとしてオケも間延びしていたし、どーしたんだクライバー!!という感じだったんだけど第3幕は最高だった。第1幕の終わりでブーが出たのでヒヤヒヤしちゃった。クライバー帰っちゃうかと思った。

今日は全公演の最終日だったもんで、最後に酒樽を割ってクライバーは出演者に日本酒をふるまっていました。一生のうちにクライバーの鏡開きを2度も見れるなんて私ってもしかして幸せもの?かもしれない(前はスカラ座の来日公演のボエームで)。

でもこの緊張感は辛かった。あの、バイエルン国立歌劇場の来日公演のような、人間的な温かみが懐かしい。

P1110203_2←カーテンコールでいつもモハメッドと一緒のクライバー 

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結局、異様な緊張感とS席にもかかわらず意外と見えなくて、払った値段のわりにちょっと気が抜けて帰ってきた。・・・あんまり認めたくないが。

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2009年6月29日 (月曜日)

ちょっと昔のレビュー(3)*1992年・バイエルン歌劇場・影のない女*

一部の方には好評の、ちょっと昔のレビュー。懐かしいですな。猿之助さん演出のDVD持ってる方はまた面白いかと。

過去記事:影の無い女/市川猿之助演出

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1992年11月15日
バイエルン国立歌劇場来日公演
R・シュトラウス:歌劇「影の無い女」
市川猿之助/演出
ペーター・ザイフェルト(皇帝)、ルアナ・デヴォル(皇后)、マリアーナ・リポヴシェク(うば)、アラン・タイトス(バラック)、ジャニス・マルティン(バラックの妻)、ヤン=ヘンドリック・ロータリング(伝令師)、ヘルベルト・リッペルト(若い男の声)その他
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮/バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団

ついにこの日が来た。来てしまったのだ。
「影のない女」を観ること。これは今年の私の一番重要なことなのです。

私の一番好きなオペラを3つ挙げるとすると、ワーグナーは全く別にするとベルクの「ルル」、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」、そしてこの「影のない女」ということになります(当時)。この「影のない女」をここ3~4年ばかり愛し続けた私にとって、この公演は期待と不安のいりまじるものでした。オペラの中でも難解極まりないことNo.1?このオペラを、「オペラがお経に聴こえる」(謙遜でしょ~~?)という猿之助氏が演出するという、世にも恐ろしい大プロジェクトなのだからです。

でも、結果は素晴らしいものでした。逆に何故か嫉妬のようなものを覚えました。私はこんなにこのオペラを愛しているのに、オペラがお経に聴こえる人がこんなにすごい演出をしてしまうなんて、悔しいじゃないですか(ど、どうして?)。

それにしてもなんて素晴らしいオペラなんでしょう?聴き進むにつれ、胸がつまってきて何かとても悲しい辛い気分になってしまって泣きっぱなしでした。ことにバラックがかわいそう。そして皇后も。

とにかく台本が素晴らしくて、そしてシュトラウスもとびきりの音楽をつけていてもりだくさんでその上演出も素晴らしくて、もう耳と目の安まるヒマがなくてあっというまに終わってしまった。

出演者について。まず皇后のルアナ・デヴォルは初めて聴く人だが、かなり実力があり声もある人だ(少し前までスチューダーが出たらいいのにと思ったが、とんでもない、あの体型ではあの衣装は無理だ)。背が高く頭が小さくて私の思い描いていた通りの皇后です。演技もよく、1~2幕の表情のないお人形みたいな演技から第3幕になって人間的な迫力ある演技への変貌が素晴らしい。

皇帝のザイフェルトは期待以上でした。ルネ・コロよりも若々しくてよいと思う。それと衣装が抜群であった。

リポヴシェクはさすがにうまい。ほんっとに凄い人だ。この役のために生まれてきたような気がする。衣装はバットマンの模様だったけれど。

バラクの妻のマルティンは好きな歌手だったので二重マル。この役と合っていて可愛い声の持ち主である(外見は・・・)。アラン・タイトスのバラクは実直な性格を表していて涙をさそう。

あと、何より感動的だったのは出演者が皆さん楽しそうにやっているところでした。キモノも板についてる。

演出のことは細かく書いているときりがないので、あんまりしない。でも、影の処理のうまさ(バラクの妻の影はあるのに、皇后の影はどこ?とか)や、天上の人と地上の人とのはっきりとした区別など、うなるものがあった。

この「影のない女」の上演を作曲者に見せたいものである。シュトラウスの生きた時代のヨーロッパは日本へのあこがれが多くあったのでした。なのでシュトラウスと歌舞伎、あわなそうであってしまうのです。

P1110202_3

←初めて見たグラスハーモニカ。ガラスのおわんを重ねて横にしたような感じで足踏みミシンみたいなので踏んで回す。手に水をつけてこする。しかし、初めて見た人は楽器とは思えないだろう。しかし演奏したレッケルト氏、美形だった。

まあ、そんなことより2回目が楽しみです。(他の演目の)「オランダ人」を見るくらいだったら「影のない女」2回観るほうがいいと思ったのでしたが、正解でした。

2回目の座席は舞台から右寄りなので(今回は左だった)楽しみだわ。レッケルトさんも楽しみ。しかし3幕の命の水は絶対オカシイ。「黒子」ならぬ「金子」??

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<後注>当時、私はこの公演によっぽどリキ入れてたらしく、この公演のことが載ったアサヒグラフやら週刊誌やら雑誌の切り抜きが実家にたくさん残されていた。公演当日に配られた出演者の猿之助さんに対する感謝の気持ちを表した寄せ書きのコピーも残っているが、全く関係ない一聴衆の私でもすごくうれしかったのを覚えている。

この公演は画期的なことだったから、NHKでもメイキングを放送したりしてた。でも、かんじんの公演のほうは教育テレビでは放送コードに引っかかったらしく、バラクの3人の兄弟の出てくるところは放送しなかったな~。

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2009年6月28日 (日曜日)

ル スコアール管弦楽団 アルプス交響曲

93788img1ル スコアール管弦楽団 第26回演奏会

プロコフィエフ:スキタイ組曲「アラとロリー」
R・シュトラウス:アルプス交響曲

千葉芳裕指揮/ル スコアール管弦楽団

(すみだトリフォニーホール)

♪ポーニョポーニョポニョ魚の子♪

ああ、もうごめんなさい。ずっと引きずってるの私。こないだの火曜日に最終回を迎えた「白い春」ってドラマを。何かあるごとに阿部ちゃんとか大橋のぞみちゃんのやりとりを思い出しちゃうの。ああ、なんで死んでしまったの~~~春男~~~春男~~~~!!!(←阿部ちゃんの役名)

一生付きまとってやる。

白い春DVD-BOX

そんなことをふまえて、迎えた今日のコンサート。いやあ大好物のアルプス交響曲とあっては、知り合いが出てなくとも行ってしまうにちがいない(葉書もらってたし)。なんたってあたし初めてなんす、アルペソの実演。

大オーケストラを必要とするこの曲。普段より人1.5倍増し乗っている・・・気がする(当社比)。100人乗っても大丈夫、イナバ物置。

そのうえ、なんか遠目に見て「ぬりかべ」と「一反もめん」のハーフみたいなものが舞台上につり下がってる。5枚か6枚くらい。あ、あたしこれ見たことある。ショルティのリングの解説書に写真が出てた、これの何倍も大きい親玉みたいなやつ。これをぶっ叩いて雷をおこすわけだ、ドンナーが。へだーへどー。違うか~

昔の洗濯機の脱水ローラーのでかいやつみたいなのもかすかに見える。これは知ってる。「影のない女」のときにも大活躍してた、脱水ローラー。これは台風を起こすのだな。

って。

すっかりプロコフィエフの曲の存在が私にはないし。ごめんセルゲイ。
全然頭の中から抜けとった。プログラムもらってから気がついた。初めて聴くんだけどこのスキタイ。何が「好きたい」なのか、何が「あら」で「ろり」なのか、いまいちわからんからプログラム冊子読む。へえそういう話なのか。冒頭はとってもやかましい。ロシア・アバンギャルドっぽいというか。色彩的というか。なんかこんな印象で合ってるのか?すくなくとも曲はかっこいいと思った。

で。

休み時間にアンパンをロビーで食らいながら「ああ、あともうすこしでやっと『七つの封印の書』がこのホールで聴けるのね」などと全く関係ないことを思いつつ、後半メインのアルペソ。

この曲は知ってるぞ、全部。どこも頭から最後まで抜けずに知ってる。まあだからどうってことはないけど。ま、間違ってるぞ!なんて指摘できる程でもないから安心して。

とにかく誰も落伍者も出さずに山を登り、遭難者も出さずに下山することが大事だ。それはアルプスだろうが剣岳だろうが高尾山であろうが変わらない。

「夜」から「日の出」までの大盛り上がりはいつもながら大好きだが、やはり実演だと全然迫力が違うもんだ。私は「日の出」のところの「ドロドロドロ・・・」とたたき続けるティンパニーの音が大好き。

しかしアルペソはとかくダイナミックな面ばかり目立ってしまうが、この曲の難しいと思うところは、結構弦の人とかに室内楽的っぽい響きがある事だな(とあたしは勝手に思ってる)。

舞台上はとにかくなんか色んなことが起こり、裏で吹く役のホルンの人が舞台の袖から出たり入ったり。サンダーマシンを叩く人がスタンバイしたり。カウベルも登場。今日の牛さんたちは大人しいなり(ミトプー盤では大暴れ)。オルガンの人は途中まで暇そうなのでたまに観察。

早く!嵐よカモォォォォォォォン!! サンダーマシン、ウィンドマシンカモォォォォォォォォン!!

しかし、期待してたほどサンダーマシンの音は「ああ、こんな感じ?」みたいな感じだった。オケの音が大きいからか。こんなもんか。叩くとこは面白かったけど。結構材質的には薄いのね、サンダーマシン。

シュトラウスとかマーラーとかの演奏会は視覚的にも面白いねえ。

というわけで、はじめはやや足元ぬかるんでた感があったかな?という気もしたのですが(すいません)、道に迷ったりしながらも(いえ、もともとそういう曲ですから)誰も落伍者もなく無事この難曲から下山されたようでありました。ブラボーも多く(「うちわ」の方かもしれませんけど)、私はとても楽しく聴きました。楽員さんの表情にもやりきった感がありました。

コンサート会場がら出ると外は雨。やれやれ。山の天気は変わりやすいねえ。

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2009年5月 9日 (土曜日)

ベーム/ツァラトゥストラはかく語りき

R・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
ミッシェル・シュヴァルベ(ソロ・ヴァイオリン)
カール・ベーム指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


過去記事:ベーム/R・シュトラウス・交響詩集


(すまん・・・この記事、ベームは全然関係ない)

ヒマつぶしに、ニコニコ動画を漁ってたら、ヘンなもんが出てきた。(随分前のUPだが)



どうも、恐山のイタコの人に頼んでニーチェの霊を呼んでもらったらしい。どんなんだろう。わくわく。

ええっと、ところでイタコってそもそも何? 私って、何か「霊を下してくれる人」という知識しかない。

恐山とは・・・青森県の下北半島(バカリズムが言うところの「持つところ」である)にある、日本では高野山、比叡山と並ぶ三大霊場の一つである。

イタコとは・・・日本の東北地方などで口寄せ(神仙や死者・行方不明者の霊などを自身に乗り移らせてその言葉を語ること)を行う巫女で巫の一種である。

つーことで、イタコは東北のオバチャンである。ものすごくなまっている。

オバチャンの言うことにゃ

ニーチェは人に好かれていたらしい。

しかし、いろいろとやりたいことが多すぎたんで、病院にかかるのが遅くなってしまったらしい。

・・・うーん??

東北弁なのか?ニーチェ。ウチの母が東北の人なので多少言葉は解するのだが、少し違う感じだ。半分くらいしかわからん。

(いろいろなサイトで読んだのだが、イタコの人は外人の人の言葉も解するそうな。ちゃんと翻訳されて交信を受け取るらしい・・・よくわからんが。ドイツ人の霊の言葉が日本語で語られてもそれはそんなにおかしなことではないらしい。)

うーん。私はニーチェについてはよくわからん。本もさっぱり読んでないし。更にこの霊を下してもらってた「適菜収」って作家の人も初めて知った(「いたこニーチェ」読んだ人いますか?)。

でも、ニーチェはいろいろとこの作家の人を励ましてあげてた。なんていい人ニーチェ。好きになっちゃうかも。

ところで。

私はニーチェというとこの「ツァラトゥストラはかく語りき」しか思い浮かばない。そのくらいアホなんだって。で、でも、曲自体はよく知ってるはずなのに、この曲に関してはそんなに語れない。元ネタ?の本も読んでないし。

1.導入部
2.現世に背を向ける人々について
3.大いなる憧れについて
4.喜びと情熱について
5.墓場の歌
6.学問について
7.病より癒え行く者
8.舞踏の歌
9.夜のさすらい人の歌

・・・ということなんだが、私は有名な導入部よりはヴァイオリンソロが活躍する「舞踏の歌」のところが好きである。

導入部を聴くとどうしてもあの映画「2001年宇宙の旅」を思い出すが(もう、2001年から8年も経っているのに人類はいまだにインフルエンザで大騒ぎしているんである。あんまり激しい変化はない)、私がいまだに思い出すのが。

どこかの遊園地(多摩テックだったっけか)に行った時のこと。もう私は社会人になっていて、休日に会社の人たちと遊びに行ったのであるが。

何か水流のようなもので動くジェットコースターみたいなのに乗るときに、その乗り物のBGMがえんえんとこの「ツァラトゥストラ」の冒頭だったんだね。

で、私はまあ、「ふうん・・安易な選曲ね」とか思いながら順番を待っていたのだが、その乗り物に乗っていた小学校3~4年生くらいのまだ小さい男の子が

「あああっ!! ツァラトゥストラはかく語りきだ!!」と嬉しげに何度も絶叫していたのだった。「こう語った」ではなく、「かく語りき」と言っていたのが印象的だった。

今は立派なクラヲタになっているに違いない。ちがうか~~

←アナログ盤らしい。

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2009年4月26日 (日曜日)

ミュンシュ&ピアティゴルスキー/ドン・キホーテ

P1110178 R・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」
グレゴール・ピアティゴルスキー(チェロ) ジョセフ・ド・パスクワーレ(ヴィオラ) リチャード・バージン(ヴァイオリン)
シャルル・ミュンシュ指揮/ボストン交響楽団

ブラームス:二重協奏曲
グレゴール・ピアティゴルスキー(チェロ) ナタン・ミルシテイン(ヴァイオリン)、フリッツ・ライナー指揮/フィラデルフィア・ロビンフッド・デル・オーケストラ




何故か前からウチにある、謎のCD?。
実はミュンシュ先生はあまり私は縁のない指揮者なもんで、どういうふうに聴いたらいいのかわからない。(昔、ちょびっとバイトしてた会社に、ミュンシュに似た白髪のおじいさんがいて密かに「しゃるる」とかあだ名をつけていた。まあ、だれもわからんが)

ピアティゴルスキー先生についても実は・・・あんまりわからない(弦楽器奏者あまり詳しくない)。どうやらジャケットが渋くてカッコ良かったから買ったみたいだ。

ピアティゴルスキーはネットで調べたら最近(といっても今年初め)自伝が新装発売されたらしい。タワレコでも売っている。

うむ、この表紙もまた渋いのう。
タワレコから、ちょっと文章拝借。

著者グレゴール・ピアティゴルスキーは、アメリカで名声を博したロシア出身の名チェリスト。同じくロシア出身のルービンシュタイン、ハイフェッツと組んだトリオは、〈100万ドル・トリオ〉とも称された。本書は、激動の時代を生き抜いた名演奏家の、自由かつ奔放な「ボヘミアン」的半生が、ユーモア溢れる筆致で綴られる。

 1903年、現在のウクライナに生まれ、ヴァイオリニストの父に7歳からチェロを学び、9歳にしてプロ・デビュー。15歳でボリショイ劇場管弦楽団の首席チェリストとなるなど、早熟なスタートを切った。1922年、革命後のロシアを逃れ、ポーランド、続いてドイツへ亡命。その命がけの逃亡劇は、小説以上にスリリングだ。ドイツでは巨匠ベッカー、クレンゲルに師事。やがてフルトヴェングラーに才能を見出されてベルリンフィルの首席チェリストに抜擢され、その名人芸によって数々の逸話を残した。

なんか、面白そうな本だわね(たぶん)。ちょっと読んでみたい気もする。

さて、ドン・キホーテ。シュトラウスの中でも私にはあまり縁がない交響詩なもんで(うー、まず実演で聴いたことがない)、なんとも感想を書き辛いんだが、印象としては即興性に溢れた結構激しい演奏みたいな気がする。まあ1955年のモノラル録音なもんで、強奏のときは音が割れてしまったりするんだけど、オケのドライブ感とかチェロが戦うドン・キホーテ並みにバリバリ弾いているのとかはとてもよく聴きとれる。

カップリングのブラームスのドッペルは名ヴァイオリニスト、ミルシテインとの共演。曲も指揮者も全然違うので全く違う世界にきたようである。びしっびしっと折り目正しく厳しい音楽を聴かせる。さすがはライナー。二人の独奏者も、溢れる美音にうっとり。ブラームスってあまり私には縁のない作曲家で、他はバルビローリ盤しか持ってないけどなぜかこの曲は好きなんだよね。とくに第二楽章が好き。もちろんモノラルだけど、なかなか味わいのあるいい録音。

 ←ブラームスはナクソスで入手可能。

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2009年3月12日 (木曜日)

ミトロプーロス/家庭交響曲

R・シュトラウス:家庭交響曲
ディミトリ・ミトロプーロス指揮/ケルン放送交響楽団

(1957年7月19日 ケルン)

最近、ほぼ自炊生活をしていたために、今月支払の光熱費の通知を見ていちいち愕然としている。

ガス代と電気代で、いつもよりほぼ千円くらいずつ加算されている。

これって、全然節約になってない・・・のか? まあ朝必ず炊飯するし夜も何か調理をするから、まあガス代が上がるのは仕方ないが。

えーと電気代は。これはね、意外とミシンの電気代かもしんない。
家にいるときは大体はミシン踏んでたからね(ペダル式)。

実は仕事で、時節柄 スーツが必要に。まあ、スーツくらい買うお金はあるんだがここは縫いものの腕を発揮して。

Pa0_0358_2 材料費約3000円(ボタン・裏地・糸・ファスナーも含む)でスーツが縫えちゃう。しかも普通はスーツなんか縫うとは人は思わないから、全部手作りだというこの事実を知ると大抵「えええ~~???」と驚く。それが愉快。ダイヤモンドユカイ。

で、まあ。

裁縫って縫えるようになると面白いんで何でも縫いたくなる。これはみんなそうみたいで。急に思い立ってパンツをね、縫ってみた。去年縫ったワンピースの余りで。

Pa0_0360_2  まあ、カワイイ。ちょっとせくしー(/ー\*)

でも、どう考えてもこれ、寒い。はき心地の点ではいいとは思えない。一応私がはけるサイズではあるのだが・・・。うーん(悩)。

はく予定なし。姪にでもやるか。

まあ、それはそうと。(これ何のブログだ)

本題はカテキョーだった。ミトプーのカテキョー。

過去記事:ミトロプーロス・アルプス交響曲

家庭交響曲(Sinfonia Domestica )作品53は、 リヒャルト・シュトラウスが作曲した標題交響曲である。曲は切れ目無く演奏されるが、4部に分けることができる。この曲はシュトラウス自身の家庭の様子を曲にしたとも言われている。(ウィキペディアより)

カテキョーは実はあんまり私親しんでない。一人暮らしなもんで人の幸せな家庭をのぞき見するなんて、ちっとも嬉しくない。まー勝手にしろと言いたくなる。妻や子供だけでなく何故かおじさんやおばさんまでちゃっかり登場。子供を寝かしつけてムフフ、なんてもう勝手にやっててくれ。

この「家庭交響曲」て題名もどうだか。英語だとドメスティック・シンフォニーとかなのか?もしかして。ドメスティック・バイオレンス、おお。

この家庭交響曲がシュトラウスの家庭を描いたものなのなら、もしかしてマーラーの6番だって・・・家庭交響曲じゃないだろうか?アルマの主題だって出てくるしさ。シュトラウスよりマーラー家は家庭うまくいってなさそーだけど、これはこれでな。

で、なんだかウチにあるシュトラウス管弦楽曲はなんか古い録音が多い。作曲者自身だったりベームだったり。昔ミトプーのファンだったので、ミトロプーロスのも何枚かある。でも、ミトロプーロスの演奏を聴くと何故か他の演奏がつまらなくなる。ミトプー、聴かせるのうますぎるのだ。

最近、ふとカラヤン指揮のアルプス交響曲を聴いてたら、「ああ、ミトロプーロスだったらここはこうやってたのに。」とか「ミトロプーロスだったらもっと面白いのに。」とか思ってしまった。録音は何十倍もいいのによ。ベルリン・フィルなのによ。なんかな、カラヤンは山登り行く前にすでに高山病かな?みたいな。

やっぱりシュトラウスはウィーン・フィルかあ?と思ったんだが、この「家庭」のオケはケルン。しかし何と言うオケの音の艶っぽいこと。なんて魅惑的な演奏なんでしょう。他の演奏はあまり聴かないのでよくわからないのだけれど、これはこれで凄く素晴らしい演奏に感じる。オケがたいへんうまく聴こえる。ホルンの咆哮がスゴイ。フィナーレは皿やお茶碗が飛び交う夫婦喧嘩でもー大騒ぎだ。

このカテキョー、モノラルだけど音はそんなに悪くないぜえ(当社比)。

で、「これぞカテキョーのベスト」という演奏はどれなんだろう。あんまり色々聞いてないのでワカラン。フルヴェンとかか?やっぱケンペよね!いやマゼールの変態演奏だろ、とか・・・誰か語ってほしいわ。

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2009年2月21日 (土曜日)

ハイティンク/英雄の生涯&死と変容

028946474327R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」、「死と変容」
ヘルマン・クレバース(ヴァイオリン・ソロ)
ベルナルト・ハイティンク指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団



実家に戻って(姪が遊びにきてたので)色々とCDを持って帰ってきたが(いやあ、まだあるのだ)、これはその中の一つ。

こないだ、ハイティンクがシカゴ響をともに日本にやってきた。別にそれは知らなかったわけでもなんでもなくて、コーチのお財布と相談した結果行かなかったのである。ハイティンクはライブで素晴らしい演奏する指揮者というのはよく知っているし、たぶん素晴らしい演奏会になるだろうなあと思いながらも、行かなかった。行かなかったことを





本当に後悔している。




しかし、お金の問題はしょうがないよな(まじで)。

で、このヘルデンレーベン。来日時の演奏曲目でありながら・・・なんか廃盤っぽいな。不思議だ。まあ、随分昔の(1970年)録音だからなのかなあ。この「英雄の生涯」はデジタル録音ではない。そのあと録音してないのか?ハイティンク。

コンセルトヘボウの管弦楽団(とメンゲルベルク)は、この曲を作曲家に献呈されたとゆー。だからこのオケの得意曲なんだな。

しかし、このCDを1~2回聴いただけで私はほっぽり投げていた。シュトラウスの管弦楽曲は作曲家直伝のベームは勿論だが、録音の良さを優先してカラヤン/BPO盤(DG)が私の基礎だったし、それとともに一番素晴らしいと思った演奏はカルロス・クライバー/VPOのライブだった・・・・FMで聴いた。テープに録っておいて何回も聴いたし、CD化されるということで首を長くして待っていたのに、なんだか中止になった。今も売ってないの?

そんな感じだから、私のこの曲に求めるものは華麗さだったりド迫力だったりしたわけだ。ことさらスケールが大きかったり、もしくはすごくテンポが速かったりするものを好んでいた。

そんな私だから・・・ハイティンクの演奏は(CD買ったときは)実につまんなかった。ああ、こんなCD買うんじゃなかった、と思った。ハイティンクはライブではあんなにもの凄い演奏をするのに何で・・・とか思った(ロンドンでハイティンクのリングを見たあとで買ったのである)。

でも今日、久しぶりに引っ張り出して聴いてみたら・・・そんなに悪くないと思った。ていうか、逆にごてごて飾りたてない所がとても好ましく感じた。 ハイティンクはこの当時まだ41歳だから、まだ今みたいな「巨匠!」って感じでもないんだろうけれど。

(ところで、ウィキペディアのハイティンクの項のあまりの愛のなさに笑った。書いた人はファンではないに違いない。)

それと実際のところ、自分の音楽を聴く耳もずいぶん変わってきたのかもしれない。厨房ガキの頃は全然聴かなかった指揮者・・・どちらかといえば職人気質みたいな指揮者を受け入れる耳になってきたんだと思う(年を重ねたせいか?)。そういえば、昔は顧みる事もなかったカイルベルトとかシュタインとかがよいと思えるようになってきたんだよなあ。

「死と変容」も虚飾を排した実に味わい深い(シュトラウスにしては聴いていて珍しくしんみりする)演奏。やたら「死への恐怖」とかがクローズアップされがちの曲だが、ハイティンクの場合は「今まで気がつかなかったけど、健康で生きてることって実は幸せだったんだなあ」とかみしめる感じ(違うかあ?)。こっちはタワレコで買える。アルプス交響曲とのカップリング。(デジタル録音)

ところで、「死と変容」といえば子供のころにブルーノ・ワルター(だったと思う)のSP復刻盤をラジオで聴いたときに、やたら気合の入った恐怖演奏であまりの激しさに「こえ~」とか思ったんだけど・・・それからその演奏に巡り合ってない。しかし、あんな激しい演奏が本当にワルターだったのかなあ。

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