2009年11月30日 (月曜日)

トマジ/トランペット協奏曲 マルサリス

P1110299アンリ・トマジ:トランペット協奏曲
ウィントン・マルサリス(トランペット)
エサ=ペッカ・サロネン指揮/フィルハーモニア管弦楽団
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どっちかっつーと、水槽厨・・・じゃなくて吹奏楽のほうでは有名な作曲家なんだろうか、アンリ・トマジ。コレ、自分で意識した買ったというよりは、なんか別の経由で買ったCDである。

何年か前まで仲の良かったある友達がいて、他の友人を交えてよく遊んでたのだが、その人が楽器をやってて好きな作曲家がトマジである、ということをある日聞いたのであった。

人に聞いて知らない名前の作曲家をそのままにしておけない性分。どんなもんか聴いてみたい。でもどの曲? なんかわからないけど自分がトランペットをやってたんで、この曲になった。「へえ、こんな感じなんだな」って思ったくらい。で、その人のことでよく覚えてるのは私の部屋に友人を何人か招いて、自慢の手料理でもてなしたときにその人もいたんだが、私の部屋に数多く並んでるワーグナーのCDやDVDを見て、「リ・・・チャード? 好きなの?」と発言したこと。えええ?もしかしてワーグナー知らないのか? いや、そんなことはないだろう・・・なんか悪くて聞き返せなかった。いまだに謎。

その後、何年かしてその人がutsuを病んでから会ってない。とりあえずなんとか生きてるという話は他の友人経由で聞くのだが、はて。私には色々な知人・友人がいるが、心配な友人の一人。

・・・という不思議ないきさつでウチにある、トマジのCD。ずっと実家の押入れの奥にしまってあったんだが久しぶりに聴いてみた。この曲はトランペット協奏曲はコンクールの課題曲でよく演奏されるらしい。まあ・・・そんな感じである。そもそもジャズの人・・・なんだよなマルサリス。トマジのこの曲はクラシックな感じではない。とても聴きやすくてまるでムード音楽のようでもある。吹くの難しそう、そしてすごい短い。3楽章あっても全部で14~5分くらいである。

アンリ・トマジ(Henri Tomasi、1901年8月17日 - 1971年1月13日)は、フランスの作曲家、指揮者。
コルシカ島出身の両親のもと、マルセイユで生まれる。パリ国立高等音楽・舞踊学校で、ヴァンサン・ダンディ、ジョルジュ・コサードらに師事。1927年にはカンタータ「コリオラン」でローマ賞作曲部門1位、指揮部門の1位を獲得した。1946年から1947年までの1年間モンテカルロ管弦楽団の音楽監督を務めた。(ウィキペディアより)

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2009年11月29日 (日曜日)

フランク/交響曲 尾高忠明

P1110298フランク:交響曲二短調
尾高忠明指揮/BBCウェールズ交響楽団
(1999年プロムス・ライブ)

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フランク、初登場? 同じベルギー人のそれほーどに有名でもないルクーは何回か出てきてるのに、フランクはウチはたぶんこれしかCDがない。有名なヴァイオリン・ソナタは結構好きなんだけど、何故かCD持ってない。フランク、私にとってはもみあげのもじゃもじゃしたおじさんという印象しかない。呪われた狩人とかいう曲は聴いたことない。聴けば「アーッ!!」と思うのかもしれんが。

昔、父経由で知らないおじさんにフルトヴェングラーのLPをもらい受けて一回聴いてみたけど、見事に盤面が減っておりこれ以上の鑑賞は不可能と思い、それからは聴いてない。

だもんで。

正直ここで取り上げるのが微妙なんだけど、なんか尾高さん指揮っていうのがウチでは珍しいので聴いてみた、久しぶりに。手兵BBCウェールズ響とのプロムスでのライブ。BBCミュージックの付録だから、これって珍しいのかなあ?売ってないし。日本の指揮者が英国のオケでベルギーの作曲家の曲を振る、ふむ。

尾高さんは(以前書いたけども)、楽屋で知人が会いに行くのについでにくっついていったことがあるんだけど、コンサート後のお疲れのところとても気さくにお話しをしていました・・・と言ってもあたしは引っ込み思案だし音楽も詳しいことはよくわからんので後ろで指をくわえて「アー、オタカさんだー、ほんものだー」とか思いながら見てたんですけど。サインさえ貰わずにヘラヘラしてね。ははー。

しかし、2010年から新国立劇場の芸術監督さんですからね。いまさらながらだけど、英国ものを得意とされてるオタカさんだから、なんか色々と期待してしまうのだ。

で、曲のことだが。世の中のフランキスト様たちには笑われてしまうくらいフランク処女な私なんで、楽章ごとの印象からフランクに?語ってしまおう。

第1楽章 レント、アレグロ・マ・ノン・トロッポ
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の「そうでなければならないのか?」の動機が序奏に使われている・・・って知らねー。ベルギーなんだからフランス系な曲なのかと思ったらそんなでもなくてタワーレコードで流れてたらブラームスの交響曲かと思ってしまうほどドイツっぽい重い印象である。ごめん、わたしシンフォニストじゃなくて。でも、有名だから一応知ってるよこの楽章。

第2楽章 アレグレット
緩徐楽章。「これブルックナーだよ」って言われたら「ああ・・・そう・・・なの?」と思ってしまうかもしれん。地味だ。

第3楽章 フィナーレ、アレグロ・ノン・トロッポ
でへえ、この楽章も知ってるよ。循環形式(多楽章曲中の二つの楽章で共通の主題や旋律などを登場させることにより全体の統一を図るという手法)ということで「はー、そういう形式があったのか」と改めて思った次第。だってそんなの今や普通じゃん、って思ってたもんで。すいません交響曲はマーラー以降のしか熱心に聴いてないもんでな。んっ、尾高さんの盛り上げ上手!ブラヴォーと拍手が入る。いい演奏会だった。

余白には別の指揮者で(私の好物の)ショーソンの「愛と海の詩」が入ってるんだが、あんまり知らん歌手だし演奏も?なんで今回はスルーで(つか、この曲はフェリアー&バルビの印象がいくらなんでも強すぎるぜ)。

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2009年10月10日 (土曜日)

24歳夭折・ルクーのピアノ曲&室内楽曲集

P1110250 過去記事:バイロイトで気絶した作曲家・ルクー

24歳夭折・ルクーの室内楽曲集


ギョーム・ルクー(1870~1894)のピアノ曲と室内楽曲を集めた、リチェルカール・レーヴェル(ロゴが手書きっぽいのがカワイイ)のルクー全集の分売。

以前から興味を持っていた作曲家のルクーだが(早死にという意味で)、今まで室内楽かピアノ曲かしか聞いたことがない。タワーのHPをざっと見ても、有名なヴァイオリン・ソナタか室内楽曲がちょろちょろとあるくらい。

ヤツは交響曲や声楽曲(アンドロメダとかいう)も作曲してるはずなんだが。このままずっと聴かないで我が生涯を終えそうな気がする。それとも海外の名も知らぬネットショップで買えたりするんだろうか(そこまでする気持ちもないんだが)。アマゾンで自分が持っている数少ないルクーのCDが中古で一枚一万円くらいするのを見ると、世の中は全般的にルクー不足なのかもしれないと思う。(まあこんなマイナーな作曲家のCD作るよりさー、もっと売れそうなの作るわな、普通。)

ルクーは小曲でこんなに美しいメロディを書くことができるのだから、もっと大きな編成の曲だったらきっと素晴らしい曲になるに違いない。・・・今のところ想像の域を出ないんだが。食べたことがないすっぽん鍋(奈良だか京都だかの老舗の)の味を想像したりするのと似ている。結構実際に味わってみると「なんだこんなもんか」って思うのかもしれない。すっぽん鍋っておいしいの?ところで。

そういえば私、まだ食べたことないものっていっぱいあるんだよねえ。鹿とか熊とかダチョウとか。こないだたまたま飲み屋で「くじらの刺身」が登場してきたけど、これは驚いた。美味しいね~くじらの刺身って。小学校のとき給食で出てたフライ(ほとんどゴム草履)とは全然違うのよ。でもそんなこと書くとどこかの動物愛護団体から抗議が来ちゃうからや~めた。

で。

本日のCDは1885年から1888年に(15歳から18歳だから、日本で言えば高校生くらいか)ルクーがこしらえたピアノ曲と室内楽曲を集めたものである。ルクーは1989年から有名なセザール・フランクに作曲を師事しているから、それより前のかなり初期段階の作品である。6歳から色々と楽器は習ってたみたいだったけど、当時は作曲は学校かどっかで習ってたんだろうか。ふうむ。

全体的にルクー独特ののびやかなメロディはあちこちで聴かれる。フランクに習う前からこんなだったのかと感心。形式はあるようなないような、なんとなく即興的にピアノを弾いているようなとても自由な感じがする。長さもまちまち。

しかし、聴いているうちにピアノ曲で「これってほとんどベートーヴェンの月光ソナタじゃね?」という曲が登場する。どんだけベートーヴェン好きなんだと。いや、真似したとかそんなのを超えててメロディほとんど一緒。まあ、まだガラスの10代ということで許してあげるけどさ。

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2009年7月20日 (月曜日)

ちょっと昔のレビュー(7)*1996年・若杉弘・火刑台上のジャンヌ・ダルク(日本語版)*

皆様、ご存じの事かと思いますが新国立劇場の11月の「ヴォツェック」は若杉さんは振らないようですね。ヘンヒェンが振るのか~。なんかちょっと悲しいです、若杉さんのヴォツェックが聴きたかったのにね。

・・・というわけで、本日は「若杉さん復活!」の思いを込めましてコレ。でも、このコンサートはちょっと珍しいかも。行かれた方はいるかな?

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1996年11月4日
オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」 (訳詞上演)
タマリ・マリアム(ジャンヌ・ダルク)、高橋大海(ドミニク)、佐藤しのぶ(聖母マリア)、平松英子(マルグリット)、寺谷千枝子(カテリーヌ)、経種廉彦(豚)、田中誠(布告人Ⅰ)、青戸知(先導役、布告人Ⅱ)、小鉄和弘(布告人Ⅲ)、近藤伸政(ろば、司祭)、飯塚励生(粉やのおじさん)、鈴木五月(酒樽おばさん)
二期会合唱団、東京オペラ・シンガース、東京少年少女合唱隊
若杉弘指揮/新星日本交響楽団 原田節(オンド・マルトノ)
(日生劇場)

(前略)
きょうはなんたって一階A列であるから、舞台かぶりつきである。オンド・マルトノの原田節さんなんて、ウィンクしたら返してくれそうな距離である。だいたい原田さんはこの曲かトゥーランガリラのときは必ずお目にかかれるのでうれしい。今日は開演前にウォーミングアップで「ふ~けゆく~あ~きのよ~」なんて弾いてた。

本日の公演はなんといっても訳詞上演なので、大感動か大笑いがどっちかだと思っていたが、結果はどっちでもなかった。結局聞き終わって私が感じたのは「フランス語のほうが曲に合っている」という(当然な)ことだった。ただし、私がこう感じただけで、今日初めて聴いた人は「こんなもんかな~」と思っただろうし、聴いたことある人の中にはものすごく感動した人もいるのかもしれない。でも、私のようにこの曲が大好きで、(フランス語わからんながらも)この曲は全部フランス語で頭に入っているような者には大変居心地が悪い。

もちろん訳詞だから言っていることがわかる(まあ、舞台なので日本語でも聴き取れないこともあるが)から感銘が深いといえばそうとも言えるのであるが、訳詞での上演で最も困ることは(私だけかもしれんけど)、「オペラがあまりにも親しみやすく、身近になってしまうこと」なのである。ことにこの曲の舞台は何百年も前のフランスである。しかも主人公は歴史上のスーパースターのジャンヌ・ダルクである。だのに、突然日本語でやられてしまうとなんだか「中学のときの同級生だったおでん屋の娘の淳子ちゃん」といった感じなくらいに身近になってしまうのが、私はとっても怖いのである。だから、火あぶりにされるときはなんだかひどく気の毒になってしまう。知りあいみたいな気がしてしまうのである。フランス語?よくわかんない、ジャンヌ・ダルク?まあ名前は知ってるけど・・・、それくらいの感じでいいんだと思う。この曲にとってフランス語の歌詞は音楽の一部なのだから、あえて訳す必要はない。
そんなことだれより若杉さんはわかっていらっしゃるのだろうけど・・・。

ところで、この曲の主役を大竹しのぶにやってもらうのが私の夢なんだけど(でもそうしたら当然日本語版になってしまうな)、たぶんこれはかなうことはないだろう。演出は野田秀樹でね。
P1110207_2今日の主役の人はなぜかアメリカ人でジャンヌ・ダルクとは似ても似つかぬタイプで(まあ本人を見たことはないが)、なんというか「ガラスの仮面」の北島マヤがマンガから出てきて演技をしているような感じだった。キャロライン洋子にも似ていた。

歌手はいつもの若杉さんのコンサートに出てくる感じの人ばかりで、まあいつもの通りといったところ。佐藤しのぶさんはセリに乗って登場してきたので「紅白歌合戦」を思い出した(小林幸子との意見もあった)。このパートは今やこの人以外考えられない。

合唱は東京オペラシンガースの人たち(と二期会)だったので、期待していた通り。いつも思うけれどホントにうまい。

なんやかんや文句を言ったけど、最後はやっぱりちょっと涙でました。どんなに料理されても人を感動させてしまうこの曲のパワーは凄い。

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今はそんなでもないけど、一時期この曲(結構上演が大変なわりに)よく演奏されてたな。このあとだかN響でやったのも行ったけどそちらは当然原語上演でした。ところでこの文中のキャロライン洋子さんて懐かしいね。今でいうベッキーちゃんみたいな感じな人かと。

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2008年11月 2日 (日曜日)

プーランクの「テネブレの七つの応唱」を聴きながらトラウマについて語る。

P1110118フランシス・プーランク:テネブレの7つの応唱
ジョルジュ・プレートル指揮/フランス国立放送新フィルハーモニー管弦楽団
アレクサンドル・カルパンティエ(ソプラノ)、サン・シャペル合唱団、シャイヨー宮児童合唱団、フランス放送合唱団





このCDは私にとっては懐かしい。久しぶりに引っ張り出して聴いてると本当にこれ聴いていた頃の気分になる。大人の合唱に少年合唱とボーイ・ソプラノが入って、清らかなんだけどちょっと暗い悲しい感じが漂う。

<テネブレの7つの応唱>はプーランクのこのジャンルの最後の傑作であり、また最後の合唱作品である。元来”暗い”というラテン語の形容詞でもある”テネブレ”はカトリック教会の復活祭に先立つ聖木、金、土曜日の朝課のことを指しており、これらの朝課では、キリストの十字架上の死を象徴して、次第に灯火を消してついに暗くする習慣が中世初期から行われている。ただし、プーランクのこの作品自体は教会で使われる典礼音楽ではなく、この三日間の朝課からとられた7つの断片的なテキストを用いてキリストの受難を描いた演奏会用の音楽である。(CD解説書より)

これ聴いてた頃って結構プーランク好きだったんだなあ。「模範的な動物」とかもプレートル指揮のレコード持ってて、メインの「動物の謝肉祭」はそっちのけで聴いていたっけ。

一般的にはたぶん、フランスのエスプリっつーか洒落たイメージのプーランクなんだが、私にとってプーランクはキング・オブ・トラウマである。まーーー、なんてったってあのホラー・オペラ?「カルメル派修道女の対話」の作曲者だもんでね。

このオペラの恐ろしさってのは・・・いわく言い難い。私からしたらだけど、あのシェーンベルクの「期待」とか「ワルソーの生き残り」なんか比べ物にならんくらい怖い。「カルメル」はレコードで持ってるんだけど、一回聴いてもうダメだった。まあ、すごいいい曲なんだが、最後のギロチンシーンが・・・。宗教的な理由でたくさんの尼さんたちがお祈りの歌を歌いながら、一人ずつギロチン刑に処されていくのだが、その「がちゃん!・・・がちゃん!・・・がちゃん!」って下ろされるギロチンの音がずっとトラウマ。新しくCDを買って聴く気にもなれん。

(おお、Youtubeにもあった!)
http://jp.youtube.com/watch?v=od4m5lN1HOo



で、こんな私のトラウマに因んで。
というか最近私は何故かトラウマ・ブーム(マイブームはいつも3日くらいで終わる)。ネットで皆様のトラウマについて書かれているのが好きでよく読む。とくに子供のころテレビやCMで見たものってのは頭に残るねえ。

昔は「しばらくお待ちください」って動かない映像がしょっちゅうあって(どんだけ昔なんだよ)、あの動かない画面が怖くて怖くて仕方なかったんだけど、みんな同じような気持ちになってたんだね。

地域的な理由で知らなかった「パルナス」や「はぎや整形」とかもYoutubeで見るとふつふつと来る。お詫びCMも(パロマとか)結構怖い。でも最近の日清食品のお詫び?だか注意だかのCMは怖くなくてつまらない。しかもこんなとこにまで使われるエルガーの「愛の挨拶」かわいそう。

パルナス
http://jp.youtube.com/watch?v=YKw4T_10sfQ
はぎや整形
http://jp.youtube.com/watch?v=vVNPptw5jwY&NR=1

で、なんか色々読んでて「あ~~!!」と懐かしかったのは・・・ワイドショーで昔のお侍さんの首の絵の掛け軸の目が開いたやつ。かなりちっちゃい時にテレビで見たのだけど、その時に私は風邪引いてたんだかレモンの蜂蜜漬けをぺろぺろなめていたので、しばらくの間レモンの蜂蜜漬けを食すとその掛け軸を思い出してダメだった(←パブロフの犬?)。

まあ、今見ると「なんでこんなのに騒いだんだろう」って思うんだけど。

↓いや、別に見なくていいけど。
http://jp.youtube.com/watch?v=n1jSxLbX7ig

ところで、パルナスって美味しかった?

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←パルナスの歌収録。

←プーランク「モンパルナス」

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2008年9月 3日 (水曜日)

ミヨー/神聖祭儀

P1110084 ミヨー:神聖祭儀
Jean-Françios Senart(Direction), Vocal Provence, Chantal de Zeeuw, Jean Vendassi(Baryton), Didier Bourguignon

(ADDA 1992年録音)

えーと。

今月勤め先が変わります。私実はちょっとの間働いてなかったのです。まあ、たまたまでしたが大好きなオリンピックを大満喫できて良かったです。

それにしても働いてないってこんなに暇かってくらい。日本人なんだなあ私って。ヨーロッパ人だったら2~3か月くらい余裕で休んでない?休んでないか。

まあそんなわけで、仕事が始まるまでちょっぴりヒマなので普段聴かないようなCDを引っ張り出して。シブイ曲目を。

ダリウス・ミヨー。

このブログにミヨーが登場したのは単独では初めてかな? このCDがウチにあるのも不思議だが、この曲そんなに嫌いなわけではない。

何で買ったのかというと、買った当時ガムラン音楽が好きで、このジャケットのキンキラキンがなんだかガムランっぽい音楽なのかなとかバリ島っぽいのかなとか勘違いし、今見るとヘブライ語だかなんだかの文字も勝手にインドネシアとかそのヘンの文字かと思ったので・・・だと思う。ミヨーもそういうの好きなのかと思った。(全然違う)

聞いてみると、ガチで宗教ミュージックじゃねーか。しかもフランス語だし、もっとわからないのがテキストがユダヤ教のだってことである(ミヨー、ユダヤ人だから)。

何度も書いているが私は(家が)真言宗である。

(宗教といえば。先日お亡くなりになった女優の深浦加奈子さんは「無宗教」で戒名がないとの記事でちょっと驚いた。そういう家もあるのね。)

まあ、あまり宗教っぽいことを書くと無知なのがばれちまうのでアレなんだけど(間違いに気がついた方、お知らせ下さい)・・・題名の Shabbat Morning Service の中のサバトは旧約聖書で「安息日」のことである。安息日というのは「労働してはいけない日」で実際は土曜日に当たる・・・らしい。おうちでおとなしく。

曲としては「え、これミヨーなの?」と思うほど静謐な音楽である。(私にとってミヨーって絵画で言えばキュビズムっぽいカラフルなイメージ。「屋根の上の牛」とかさー) 坊さんのフランス語の説教(オルガンの伴奏つき)が静謐な合唱曲の間に入る。「ぼんじゅーるむっしゅー、土曜はとらばーゆはあかんでぇ。安息日やし。サッカーもしちゃあかん。家事も料理もダメよ。セニョール。アーメン」(いや、そんな内容では全然ない)

しかし、たまに聴かれる不協和音や現代的なオルガンのメロディは「ああ、なるほどミヨーね」と思う。ベタベタの宗教音楽聴くよりは、少し聴きやすいかなと。

さて、このCDは市場では今は売ってないみたい。意地でも聴いてみたければナクソスから新しく録音が出てるみたいだ。ミヨー自作自演ってCDもある。

 (フランス語の"ç"がパソコンで出せただけで今日はちょっと賢くなった気分。)

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2008年2月 2日 (土曜日)

ピエルネ/ピアノ五重奏曲&ヴァイオリン・ソナタ

P1000893 ガブリエル・ピエルネ:ピアノと弦楽のための五重奏曲、
ヴァイオリン・ソナタ

Jean Hubeau(piano),Olivier Chartier(viorin),Quatuor Viotti







こんばんは。昨日は女友達と品川で飲んでたのですが、よく新宿2丁目に出入りしている子で芸能界ウラのウラ情報を教えてくれます。あまりにディープなので、ここでは書かないけど。(えー)

で、えーと。
このblog初登場のピエルネ。いったいこの作曲家って人気あんのか?とナゾ。このCDは多分新橋のキムラヤの投売りで買ったもんだと思う。声楽曲「ベツレヘムの子供たち」との2枚組で、実はそっちのほうが目当てで買ったのある。

しかし、イマイチ魅力がわからず。ずっと放置。

ピエルネって作曲家は、レコード時代にピアノ曲集を持っていたから、知ってた。地味だったけど、なかなかよくて聴いてた。誰の演奏だかさっぱり覚えてないんだけどさ。

アンリ・コンスタン・ガブリエル・ピエルネ(1863-1937)はフランスの作曲家、指揮者。印象主義的な和声感覚と師のジュール・マスネを思わせる平明で甘美なロマン派的作風の両方が見られる。現在では、代表作であるバレエ音楽『シダリーズと牧羊神』から「小牧神の入場」や、『鉛の兵隊の行進』など一部の曲が主として子供向けの音楽として知られるにとどまっている。 (ウィキペディアより)

これを読んでもそんなにピンとはこない。指揮者としてのほうが有名だったっぽいぞ。

で、久しぶりに引っ張り出して2枚組の2枚目の室内楽を聴いたら、結構よかった。2曲ともフランスの香り溢れる名品とゆーか。

五重奏曲はちょっと長すぎる(35分くらい)感じもするが、第2楽章のチャーミングさが心に残る。カワイイかも。

ヴァイオリン・ソナタはもっとイイと思う。フルートの編曲版もあるらしいんだけど。印象的なピアノのさざなみみたいなメロディで始まる第1楽章はちょっとドビュッシーぽい。心に語りかけるようなワルツの第2楽章も素敵。第3楽章はルクーの曲を思わせる盛り上がりも見せる。

ここらへんの曲はもしかしてJTホールとかで意欲的な奏者さんたちがたまに取り上げたりしてんのかな~とか想像する。(室内楽あまり聴かないのでよく知らないけど)

ピエルネの録音は他にもちょろちょろとあるみたいだけど、気になるのはルクセンブルク・フィルハーモニック管弦楽団のソリストたちによる室内楽全集。お高いのでちょっとワタシは手が出ないけど。ジャケットもセンスがよくてカワユス。(↓ね!)

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2007年11月 6日 (火曜日)

オネゲル/パシフィック231と鉄ヲタについての考察

P1000844オネゲル:交響的運動No.1「パシフィック231」
ミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団







こないだ。
実家でテレビを見ていたら、鉄道ヲタにしてアイドル歌手、といった位置づけの女の子が歌を歌っていた。

木村裕子ちゃんという。

彼女は、鉄道ヲタでありながら、自主制作でCDまで出して、歌って踊っていた。曲の題名は「鉄ヲタだって人間だあ!」だと。 そりゃ人間だろう

彼女のblog
鉄ヲタだって人間だあ!

いいなあ。私もあと○年若かったら、クラヲタ・アイドルとしてデビューしたのになあ。ミニスカートはいて、歌って踊ってさあ。(げげえ)

日本中のコンサート・ホールで、プロモーションビデオ撮ってな。クラヲタのアイドルとして君臨してやるぅ。

ところで。

ちょっと考えたんだけど。このblog始めるまで、私ってほんのちょっとクラシックが好きなだけの、ノーマルな人だと思っていた。でも、なんかこのところ違う気が

飲みに行ったり遊びに行ったりする友人は、男女ともみなクラヲタじゃないし。彼ら彼女らはホントに旅行だのスポーツだのノーマルな趣味を持っているし。

だから、私は友人といるときはクラシックの話は全くしない。それでも全然不都合はないし、それでも面白おかしく過ごせる。まあ、世の中のクラヲタの人はみんなそうだろうが

仕事も、全く音楽とは関係はないし、音楽関係の仕事に就こうとも思わない(今のところ。もしもそーゆー話があったらわからないけど)。

だから、私のクラヲタの部分は、全く異次元の世界にあって、必要なときに取り出せるようになっている。コンサートやオペラに行ったり、ごくごくたまに同じ趣味の人とお会いしたり、このblogを書いているときのみもう一つの自分が目を覚ます(って書くといかにもカッコイイが・・・いや別にたいしたことないのだ)。

なので。

最近、少しイヤだなあと思うときがある。この不治の病と一生付き合っていかなければならぬ私と付き合えるヒトがいるのだろうか。部屋に何百枚もあるCDを見て、ヒかない普通なヒトっているんだろうか・・・と今更思う。(いや、一万枚もありませんから、ホント。このくらいぜんぜん大丈夫ですか?)

鉄ヲタを逆手に取って生きている・・・というか、逆にチャームポイントとして仕事としている木村裕子さんが羨ましい。

ところで、私の周りには鉄ヲタって全然いないんですが。(ここの読者の方にはいると思うが)

しかし、この方向オンチ、乗り換えオンチのわたくしめにとったら、こんな便利なヲタは他にないんじゃないかと。愛読書は時刻表とかね。もうホームで迷わない、東京駅で端から端までウロウロとかしなくていい。クラヲタなんて別に何の役にも立たないが、電車の乗り換えに詳しい鉄ヲタはなんて便利なのだろう。美味しい駅弁にも詳しいだろうし。

えーと。

さて、本題に戻ると。
クラシックの作曲家で鉄道好きの人は、思いつく限りドヴォルザークとオネゲルくらいである、他にもいるのかな?

で、今日はこのオネゲルの曲で一番有名な、パシフィック231。語るまでもない有名な鉄モノの曲。

《パシフィック231》は、蒸気機関車パシフィック231を描写した作品であると解釈されており、オネゲル自身はそのような通説に抗ってきたが、オネゲルの機関車好きはつとに知られたところであった。「私は常に蒸気機関車を熱愛してきた。私にとって機関車は生き物なのであり、他人が女や馬を愛するように、私は機関車を愛するのだ」と語ったことでも有名である。(ウィキペディアより)

完全に鉄ヲタじゃないか、オネゲル。隠したってだめだ。
それにしても、この曲を聴いて、いったいどこが描写音楽ではないというんだろう。蒸気機関車のゆっくりとした出発からどんどん速度を上げていって、最後にブレーキをかけてゆっくり止まるまで、ものすごい迫力で迫ってくる。素敵だ。もわもわと蒸気を上げて走る情景が目に浮かぶ。短いのでつい何回も聴いてしまう。

鉄ヲタの(クラヲタでない)人は、この曲は知っているのだろうか。そんなの基本なのだろうか。タモリさんならきっとご存知だろうが・・・。



第2番「ラグビー」まで続く・・・・かな?

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2007年6月17日 (日曜日)

オーマンディ:火刑台上のジャンヌダルク

P1000775オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」
Vera Zorina(Jeanne),Frances Yeend,Carolyn Long(Soprano),Martha Lipton(Contralto),David Lloyd(tenor),Kenneth Smith(Bass),John H.Brown(Boy Soprano),
テンプル大学合唱団、聖ピーター少年合唱団、ユージン・オーマンディ指揮/フィラデルフィア管弦楽団
(コロンビアLP2枚組・モノラル)

なんだか最近CDもだんだん聴くものがなくなりそうである。ワーグナーのオペラ全曲とかならまだあるんだけど・・・ということで、たまには買ったまま放置プレイのレコードなど。

レコードには結構いいの、まだあるんだよね私。

それにしても。
だいたい、レコードなんか今時聴いている人、いるんだろうか。

今日の昼間テレビを見ていたら、昭和の懐し事柄のバラエティ番組をやっていて、大沢あかねさんら若い女の子が出ていたため、レコードのA面B面があることや、曲を飛ばして聴くにはどうしたらいいのか?とかの話題になり。

そーいえば私も、会社の男の子(20代後半)に「レコードって表裏があるってマジすか?」と真顔で訊かれたときはおおいにひいたが。(そんな当たり前のことが、今やナゾなのだろうか)

なんだか、私ってハタからみると蓄音機聴いているおじいちゃんみたいな感じかもしんね。いまや骨董品を楽しむ域に達したのかも。

さてこのレコード。
いやー、ひところこの曲がとても好きだったもんで、見かけるとついほしくなってしまう。中古屋で2年前くらいに入手。このジャケットはかっこいいと思うであります。実際、これは音楽観賞用に買ったのではない。飾っていただけで、全然聴かなかった。こういった長い曲をレコードで、それもモノラルで聴くのってとても根性のいること。

しかも。

どうも安いなあと思ったら、このレコード、盤面自体の減りはあまりないのに、恐ろしく針が飛ぶのである。おかげで何回も針を進めにプレイヤーにぶっ飛ばなきゃならない。

(あのう、このblogをお読み頂いている学生さん&20代の方。おばはんおねいさんの言っている意味、わかりますか?わかんなかったらおとうさんかおかあさんに訊いてみてください。)

演奏は、なかなか素晴らしい。しごくまっとうな、というか。年代的な古臭さは全くない(録音年代は不明なのだが、そんなにひどく古くはなさそう)。さすがはオーマンディだなあと(あまりウチはオーマンディのレコード&CDはないので確証はないが)。ジャンヌ役の女優さんも(知らないけど)とても素敵。歌手も悪くないと思う。ちゃんと少年合唱団を使っているのもよい。

しかし、とにかくあちこち途切れまくるので、いつもこの曲から感じられる感銘はナシ。たいていこの曲を真剣に全曲聴くと涙がポロとか出る人なのに、こういうのも珍しい。2枚組でこんなじゃ・・・疲れました。このレコードはもう2度と聴くことはないでしょう。(泣)

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こんな話題でよければ。
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2007年5月30日 (水曜日)

ヴィシネグラツキー:24の前奏曲


ヴィシネグラツキー:<四分音ピアノのための作品集>
24の前奏曲、アンテグラシオン

アンリエット・ピュイグ=ロジェ、藤井一興(ピアノ)




昨日は、病院に行ってきました。
別に体の調子が悪いわけではなく(元気いっぱい!)。

何年か前、私はひょんなことで病院で検査を受けたところ、病気が発見され入院することになった。本当に青天の霹靂。体は全く元気だったからね。

しかし、運良くいい先生に恵まれ(医者との相性って大事なのよ)、病気も(あとになっていえることだが)たいしたものではなかったため、今も元気にしている。その先生は私の退院後の最後の検査のときに「5年後に念のため検査するからまた来なさい。」と言って下さった。

で、そろそろ行ったほうがいいかな~と思い、事前に予約をし(「ぴあ」並みの電話のかからなさ。SMAPかよ)行ってみたのですが。

自分にしてはアレはものごごろついてから最大のピンチだったし、先生は命の恩人くらいに思っていた。でも、たった2週間入院しただけだったから(・・・もしかして盲腸だった?くらい)・・・当然のことながら先生は私のことなんか覚えておらず。しかも予約時間から2時間も待たされて、その日の最後から2番目のお客だったので、先生はすっかりくたびれはてて、古いカルテをめくりながら「えーーーーーと。なんできたの?なんかあったの?」と。ありゃりゃなんだよ。まー、仕方ないか。

診て貰った結果、とくに異常なし。よかったあ。ホント。
(普段、あたしなんかどーでもいいやと思っていながら)体は大事だわね。ただ・・・4700円の診察料はイタイなあ。貧乏なもんで。


・・・。

で、まー。なんでもいいんだけど、かたづけものしながら見当たったCDから。ここのblogでは珍しくピアノ曲。ヴィシネグラツキーって作曲家の作品。このCD、ずいぶん前に買ったのに、いまだに現役盤(国内盤)で買えるってことが驚き。

イワン・ヴィシネグラツキー(Ivan Alexandrovich Wyschnegradsky, 1893-1979)はロシア帝国出身のフランスの作曲家。専ら微分音音楽の追究者として有名。四分音から始まり、最大十二分音までを編み出した。

微分音・・・。(当時)どんなもんかしら?と思いつつ購入。一時期おおいに話題になった記憶が。
このCDの曲は半音のさらに半分の音程が使われている。(CDのジャケット写真では、3段階になっているピアノを作曲者が弾いている。微分音ピアノ?)録音では普通のピアノと、4分の1音下げて(上げて?)調律してあるピアノを使って二人で弾いている。不協和音なんてもんじゃねー。

聴くと・・・すごーくキモチワルイ。二日酔いの朝、フラフラと会社に行くような感じである。地面がなんだかフワフワして足元がおぼつかないわ。なんだか風景が曲がって見えるし・・・みたいな感じ。もー、満員電車なんか乗るのはかなりキツイわね、ここまでくると。
でもロシア・アバンギャルドの作曲家だし、その手の時代の曲が好きな人だったらさほど違和感はない・・・と思う。全然オッケー。
が、24の前奏曲と言いながら・・・優雅なショパンのとは真逆な音楽。

これを聴きながら読書・・・とかblogを書く・・・とかはあまり奨められないが。実際聴きながら書いているんだけど、やっぱりちょっとヘンな感じでした。

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