2022年8月22日 (月曜日)

ショパンと彼のヨーロッパ音楽祭2022 リンク集

ショパン国際音楽祭(Fundacja Miedzynarodowych Festiwali Chopinowskich)

Recital fortepianowy
AIMI KOBAYASHI
Johann Sebastian Bach (1685–1750)
II Partita c-moll BWV 826 (17リンク
Sinfonia
Allemande
Courante
Sarabande
Rondeaux
Capriccio
Johannes Brahms (1833–1897)
4 Klavierstücke op. 119 (1893)
Intermezzo h-moll Adagio
Intermezzo e-moll Andantino un poco agitato
Intermezzo C-dur Grazioso e giocoso
Rapsodia Es-dur Allegro risoluto
Fryderyk Chopin (1810‒1849)
Scherzo h-moll op. 20 (1834–1835)
Scherzo b-moll op. 31 (1836–1837)
Scherzo cis-moll op. 39 (1839)
Scherzo E-dur op. 54 (1842–1843)

Recital fortepianowy
KYOHEI SORITA
Fryderyk Chopin (1810‒1849)
Rondo à la Mazur op. 5 (1825–1826)
3 Mazurki op. 56 (1843–1844)
H-dur
C-dur
c-moll
Ballada F-dur op. 38 (1839)
Largo Es-dur (1847)
Polonez As-dur op. 53 (1842–1843)
Franz Schubert(1797–1828)
Sonata fortepianowa A-dur D 959 (1828)
Allegro
Andantino
Scherzo. Allegro vivace
Rondo. Allegretto

ショパンの生家にて日曜リサイタル(Sunday Chopin Recitals in Żelazowa Wola )

14 August 2022
Aimi Kobayashi
Programme:
Fryderyk Chopin:
24 Preludes, Op. 28
Scherzo in B flat minor, Op. 31

3 July 2022
Martín García García
Programme:
Fryderyk Chopin:
Impromptu in G flat major, Op. 51
Mazurkas, Op. 50
No. 1 in G major
No. 2 in A flat major
No. 3 in C sharp minor
Prelude in A flat major Op. 28 No. 17
Prelude in E flat major Op. 28 No. 19
Prelude in F major Op. 28 No. 23
Sonata in B minor Op. 58

26 June 2022
Hyuk Lee
Programme:
Fryderyk Chopin:
Nocturne in B major, Op. 62 No. 1
Waltz in A flat major, Op. 42
Scherzo in C sharp minor, Op. 39
Barcarolle in F sharp major, Op. 60
Etude in C sharp minor, Op. 10 No. 4
Etude in E major, Op. 10 No. 3
Polonaise in A flat major, Op. 53

ショパンと彼のヨーロッパ音楽祭(18th Chopin and his Europe International Music Festival)

14-31 August 2022
14.08.22
Programme:
Stanisław Moniuszko
Nijoła
https://youtu.be/UfB4i4QM4us
Moniuszko Hall of the Teatr Wielki – Polish National Opera
Inaugural concert
Performers:
Natalia Rubiś soprano
Paweł Konik baritone
Krzysztof Bączyk bass
Roman Chumakin baritone
Paulina Boreczko mezzo-soprano
Kalina Młodożeniec
Kacper Pniewski
Jerzy Radziwiłowicz reciter
Danuta Stenka reciter
Podlasie Opera and Philharmonic Choir
Violetta Bielecka choir director
Artos Choir – children’s voices
Danuta Chmurska choir director
Europa Galante
Fabio Biondi conductor

Warsaw Philharmonic Concert Hall
Piano recital
Performers:
Alexander Gadjiev piano
Programme:
Fryderyk Chopin
Prelude in C sharp minor Op. 45
Polonaise-Fantasy in A flat major Op. 61
Sonata in B flat minor Op. 35
Robert Schumann
Fantasie in C major, Op. 17

Warsaw Philharmonic Concert Hall
Piano recital
Performers:
Martín García García
Programme:
Johann Sebastian Bach
Partita in B flat major, BWV 825
Ferenc Liszt
Sonata in B minor, S. 178
Fryderyk Chopin
Waltz in E minor, WN 29
Waltz in C sharp minor, Op. 64 No. 2
Waltzes, Op. 34
No. 1 in A flat major
No. 2 in A minor
No. 3 in F major
Sonata in B minor, Op. 58

Moniuszko Hall of the Teatr Wielki – Polish National Opera
Performers:
Kyohei Sorita piano
https://youtu.be/r198ker8Hmw
Programme:
Johann Sebastian Bach
Chaconne in D minor BWV 1004 (arranged by Ferruccio Busoni)
Johannes Brahms
“Es ist ein Ros entsprungen” in F major Op. 122 No. 8 (arranged by Ferruccio Busoni)
6 Klavierstücke, Op. 118
Fryderyk Chopin
Prelude in C sharp minor Op. 45
Piano Sonata in B minor Op. 58



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2022年6月25日 (土曜日)

ポーランド音楽の100年<1925~1927>

このシリーズ、やっと再開。誰も待ってないし読んでもないかもだけど、主に自分のためにやってます。翻訳があんまりうまくいってなくて読みにくくてすいません。なんとなく想像して補完して下さい。

CD4

1. 1925年
アレクサンデル・タンスマン:ピアノ協奏曲第1番
ヴァルデマル・マリツキ(P) アンドレイ・ボレイコ指揮 カトヴィツェ・ポーランド放送SO

(解説書より)
タンスマンは裕福なユダヤ人の家庭に生まれた。1915年に彼はワルシャワ大学で法と哲学を学び、ピョートル・ライデルの元で和声と対位法を学び、ヘンリク・メルサーに作曲を学んだ。その後パリに渡り、フランスの芸術コミュニティと交流する。モーリス・ラヴェルとの友情からサロンや出版社に紹介された。1920年代から30年代には著名なピアニストとして数多くのコンサートに出演し国際的ツアーをし、前例にないほどの成功を収めた。1938年、タンスマンはフランス市民権を得た。
が、彼はユダヤ人であったため、1941年にチャップリンの助けを得てアメリカに亡命、1946年にはフランスに戻り死ぬまでフランスで生活した。
タンスマンの作品は新古典主義と美的に適合し、とくに1960年以降に書かれた彼の音楽の独特の和音の構造は「タンスマン和音」と呼ばれていた。
このピアノ協奏曲第1番はセルゲイ・クーセヴィツキーの依頼で書かれ、パリ・オペラ座で作曲者のソロで初演され大成功を収めた。

(追加)
軽妙洒脱、和音と不協和音が程よく融合されて当時のフランスやロシアでもてはやされそうな感じ・・・ラヴェル+プロコフィエフ+ストラヴィンスキーといった作風かと。1933年の来日時には(来日してるんですよタンスマン!)新交響楽団と共演、自作のピアノ協奏曲2番を演奏してラジオ放送されたそう。チャップリンに献呈された2番のほうが有名なのかな。

2. 1926年
シマノフスキ:スターバト・マーテル Op.53
2.アレクサンドラ・クジャク(S) アグニェシュカ・レーリス(Ms) アルトゥル・ルチキンスキ(Br) ヤツェク・カスプシク指揮 ワルシャワPO&cho

(解説書より)
この「スターバト・マーテル」を作曲するきっかけとなったのは、パリの芸術のパトロンであるエドモンド・ド・ポリニャック王女(ウィナレッタ・ シンガー)によるオラトリオ の作曲依頼だった。シマノフスキはヤロスワフ・ イワシュキエヴィチに彼とのコラボレーションを呼びかけ、「農民のレクイエム」というタイトルと内容の概要を提案した。だがレクイエムの作曲は、妹の娘の悲劇的な死によって中断された。その直後、ワルシャワの起業家であり、亡くなった妻のイザベラを記念したいと考えていた芸術のパトロンであるブロニスワフ・ クリストールからの依頼が来た。テキストはヨゼフ・ヤンコフスキによるポーランド語訳による。 シマノフスキーは次のように説明し ている。
「 私が努力していたことは内なる実験であり、同時に魂の秘めたる生活の中で最も無形である何かに強力で簡潔な形を与えることでした」

全体は、いわば2組の 3つのムーブメントの章で構成されており、無伴奏の合唱が2番目の章を展開している。 このフレームワークでは、中央の劇的な楽章は、周囲の瞑想的な動きとの瞬間的なコントラストを表している( シマノフスキ「賛美歌の本質的な内容は、その外部の『ドラマ主義』よりもはるかに深いです 。 したがって、その前に沈黙と集中を維持しなければなりません!」)。

3. 1927年
スタニスワフ・ヴィエホヴィチ(1893-1963):ホップ ~ シンフォニー・オーケストラの為の婚礼の踊り
ウカシュ・ボロヴィチ指揮 カトヴィツェ・ポーランドRSO

(解説書より)
スタニスワフ・ヴィエホヴィチは、クラクフの音楽協会音楽院、ヘラーアウ(ドレスデン近郊)のエミール・ジャック・ダルクローゼ研究所、 ペトログラードのロシア帝国音楽院で学んだ。1921年、彼はポズナンに引っ越し、 州立アカデミーと音楽学校で働き、他のアンサンブルの中でも特にエコー男声合唱団を率い、同時にポーランドの歌手サークルの芸術監督を務めた( 彼のイニシアチブでポズナン・オラトリオ協会に発展した)。彼 の活動の中心は、ジャーナリズムと音楽批評であった。1926年から27年にかけて、彼はパリのスコラ・カントルムで教育を続けた。彼はパリの若い ポーランド人音楽家協会の創設メンバー兼副会長であった。1945年、クラクフの州立音楽学校に所属し、亡くなるまで作曲科の教授を務めた。 彼 はまた、学長および複数の学部長に任命された( 教育部、音楽教育学および声楽、器楽、指揮)。 ヴィエホヴィチの作品は、大部分が合唱曲で構成されている。彼の管弦楽の作品の中で、最も頻繁に演奏されるのはこの「ホップ」と、「大管弦楽のための旧市街協奏曲」(1954年)である。

この「ホップ」という楽曲は、おそらく"Oczepiny"(花嫁の除幕式)と題された計画された組曲の最後の楽章を表すことになっていたようだ。この曲の特定の典型的な振付け要素、特に繰り返しは、それがストラヴィンスキーの楽曲「結婚」へオマージュであるかどうかは不明である。しかし、それは偶然の一致であるとは考えにくい。この作品は、ポーランドのほぼすべての地域でさまざまなバージョンで知られている古語( ペンタトニック- 5 音階に基づく)の歌に基づいて作られている。
Karol Stromenger は、ワルシャワフィルハーモニーホールでのコンサートの後にこう述べた。「ポリリズム効果のある粗野なダンスバーレスクで、生き生きと力強い。」

指揮者グジェゴシュ・ フィテルベルクの熱意のおかげで、この「ホップ」はすぐに人気を 博した。 ポズナンでの世界初演(1929年)の後、ワルシャワ(1929 年)、ザグレブ(1931 年)、 ルクセンブルグ、 ブリュッセル、 ウィーン(1936 年)、 ブエノスアイレス(1937年)、 パリ(1937年)、アテネ(1938)、 ニューヨーク(1939)、 モントリオール(1943)で上演された。 

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2022年5月29日 (日曜日)

アリス=紗良・オット ピアノリサイタル(所沢ミューズ)

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話題のリサイタル。明日のサントリーホールで彼女の日本ツアーは終わりだそう。東京人なのにサントリーじゃなくて何で所沢まで行ったのかというと、言うまでもなく券が安いからである。サントリーは1万円するが所沢はS席でも5000円。私はB席(4500円)をちょっと前にとった。所沢までは1時間ちょっとかかるけど、交通費は往復で千円くらいなんで。駅からちょっと歩くけど・・・。

駅のスーパーでいつものようにさやま茶のペットボトルを購入。狭山茶のちょっといい方のお茶っ葉も買った。狭山茶、あんまり苦くないし甘いので大好き。実は近所でも狭山茶の新茶が出てたので買って飲んでるんだけど、本場のほうが美味しいかもって思って(値段は一緒だが)。

さて皿夫。私はナマで彼女の演奏を聴くのは初めてである。「わっ24の前奏曲やるんだ行こうかな」って思って券取ったけど、なんかいろいろ普通ではない。ショパンの24の前奏曲の合間に彼女がチョイスした現代の曲を挟んで、しかもデミレルって人(建築家)の各曲に合わせたビデオ・インスタレーション付である。同じ曲目のCDはすでに売られており(未聴)、同様のリサイタルはロンドンを皮切りに世界中で行われているとのこと。

正直、「24の前奏曲だけ純粋に聴きたい」などとも思ったが、今回の出し物はリサイタル・・・というよりパフォーマンスであるよう。ショパンの24の前奏曲は、昨年ショパン・コンクールにて小林愛実さんが見事な演奏をしたが、その時は(私は)「前奏曲集というより彼女の生きざまのよう」と思ったが、アリスさんはショパンの曲をもっともっと拡大して本当に彼女の人生そのもの(Echoes Of Lifeという題名だからね)を表現しているのだ。

アリスさんはいつものように『はだし』で登場。ボブヘアに青いジャケットのパンツスーツが素敵である。マイクが用意されていて聴衆に向かって椅子に足を組んで座り、気さくな感じで解説を始めた。すべてが彼女の考え抜かれたパフォーマンスなのかな。

場内が暗くなって演奏が始まる。彼女の親友でよく共演するフランチェスコ・トリスターノの曲。この一連のパフォーマンスのために作曲してもらったそう。映像は幻想的な曲に合わせて宇宙の星々。彼女の(ピアニストとしての)誕生を表しているのかな。それに続く、ショパンの(よく知ってる)曲たちは、今まで聞いたこともないくらい透明で美しい。きらきらしている。なんか格が違うって思った(←何と比べてというわけではないが)。映像はそのあと窓?のような四角いものから、建物がだんだん形作られてきて、図書館?の巨大なもの・・・と移り変わる。ピアニストとしての彼女の形成を表しているのかな?

途中途中の曲の感想を書いていくときりがないので省略するが、とくに印象に残ったのはペルトの「アリーナのために」。この曲はこないだセルゲイ・ババヤンのリサイタルの時に選曲されていたにも関わらず「こんな世界情勢でこの曲は弾けない」などと却下されたものである。だもんで、聴けて嬉しかったが・・・この曲のときだけ映像がなくなった。真っ暗な中で演奏。前もって入口で渡されたプログラムの解説を読んでいたのだが、この曲は彼女の「多発性硬化症」発症・医者からの宣告を表現しているそう。とても暗く、奈落の底に突き落とされたような感じの曲だ。

私は(全然違うけど)かなり前にある病気を患って、医者に病気を宣告されたときのことを思い出した。まさに・・・こんな感じだった(演奏を聴いてちょっと泣きそうになった・・・まあ、私は手術の結果は悪性のものじゃなかったから全然生きてるけどね)。アリスさんの病気のニュースは、とくにファンでもなかった私でも相当ショックだったし、「ジャクリーヌ・デュ・プレみたいになっちゃうの?演奏できなくなっちゃうの?」と心配になった。でもまあ、今はもっと医学も進歩しているし・・・。それに彼女のハキハキとした話し方や圧倒的なピアノ演奏を聴いて病気の影などみじんもなかった。しかし完治したわけではなく、無症状なだけだとのこと。

24の前奏曲が終わって、最後はモーツァルトのレクイエムのラクリモーサを元にアリスさんが編曲したもの。絶望的に終わるショパンから、もっとオープンで無限なエピローグをつけたかったからだそう。映像も最初の宇宙の星々に戻り、人は星から生まれ、最後は星に帰る、ってな感じかな。ウルトラマンかっ。

アンコールはサティのグノシエンヌ1番。いろいろな面でトータルしてとても新しい、美しき彼女ならではのステキなパフォーマンスであった。

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昨日は、友人と横浜まで行ってソフィア・ローレンの映画「ひまわり」を見た。「ひまわり」はほんの小さいときにテレビで見たんだけど、正直あんまり覚えてなくて(一面のひまわり畑とロシア女性がマストロヤンニをずりずり引っ張っているところしか覚えてない)。私も友人もものすごく感動するんだろう、とかハンカチどこじゃなくてタオルがいるかな、とか思ったが、私も友人もさっぱり泣けなくて。なんかソフィア・ローレンがあまりに激しすぎて、「イタリア女ってあんなに怖いの?やっぱり日本人と違うね」などという感想であった。私は子供の頃にテレビで見たオペラ「カバレリア・ルスティカーナ」と「道化師」を思い出した。いや、いい映画でしたけど。こんな重い内容なのに最初のほうはクスっと笑える感じもあり、いろんな意味でイタリアっぽい。

せっかくの横浜なのに、友人が中華じゃなくてイタリアンな気分とのことだったので・・・何故かタコスを食べた。横浜イコール中華ってしか頭になかったので、今日は帰りに崎陽軒のシュウマイ弁当買って帰った。ちょっと気が済んだ。タコスはとても美味しかったです。

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2022年5月 7日 (土曜日)

森本隼太ピアノ・リサイタル 浜離宮朝日ホール

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ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番Op.27ー1「幻想曲風ソナタ」
フォーレ:ノクターン第6番Op.63変二長調
ショパン:ポロネーズ第7番Op.61CT156変イ長調「幻想ポロネーズ」
シューマン:交響的練習曲Op.13
(浜離宮朝日ホール)

GW唯一のコンサート。コロナ前はGWはLFJと決まっていたのだが、全然やってない。去年も今年もピティナが丸の内で無料コンサートを開催しているのを見た(ネットで)くらいだ。まあ放送は全部見たわけではなく、ピアノの山縣美季ちゃんと、珍しく英国歌曲を歌ったソプラノの大森彩加さんを見聞きした。英国歌曲はガーニー、フィンジ、クィルターと「英国歌曲好きなら大体チョイスする作曲家」だったので良かった。

さて、本日聴きにいった森本隼太さん(巨匠)も、国際フォーラムの裏のTOKIAで幻想ポロネーズを弾かれたようだが、ネット配信はなかったし、今日のコンサートの券を取っていたので聴きにいかず。TOKIAは音的にはいいのだけど、並ばなきゃならないし、立ち見だと全く見えないのでパス。

ところで、浜離宮だが私は初めて。どこの駅かな?と調べたら築地市場駅だったので「おお、これは久しぶりに築地で昼食かな」と思って開演より早く到着。場外の賑わっている通りを歩くと、寿司屋があちこちに並んでいる。「すしざんまい」にしようかなあと思ってたけど行き当たりばったりで(時間もあまりなかったので)呼び込みに釣られて入店。いやはや、店内は小上がりのところに昼飲みのグループがいるくらいでカウンターはガラガラ。『またやっちゃったかな』と思った(以前、平日の大手町で空いてて入った蕎麦屋が最悪で、空いてるだけのことはあった)。しかし、注文してしばらくするとお客さんがわんさか入ってきたのでホッとした。

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写真は2035円(税込)のセット。いつも食べている上野の寿司屋よりもシャリは甘めに感じた。イカがトロトロで美味しかった。他のも美味しかったけど。映ってないけど海老の頭で出汁を取ったお味噌汁付き(美味しかった!)。店名もわからず入ったけど、後で調べたら浜茂鮨という名前で築地でも老舗でリーズナボーな店だった(見たところ通りの他のお店は結構高い)。また浜離宮に来たら食べようとか思った(次はぜひおまかせで)けど、別に予定はないなあ。

しかし。お勘定をしている間に土砂降りで。傘持ってたからいいようなもののホールまで結構あるのでびしょびしょになってしまった。ついてないなあ。 帰りは止んでた。

さてコンサート(前置き長い)。 森本さんの生演奏は私は2回目である。前はピティナの特級コンクールのファイナルで、コンチェルトだったのでソロで聴くのは初めて。あれから2年も経ったのねえ。森本さんは当時はすごくあどけなくて、15歳?だかだったから他のコンテスタント(大学生)よりすごく幼く見えた。ちっとは17歳の青年らしくなってるかと思ったら外見は特に変わった様子もない。

だがピアノを弾き始めるとすごいスケールの大きい、大人のような演奏を繰り広げるのでギャップがすごいのである。現在、イタリアのサンタ・チェチーリア音楽院に留学中。そしてこないだイギリスのヘイスティングス国際ピアノ協奏曲コンクール(そういうのがあるのは初めて聞いた)で優勝したそうなので、今にもっとレベルの高い有名コンクールに出場するんだろうな。

幻想ポロネーズを目当てに聴きに行ったのだけど、意外と初めて聴くフォーレが良かった。ガンガン弾きまくる印象のピアニストだが、しっとりとしたこういう曲もいいなと思った。まあ、ベートーヴェンもシューマンも良かったけど(私はピアノ素人であまり他の演奏家のを聞いた事ないので比べることができない)。1番素晴らしいと思ったのはアンコールと称して演奏したスケルツォ2番。スケルツォというよりはバラードといった感じの緩急の激しいスケールの大きな演奏。ピアノは見たところ普通のスタインウェイではない感じがしたのだけど(横に書いてあるロゴを見ると)、Twitterを見たらタカギクラヴィアという会社がわざわざ運び込んだらしい。初めて聴くホールなのでなんとも言えないけど、よく鳴るなあと思った。

ピアノの横にマイクが用意されていて、演奏後ピアニストのご挨拶。今の今まで超一流の演奏を繰り広げていたのに、口をひらけば普通の高校生で、「今回選んだ曲がどんなに素晴らしいか」などと曲への愛が溢れていたが、高校の生徒会や文化祭とかレベルの話し方で(巨匠に向かって失礼ですねすいません)なんか懐かしい感じがした。このギャップが本当にいい。また東京に来てコンサートしてほしいな。

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GW色々見れたし友人ともたくさん会ったし、美味しいものも食べたし、楽しかったなあ、明後日から会社で既に憂鬱。

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2022年4月26日 (火曜日)

ポーランド音楽の100年<1924年>(ロジェ王)

英国から個人輸入した36枚組も、3枚目にして(わたし的には)メインな1枚。これを聞けばもうあとはどうでもいい(嘘です)。

CD3

シマノフスキ:歌劇「ロジェ王」

ロジェ王/ヴォイチェフ・ドラボヴィチ(Br)
ロクサーナ/オルガ・パシェチニク(S)
エドリシ/クシシュトフ・シュミト(T)
羊飼い/ピオトル・ベチャワ(T)
大司教/ロムアルト・テサロヴィチ(Bs)
女助祭/ステファニア・トチスカ(Ms)
アラ・ポラッカcho、ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴィエルキO&cho
ヤツェク・カスプシク(指)
2003年録音
<台本>カロル・シマノフスキ、ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ

あらすじ:12世紀、ロジェ王統治下のシチリア。美しい羊飼いに変身したディオニュソスが、新しい宗教を広めようとしているが、ロジェ王ほか聖職者たちと対立。しかし人民たちは段々と羊飼いの虜になっていく。最後はロジェ王と側近のエドリシだけが取り残される。

詳しいあらすじはWikipediaに載ってたのでそちらを参照(逃)。

(田村進/著 ポーランド音楽史を参照させていただきます)
1911年にイタリア各地を訪れたシマノフスキは特にシチリア島の神秘的で色彩的な美しさに魅せられたようで(1914年にもリピしたらしい)、ここがオペラ「ロジェ王」の背景となった。親友のイワシュキェヴィチの草案を元に、台本はシマノフスキ自身も手を加えて1920年には出来上がり、作曲は1924年に完成した。

まあとにかくベチャワの羊飼いが聞ける!というだけで有難い一枚。カスプシク筆頭に演奏者は多分全員ポーランド人であろう。いやもう、シマノフスキの曲はポーランド人が演奏してくれるのにこしたことない(ラトルをディスってる訳ではないんだけんども)。そしてとにかくベチャワの美声!ディオニュソス感が素晴らしい。いや具体的にはディオニュソスってどんなんだか。まあ陶酔的な感じだ(←テキトー)。イタリアもん、ロシアもん(と、ローエングリン)しか知らん日本のベチャワ・ファンよ。自国ものを聞いてこそ、ファンではないかい(いえ、どっちでもいいんですけどね)。

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2022年4月16日 (土曜日)

ポーランド音楽の100年<1921年〜1923年>

英国から個人輸入したCD36枚組「ポーランド音楽の100年」についての解説の2回目。このところオペラに出かけているのと残業続きで(今に始まったことじゃないけど)なかなかiPadに向かうヒマがない(パソコンが死亡しているのでiPadで書いているのだ)。

CD2

<1921年>
アレクサンデル・タンスマン:7つの前奏曲
イグナツィ・リシエツキ(ピアノ)
2018年2月録音

(解説書より意訳)タンスマンは1919年の終わりにパリに移り住んだ。開花した才能と完璧な外見を備えた彼は、すぐにアール・ヌーヴォーの首都に根を下ろした。これは芸術サロンへの紹介者であるモーリス・ラヴェルの認識のお陰であった。タンスマンの作品で、パリ移住後最初に出版された楽曲がこの7つの前奏曲である。これらの楽曲はタンスマンの内向的で洗練されたピアニスティックな芸術性を当時のパリの聴衆に紹介している。(中略)この曲は1922年5月6日に、アルフレッド・コルトーの弟子のHenri Gill–Marchexにより初演された。

(追記)タンスマンをポーランド音楽と言うにはちょっとアレだが、なんというか、カティンさんが弾いたら似合いそうな感じの曲だ(←テキトー)。

<1922年>
エウゲニウシュ・モラフスキ:バレエ音楽「シヴィテジアンカ」
ウカシュ・ボロヴィチ指揮 ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴィエルキ管弦楽団
2017年11月録音

(解説書より意訳)バレエの台本はミツキェヴィチの原作の筋書きを作曲者本人が大きく変更したもの。このバレエの主人公は村の娘サーニャで、彼女の恋人のランバージャック・ウィットには、彼女の愛情を金銭で手に入れようとする恋敵、リシュ王子がいた。サーニャに拒絶された王子は、復讐のために村のお祭りでウィットに罠を仕掛けて誘拐した。絶望したサーニャは湖で溺死する。第二幕では王子がウィットの服を着て変装し、湖の妖精となったサーニャをウィットの演奏する楽器で呼び出そうとする。王子の下僕によってウィットは殺されてしまう。楽器によって呼び出されたサーニャはウィットの服を着た王子の正体を見抜き、王子を誘惑して湖に引き入れ殺す、というあらすじ。


(追記)ポーランドラジオでは彼の別のバレエ音楽「愛」がたまに放送されていたので、結構気に入っている作曲家の1人。「愛」の方が有名なのかもだが何しろ長いのでこっちが収録されたのかな。「シヴィテジアンカ」もなかなか素敵な曲で、ロマンティックでありながらちょっと近代的なところもあり、しかもゴリゴリの無調という訳でもなく聴きやすい。ポーランド音楽の中でもおすすめ。なんと!YouTubeに「」も「シヴィテジアンカ」も上がっているので聞いてみて(それじゃこのCD買った意味はどこに)。特に「愛」は合唱も入り、SF映画みたいでなかなか格好いいぜ。内容は知らんけど。

<1923年>
アポリナリ・シュルト:交響組曲「パン・タデウシュ」
ミハウ・クラウザ指揮 ポーランド放送管弦楽団

(解説書より意訳)シュルトは作曲家として始めは有望視されていたが、彼は「若いポーランド」(ポーランド近代における音楽や演劇などの芸術家のグループ)のメンバーとして激しい芸術的生活の坩堝にいることに気づいた。だが、彼の才能はすぐに翳りを帯びてきた。彼がロシアに滞在してる間(1911〜18)、彼は作曲さえ放棄してしまった。ポーランドに戻ってからは彼は再び作曲を始めたものの、彼の音楽は変わってしまった。若い頃のモダニズムが姿を消し、後期ロマン主義、特にシュトラウスをモデルとして作曲をし始めた。(中略)彼の保守的かつ愛国的な傾向は「パン・タデウシュ」と題された交響組曲で表現された。後期ロマン派のオーケストラアンサンブルと交響詩に近い性格のプログラマティックジャンルの選択は、どちらも古風なものでした。それにも関わらず、音楽は旧世界の魅力に満ちている。その特徴はポーランドの舞踊、特にポロネーズの様式によって決定されている。

(追記)この時代のあんまり有名でない作曲家にありがちな、Rシュトラウスの音楽の影響を受けまくっているが、どっちかというともうちょっと後から出てくる私の大好きなルジツキの音楽に似ている。甘い甘いメロディに満ち溢れている。ところで「パン」ってポーランドの名前でよく出てくるけど、英語では Sir って意味だったのだね(と、今頃知った)。

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2022年3月27日 (日曜日)

ポーランド音楽の100年<1918年〜1920年>


ポーランド独立100周年を記念して、ポーランド音楽出版社のレーベルAnaklasisがリリースした超豪華36枚組を聴いて何かまとめてみようという(私が)、無謀な企画。何冊もある豪華解説書はもちろん全部英語だ。しかも、こんなにたくさんの冊子をくっつけておきながらオペラや声楽曲の歌詞の記述や英訳はないんだぜえ。騙された感じ。

1918年から100年間、その年を代表すると思われる曲を(出版社が勝手に)1曲チョイス。作曲家1人につき1曲というわけではなくシマノフスキは結構何曲も選ばれている。贔屓。

英語の解説を何とか訳してみようかと思ったけど結構無理だった。1曲目から心が折れた。あんまり参考にしないで。

CD1
<1918年>
カロル・シマノフスキ:狂ったムアッジンの歌 Op.42
詩:ヤロスワフ・イワシュキエヴィチ
1.アッラー、アッラー、アクバル…
2.正午に街は暑さから白くなる
3.街が眠る時間に…
4.西部の砂漠に出発したあなたは…

バルバラ・ザゴルザンカ(ソプラノ)
ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴェルキ管弦楽団
ロベルト・サタノフスキ指揮

(解説書より意訳)シマノフスキの東洋への興味は徐々に高まった。ターニングポイントはハーヴィズの愛の歌との出会いだった。そのオーケストラ・バージョンは彼がドイツの作曲家の影響から解放された瞬間であり、地中海の太陽が降り注ぐおとぎ話の段階の始まりであると考えられていた。?
ヤロスワフ・イワシュキエヴィチの言葉によると、シマノフスキが夢中になったムアッジンの歌は、彼の一連のオリエンタルな作品の最高の瞬間であった。第一次大戦によって世界から切り離された作曲家は、1914年のアフリカ旅行での貴重な思い出のイメージからシンプルと官能性を発見した。

(追記)シマノフスキは足が不自由だったそうなので、第一次大戦はロシア軍(まだロシア領だった)の徴兵から逃れて、その陰で次々と傑作を生み出して行ったわけですね。大戦勃発直前にイタリアとアルジェリアに旅行に行き、その時の影響からエキゾティックな作風の歌曲集「ハーヴィズの愛の歌」や交響曲第3番「夜の歌」、ヴァイオリン協奏曲などが生まれたわけですね。この「狂ったムアッジンの歌」の詩の作者イワシュキエヴィチは文学家で、作曲者の親友(意味深)とのこと。のちの傑作、歌劇「ロジェ王」も彼と2人で台本を共同執筆しました(意味深)。ところで、ムアッジンっていうのはアラビア語でイスラム教の礼拝(サラート)を呼びかける役の人のことだそうで、Wikipediaによると「狂人や酔っ払いはこの役職をやってはいけない」みたいなことが書いてあったんですけど。はて。


<1919年>
カジミエシュ・シコルスキ:交響曲第1番イ短調
ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
マジェナ・ディアクン指揮

(解説書より)カジミエシュ・シコルスキ(1895〜1986)ワルシャワ・ショパン大学でFelicjan Szopskiに作曲を学び、ワルシャワ大学哲学部で哲学と法律を学び、リヴィア大学で音楽学を学んだ。1920年代半ばに1年間の奨学金を得て、ナディア・ブーランジェに師事するために留学した。ロシア占領中、彼は地下音楽院の所長を務めた。戦後、彼はウッチの州立音楽学校の第一学部の学部長を務め、後に牧師を務めた(1947〜54)。1954年に彼はワルシャワに移り、彼の教育キャリアの終わりまで州立音楽学校に所属していた。彼は対位法と和声だけでなく、作曲も教えていた。シコルスキの別の貢献は、ポーランドの作曲家や理論家の世代全体が育てられてきた一連の和声、対位法、オーケストレーションの教科書である。

シコルスキの初期の作品は、ロマン派の伝統から生まれました。彼は手段のバランス、構造の正確さ、厳格な形式への嗜好を特徴とする典型的なフランスの新古典主義を支持し、後に放棄しました。彼は6つの交響曲、3つの弦楽四重奏曲、協奏曲、スターバト・マーテル、そしてポーランド民謡を基にした合唱曲などを残しました。

(追記)ポーランド以外ではあんまり知名度が高くないシコルスキですが、彼が今も名を残している偉業といえば、ポーランド国歌「ドンブロフスキのマズルカ」のオーケストレーションをしたことだそうで、今も使われているそうです。ポーランド国歌の歌詞はそりゃあもう戦乱の歴史を全部歌ってる感じで、日本の国歌の歌詞の単純さと比べると「ああ、色々あったんだねえ」と感嘆してしまいますね。

肝心の収録の交響曲ですが、古典的な部分とやや近代的な部分がうまくミックスされたまとまった良い交響曲ですね。曲想もなかなかヒロイックだし。長さも35分くらいだし、アマチュア楽団の方々、演奏されてみたらどうでしょう。


<1920年>
ルドミル・ロゴフスキ:ファンタズマゴリーズ
1.子守唄(マヤが歌う)
2.クリシュナの踊り
3.ガネーシャへの祈り
4.カーマのミツバチ
5.アグニの召喚

イザベラ・コペッチ(メゾ・ソプラノ)
ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴェルキ管弦楽団
ウカシュ・ボロヴィツ指揮

(解説書より)ルドミル・ミハウ・ロゴフスキ(1881〜1954)ワルシャワ音楽院でノスコフスキに作曲、スタトコウスキとムイナルスキに指揮を学んだ。その後、彼はライプツィヒ、ミュンヘン、ローマで研鑽を積み帰国後ビリニュス(リトアニア)のオルガニストの音楽学校のディレクターを務めた。これに加えて、彼は作曲家、活動家、ジャーナリストとしても名を馳せた。ビリニュスの交響楽団を経てパリへ移り、その後ワルシャワでノウォチェスニー劇場の音楽監督を務めた。第一次大戦の勃発6日前に彼はフランスに戻った。1921年にポーランド独立後に故郷に戻るも、批評家には評価されず、シマノフスキを取り巻くコミュニティと対立したため、彼は永遠にポーランドを去ることを決めた。1926年に彼はドゥブロヴニクに移り、死ぬまでそこに留まった。彼はアドリア海のそばで6つの交響曲のうち5つを書き、その他一連の記事、美術論文、短編小説、ファンタジー小説などを書いた。

(追記)曲目解説はあまりよくわからない(すいません)。テキスト的にはヒンドゥー教とかその辺の歌詞なんだろうなあ、というくらい。曲的には決してシマノフスキと対立する作風ではないような気がするんだけど…。(個人の意見です) 東洋的な感じとフランス音楽的の折衷的な音楽。

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なお、このセットですがHMVなど国内で購入すると35,000円前後します。私はAmazon(結果的には英国Book Depositoryに注文)で買ったので23,000円くらいでした(送料無料!)。ただ、2週間ちょいかかりました。あまりおすすめしませんが。

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2022年3月14日 (月曜日)

英国より郵便物が届いた!

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2週間前にamazonで注文していた「ポーランド音楽の100年」、ウクライナの戦争中でとても心配していたがちゃんと届いた。解説書も写真がいっぱい、楽譜もいっぱいで凄い豪華版だ。英語だけど。在宅勤務の短い休み時間なのでまだよく見てないけど。やっぱりイギリスの本屋は信頼できる。36枚組、ちょっとづつ聴こうっと。

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2022年3月 9日 (水曜日)

東芝グランドコンサート2022 反田恭平&村治佳織(ミューザ川崎)

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ロドリーゴ:アランフェス協奏曲
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
管弦楽/ジャパン·ナショナル·オーケストラ 特別編成
指揮/ガエタノ·デスピノーサ Gaetano d'Espinosa
ソリスト/村治佳織(ギター)、反田恭平(ピアノ)

そもそもダーヴィド・アフカム指揮のスペイン国立交響楽団のコンサートだったのに、コロナのせいで指揮者も楽団も来日できず。たまたま新国立劇場で振ってたデスピノーサが指揮者で、反田恭平さんが立ち上げたジャパン・ナショナル・オーケストラが出演、反田さんが出ない時に出演するはずの村治佳織さんも同時に出演。曲目は反田さんの弾くコンチェルトがプロコフィエフからショパンに変更。本当はそもそもプロコ目当てで券を取ったんで、変更は大層がっかりした(私は)。

でも、後で考えると今時ロシアの作曲家の曲を聞くと微妙な気持ちになるかもなので、ショパンで良かったのかも。反田ファンは何でもいいんだろうなあ。

というわけで、結局は反田さんがスカウトした若手名手を集めた楽団のフレッシュな演奏と、(本来ならどっちかしか聞けない)村治さんと反田さんが両方聞けるという、美味しいコンサートになった。まあ、券は結構高かったんだけど。

数年前のショパンコンクール入賞者コンサートを思い出すほどの超満員。休憩中のトイレはもちろん長蛇の列で入れず。普段は男子トイレが行列を作り女子トイレは結構空いてるようなコンサートしか行かないので、なんかもうすごいわ。

一曲目のアランフェス協奏曲。テレビでしか見たことない村治さんはとっても可愛い。青い椅子とドレスの色を合わせているのかしら。ギターはあんまり音量がないのでオケも若干控えめの音量かな。

(そうそう、このコンサートの予習をしようと、YouTubeでアランフェス協奏曲を探したら、コメント欄で「学校の宿題で来た人!」っていうのがあって、その後何人も「私も」「僕も」っていう人がいて、今時は音楽の授業が学校でできないから、YouTubeで聞いて感想を書けとかいう宿題が出るのかな。なんか悲しいな。)

こないだテレビで「リメンバーミー」を見たばっかりなので、ギターの生演奏は本当に嬉しくて。普段は「題名のない音楽会」でしか見たことない村治さんが目の前にいて、有名曲を弾いてくださるのがとても不思議。テレビかよ。

たくさんの拍手に応えて、アンコール。「禁じられた遊び」と、R.ディアンスのタンゴ・アン・スカイ。このご時世では「禁じられた遊び」はキツイ。映画のあの両親を戦争を殺された子供を思い出して涙が出そうになった。・・・って話を一緒に行った友人にしたら、「えー『禁じられた遊び』って映画なの?知らなかった。どんな話なの?」と聞かれたので「戦争で両親を殺された女の子が、男の子と墓の十字架を引っこ抜いて集める話」と説明したら、「なにそれ、コメディ映画なの?」と言われたので、私、説明下手だなあって思った。

2曲目のメンデルスゾーン。オーケストラの本領発揮である。若々しい演奏が曲と合っていて素晴らしい。指揮者も楽しそうに振っている。ところで指揮者のデスピノーサはスマートでとてもかっこいいのだけど、頭の禿げ方が・・・その昔の指揮者スタインバーグに似てるなあとか思ったけど誰もわかんないよね。

曲が終わって大拍手に応えて指揮者はとても嬉しそうだったんだけど、「もうここで出番は終わり」感が沸々としてたので、「もしかしてソーリーのショパンは弾き振り?」とかちょっと考えてしまったんだけど、そんなことはなくてショパンも指揮者は振ってた。

ショパンのコンチェルトは、私は生演奏ではアントニ・ヴィト指揮の演奏しかなくて(ショパンコンクール入賞者コンサートで2回、新日本フィルでヤブウォンスキ先生の演奏で2回)、今回この指揮者の演奏はちょっとタメが多すぎてちょっと違和感だったんだけど、反田氏の演奏がやっぱり素晴らしいので、本当に聞けて良かったと思った。コンチェルトだけだったら優勝してたかもなあ(でも、ブルースさんの時も聴衆の拍手がすごかったから妥当だったのかなあ)。

いやはや、やはり勢いのある演奏家の演奏は凄いよね、ショパンは本当に素晴らしいな、とか思いながら聞いてたけど、終わった時のフライング拍手とスタンディングオベーションも凄くて。ブラヴォー言えないのは本当にキツイわ。圧倒的な拍手に応えてアンコールはお馴染みのシューマン=リストの「献呈」。私は子供の頃、この曲をカスリーン・フェリアの歌唱で聞いていたのでドイツ語で歌えるくらい(嘘)。

その後、指揮者と村治さんが再登場し、そもそもはヴァイオリン弾いてたというデスピノーサが持参のヴァイオリンで参加。とってもいいヴァイオリンらしい(パガニーニだかガダニーニだか)。3人でピアソラのアヴェ・マリア。先日Eテレのピアソラ特集を見たばっかりなので嬉しい。ムーディでとても心のこもった演奏。本来なら外国のオケが聞けなくて頭に来てもいいような気がするのに、結局なんかすごく得した感じ。いい演奏会でした。何より中止にならなくて良かった。

帰り道、友人に「いい演奏会だったねえ」とか言おうと思ったら、大の反田フリークの友人は「ばーっと出てきてあんな凄い演奏をして、ざっと帰るのめちゃくちゃかっこ良くない?」などと(目に星を光らせながら)おっしゃるので「いや、大体のピアニストはそう・・・」と言いかけたけど、何を言っても無駄だなとおもった。なんであんなに(アイドル的な)人気があるのか、やっぱり私はわからん、しかし演奏は素晴らしかった。

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2021年12月 6日 (月曜日)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル (所沢ミューズ)

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クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
<プログラム>
J.S.バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825
J.S.バッハ:パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
ブラームス:3つの間奏曲 Op.117
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
(所沢ミューズ アークホール)

(会社で)年末調整が始まり、連日夜10時が定時状態。今日も「休日出勤の予定入れといて」と言われ、ツィメルマンの券を取っていた私は日々怯えていた。が、なんとか免れたので、所沢まで行ってきた。ああ、だってサントリーも川崎もウィークデイなんだもん、行けないよね。しかも券、お高いし。それに比べて所沢は安心価格。B席6300円で巨匠ツィメルマンが聴けちゃう。サントリーと川崎はB席1万円よん。所沢は藤村実穂子さんだってパユだって3500円。もっとウチから近かったら会員になるんだけどなあ。

ああ、本当に良かった。こんな巨匠クラスのリサイタル初めてだ。いや、今年亡くなった巨匠ネルソン・フレイレは前に聴いたけどコンチェルトだったしね。

先日聴いたブレハッチと曲目が2曲被ってるので、聴き比べも楽しみ。片や2005年ショパンコンクールの覇者、今日は1975年の覇者である。ショパコンも昔と今とは全然違うし、同じポーランド人でも世代が全然違う。ツィメルマンは(今回聴きに行くから色々調べたけど)昔のポーランドはなかなかピアノが手に入らなくて自分でこしらえてたとか、今では信じられないような時代を生きた人である。

本日使用のピアノは(3階席の)遠目に見てスタインウェイだったんだけど、ご自分で持ち込んだピアノ・・・ということらしい。こんなん幼き日にテレビで見たホロヴィッツ来日公演みたいやないけ。しかも本人大の日本好きとのことで日本にもおうちがあるらしい・・・ツィメルマン。今日の所沢のホールもお気に入りのホールらしいし。

さてリサイタル。譜面を置いての演奏である。3階席なので手すりに隠れてほどんど弾いている姿は見えない。しかしホールの特性なのか残響が適度にあり音は素晴らしい。

演奏は全体的に・・・(変な感想でごめんなさい)不治の病に侵された人が、苦しい治療を経たが残念ながら助からず、やっと苦しみから逃れて神に召されて、天国で目を覚ました最初に聴いた音楽みたいな・・・そんな気がした。もうなんか、「ピアニストが目の前で演奏している」というよりは、ピアノも奏者もどっか行っちゃって(あんまし見えなかったってのもあるけど)、草原に日が射してくる様とか、小川のせせらぎとか、小鳥のさえずりとかが頭に浮かんだ。

(伝わってますか?)

バッハもブラームスもショパンも、どれもとても美しい演奏だった。とにかく今まで聞いたことのないような演奏であった。バッハは何か天使が降りてくるような感じだったし、ブラームスは(予習なし。初めて聴いた曲だが)あまりにも美しすぎてどうしようもなく泣ける演奏だった。なんだろうあれは、残業続きの私の心をツンツンと突いてくる。

大好きなショパン3番はもう・・・いや何だ。もういいわ。凄すぎる。ショパコンで若手の演奏ばかり聴いてたので(それはそれでよい演奏もあったものの)、やっぱり違うんだなあと思った。圧倒的なスケールで聴衆をねじ伏せた感があったブレハッチも素晴らしかったし感動したけれど、ツィメルマンは何か違う・・・これは天国の音楽。聴けて良かったな。ツィメルマンがこのホールが好きでいてくれて良かった。

最後は大拍手でスタンデイングオベーションもあったけど、ツィメ様は一度引っ込んだら二度と出てこず。アンコールもなし。巨匠とはこういうものなのか。

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所沢に行くと必ず買う「さやま茶」のペットボトルと、夕飯と明日の朝食用に買った航空公園駅のパン屋「アンリ・ファルマン」のサンドイッチとフランスパン。アンリ・ファルマンって名前がいいよね。

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