メサジェ/歌劇「お菊さん」(日本初演・初日)
アンドレ・メサジェ:歌劇「お菊さん」全4幕(全4幕、日本語上演・英語字幕つきピアノ伴奏)
〈指揮〉佐々木 修
〈演出〉日本橋オペラ研究会
〈出演〉福田祥子(お菊さん)、池本和憲(ピエール)、上田誠司(イヴ)、飯沼友規(勘五郎)、大倉修平(サトウ)、田辺いづみ(お梅)、根崎一郎(シャルル)、高橋千夏(お雪)、居福健太郎(p)、 山井綱雄(金春流能楽師)、他
(5月29日 日本橋劇場)
昨日行ってきた。コロナ禍で上演を危ぶんでいたが(私が)、小劇場であり観客数を半分以下にしていたために、めでたく公演が実現したようだ。(本当は昨年上演予定だったがコロナ禍で延期)
日本橋劇場は、私が前にここらへんで勤めていたこともあり「こんなところに劇場があるのか」とお散歩がてら思っていたが、まさか「日本橋オペラ」としての公演があったなんて知らなかった・・・いや、チラシくらいは何かのコンサートで入ってて、スルーしてたのかもしれない。基本的にはちっちゃい歌舞伎とか能とか、落語とか小演劇とかやるくらいの規模のホールである。畳席があり、羨ましかった。
「日本橋オペラ」の会長という福田祥子さんは、ワーグナーを得意としている歌手であり、私は彼女のイゾルデ、ブリュンヒルデ(かみたそ)、アーダ(妖精)を見聞きしている。どの役も素晴らしい歌唱だった(と、過去のブログに書いてあった)。とても声量があり、声質も美しく特に高音の美しさが心に残る。
(私の認識だと)主に「あらかわバイロイト」で活躍されていたようだが、あらかわで相手役のトリスタン歌ってた池本和憲さんが今回も相手役のピエールをつとめ、あらかわでハンマー先生の振らない日に指揮をしていた(私は見てないけど)佐々木修さんが指揮。佐々木さんは「ルナルナ」の人である。
「あらかわバイロイトどうなっちゃったかな~」とか思ってたけど、福田さん、佐々木さんによってこのような形で脈々と公演が続いている。ちなみに「日本橋オペラ」の第一回公演は「トリスタンとイゾルデ」だったらしい。指揮者による室内オーケストラ編曲版とのこと。(今回のプログラムに記載があったが、昨年ドイツのハノーファー劇場では佐々木さん編曲のこの版を用いてトリスタンを上演した、とのこと。)
さて、この珍オペラ「お菊さん」だが、知っている人は知っているが原作者ピエール・ロティが日本に滞在中に芸者と「短期結婚」していた体験をもとに小説化したものを原作としている。音楽的には(おふらんすなんで)同年代のシャルパンティエの「ルイーズ」を思わせる・・・かな。ちなみに作曲者メサジェは「ルイーズ」の初演の指揮をした人である。
プログラムをざっと読ませて頂いた(大変おもしろい)が、メサジェが「お菊さん」を避暑地にて作曲していたその時に同地でプッチーニが「マノン・レスコー」を作曲していたとのことなので、「お菊さん」にところどころ聴かれる「蝶々夫人っぽさ」は・・・はあ、そうなのやっぱりねって感じ。「蝶々夫人」は「お菊さん」のおいしいところを貰って作られたのかな。
また、メサジェは当時絶大な影響力のあったワーグナーにも傾倒していて、お友達のシャブリエとミュンヘンに「トリスタン」を観に行ったり、フォーレとバイロイト行ったりしてたらしい。なるほど、シャルパンティエもワグネリアンだったから、ルイーズっぽさを感じるのはこのへんかな。
<ワーグナーっぽいと感じたところ>
・船の上からオペラが始まる、かじ取りの歌など。
・結婚仲介人の勘五郎が「ダンナ、ダンナ」と連呼して歌うところが「ジークフリート」の第一幕(ジークフリートがミーメに文句を言うところ)に似ている。
・お菊さんの義理の妹のお雪さんの歌は「タンホイザー」の牧童を思わせる。
・第4幕のお菊さんとピエールの愛の場面はまんまトリスタンじゃん。
・・・という感じだが、このオペラがいまいち後世に残ってないのは(アリア以外)、「蝶々夫人」などと比べて若干悲劇性が薄いからかなって思う。蝶々さんは騙されているのも知らずにピンカートンを信じて待ち続け、生まれた子供を取られて自決するなどの強烈な悲劇性がこの「お菊さん」にはない。お菊さんは「短期の現地妻」ということをわかっているので若干ドライで、蝶々さんよりずっと賢く感じる。まあ、現実にはこんな感じの人がいっぱいいたんだろうな、当時の長崎には。
蝶々夫人との類似点はいっぱいあるんだが(重ねて言うが作曲は「お菊さん」のほうが先である)「蝶々夫人」にはスズキさんが出てくるけど、こっちはサトウさん。始めの方にお梅さん(お菊さんの義理の母)が念仏唱えるところ、お菊さんとお雪さんのデュエットは、蝶々さんとスズキのデュエットを思わせる。
さて歌唱だが。主役のお菊さんはそもそも(私の印象として)アリア集などで聴かれるのはスミ・ヨーやバーバラ・ヘンドリックスなどのコロラチュラややや軽い声のリリックソプラノ向けの役だと思ったので、堂々たるワグネリアンソプラノで歌われるお菊さんは新鮮。二階席バルコニーで聴いていたが、声量すごいし、小ホールのすみずみまで響き渡ったのでは。ブラボー言えなくてつらい。
(ところでお菊さんのアリアは意味もなんも知らずに聴いていたが、なんと虫の「セミ」について歌っていたのだって昨日知った。マスカーニの「イリス」のアリアが「オオダコ」について歌ってたので、何か日本人女性の役の歌うアリアってへんなの多いな。)
まあまあ登場人物多いオペラなので(その他おうぜい的な人々にもちゃんと役名がある)、ソリスト級の人が歌っている合唱アンサンブルもなかなか聴きごたえがあり、美しかった。女性はそれぞれ着物を着てて「日本橋っぽい」感じ。端役のソリストもそれぞれ素晴らしかったが、中でもお雪さん役の高橋さんの可憐でさわやかな歌声はとくに印象に残った。
筋書的には、ピンカートンと違ってお菊さんと結婚するピエールはもっと人間的で、一緒に来てた部下のイヴとお菊さんとの仲を疑ってたり、お菊さんがお祭りで人前で歌を歌っただけでめっちゃ怒ったりなかなか嫉妬深いのだけど、(プログラムを見て「あ~?」ってなったが)史実ではイヴと同性愛者だったってことで。そっちか~。
本日2回目の公演があり、もっと演奏はこなれているものと思われる。なお、今回はピアノとトランペット、打楽器のみの伴奏で、曲の美しさは伝わったし違和感のない程度に頑張ってはいたが、「イリス」のようにいつかオーケストラ版、フランス語版で見てみたいな~とは思った。ミッチーなんとかして。