2009年8月11日 (火曜日)

飯守さんのブルックナー7番

Pa0_0411フェスタサマーミューザ川崎2009
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 (ノヴァーク版)
飯守泰次郎指揮/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
(ミューザ川崎)

おお、待ちに待った飯守さんのブルックナー。この日のためにエア・ブルックナーとかシャドウ・ブルックナーとかして鍛練を積んできた。いや、別にただ7番をかけっぱなしにしてたりしただけなんだけども。

ただ、予想してたのは、飯守さんは偉大なるワーグナー指揮者だからブルックナーでもきっと入魂の演奏をして下さるってことだった。だって、ブルックナー・ヴァージンのあたしだってわかるよ、近代演奏史の中でワーグナーが超得意な指揮者は大体ブルックナーも得意だってこと。クナッパーツブッシュしかり、フルトヴェングラーしかり。

正直。

私、今までワーグナー以外の飯守さんの演奏会、そんなに感動してない。まあほぼワーグナーばっかり聴いてきたんだけども。「惑星」とか『それ、ちげー』とか思ったし、マーラーの7番だって『これって・・・どう?』とか思ったものだった。同じ交響曲でも同年代のブルックナーとマーラーってやっぱり違うと思う。全然傾向の違うものだ。

でも、ブルックナーだったらきっと、ワーグナーの時みたいな「全く異議異論のない演奏」をしてくれるんじゃないかと思ってた。

で。

前にブログに書いたように、私はブルックナーの7番をまともに聴いたのってこないだ買った超廉価盤のパーデンネン・・・じゃなくてなんだっけ アレしかない。アレのチョイスは結構良かったんじゃないかな。あんまりオケがうまいとこのを予習に使うと、日本のオケを聴いてがっかりするかもしんないし。でもアレ、そんなに悪い演奏じゃないね。

で、本日のコンサート。いつものように、開演前の大先生の解説をきく。(なんか、マーラーだっけ?演奏会の前に曲の解説をえんえんとしてたのって。それを思いだした) 飯守さんの、こういった前世紀の巨匠みたいなとこが好きだ。ピアノを弾きながらの、ウンウン歌いながらの解説。弾いてるうちに熱が入ってしまって止まらなかったり。そういうとこもいいな。それにしても、同じ長調でも、ハ長調はこんなで、ホ長調はこんな感じでみたいな説明はナルホドなあと思った。正直・・・まあいわれてみればそうかな?ってくらいだけど。シンフォニストじゃない自分・・・恥。

(つか、飯守さんによるこういう形でのワーグナーの楽劇の解説を一回聞いてみたい。長いから無理だと思うけど。すごく「なるほどな~」って思うと予想)

そんでまあ、今日の席は一階席の前のほうだったもんで、オケの内部があまり見えん。ワーグナーチューバはどこなんじゃ。やっぱり2階席の横からがよかったかなあ・・・。前すぎると音もなんだか溶け合ってないし・・・すぐ慣れたけど。

で・・・あの。やっぱりシティ・フィルはなんで飯守さんとワーグナーの演奏のときはネ申になるのですか?という感じが今日のブルックナーでもした。なんというか・・・私の頭の中にはドイツ・オーストリアの深い森があった(えーと行ったことないけど。少なくとも富士の樹海でないことは確か)。とくに弦の方々はいい仕事してた。

この曲で好きなのは第2楽章の中間の弦のあの優しいメロディのとこ(わかりますか?)そこのところも飯守さんは一緒に歌い(唸り?)ながら指揮をしていた。弦の人たちは心をこめて演奏していた。それがわかる。

第3楽章のバケラッタバケラッタ・・・のところも「おお、これがブルックナー!!」みたいな演奏であった・・・初心者なもんでよくわからんけど。

で、細かいことはよくわかんないので記述は避けるけど、とにかく全体的に熱い演奏であった。とくに思ったのは、「これはナマ演奏だからこんなにすごく思うだけなのか? 他のオケと指揮者でも、ブルックナーだったらこんな弦の深い音が出せるのか?」というアホみたいなことだった。今日の演奏はたぶんパーデンネン?の演奏を軽く超えてる。いや、やはり実演の迫力はあるんだと思うけど。

曲が終わったあとはすごい拍手喝采で(客の入りは6~7割ってとこだってが)、なかなか指揮者とオケはおうちに帰れそうもない。しょうがないので飯守さんはオケに客席の四方にお時儀をさせて帰った(初めてみた)。もうそのくらいの盛り上がりようだった。ま、飯守さんのワーグナーのときはもっと盛り上がるけどな、ははん。

ブルックナーの演奏会って初めてだけど、やっぱり男子トイレのほうが並ぶんだなって思った。

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2009年7月24日 (金曜日)

パーテルノストロ/ブルックナー交響曲全集(買っただけ)

ブルックナー:交響曲第0番~9番、テ・デウム
ロベルト・パーテルノストロ指揮/ロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団

あたし、デビューすることにした、ブルックナー。(きらーん)
今度の飯守先生の7番のコンサート、行くことにしたんだもんね。 安いし

人生初の生ブルだわよ。信じられないでしょ?
有名な?「ロマンティック」だって聴きに行ったことないんだわよ。

でさ。

私、ブルックナーのCD二つしか持ってない。

フルトヴェングラー指揮の4番と、ジュリーニの8番ね。
フルヴェンの、あまりに古くて盤が死んだかも。

そんでもって、7番ってこないだ教育テレビで聴いて「なんだかいけそうな気がする~」と天津木村みたいなことを思ったんだわ。

当然CD持ってない。

だもんで渋谷塔に行った。
一番安そうなティントナーにしようと思ったらなんだか棚になかった。在庫切れか?

恥ずかしい。店員に聴くの恥ずかしい。ティントナー500円だもんな、確か。他のにしょう。ど、どれに?

うわー。

なんか、自分の庭であるはずの渋谷塔が、いきなり大海に見えた。これがもしワーグナーだったら、マーラーだったら、シュトラウスだったら、いやいや英国音楽だったって、そのへんの初心者の女の子が店内で路頭に迷っていたら、優しく指導してやれる自信がある。

しかし。

ブルックナー、いきなり初心者。
マタチッチとかチェリとかムラヴィンスキーとか選んどけばいいのだろうか。なんか、それってツウっぽいぞ。かっこいい?

それとも、普通にベームとか、カラヤンとか、ハイティンクとかでいいんだろうか(あるのか?)。

店員に聴くのも恥ずかしい。「あのう、ブルックナーの7番買いに来たんですけど、いっぱいありすぎてわからない・・・」

このあたしが、そんな質問できない。今さら無理。

いやいや、ここの読者の方だったら、
「そんなの簡単だ。アンタの一番好きな指揮者にすればいいじゃないか。バルビローリとか買っとけ。」と言われるかもしんない。
私も考えた。バルビ手に取ってみた。だが。

高い。

予算は(一枚で)1200円くらいまでと見積もってきたので、一枚3000円近くするのなんか買わない。しかもライブだし録音やや古いし。初心者にはどうなんだ。

とか色々店内をぐるぐる(別にブルックナーの場所は一つなのだからぐるぐるする必要はないんだけど)小一時間徘徊していたんだが、とあるセットが沢山積んであるのに気がついた。

おお。

全集で1790円とな。11枚。しかもテ・デウムも入ってるぞ。録音も新しそうだし。

しかし。だれこの指揮者。パーデンネン?
オケも地方2流オケっぽいし(知らないけど)。

まあ、全部聴けるのであれば、この値段ならば損はないだろう。CDがたくさん入っていて楽しいしね。(しょーゆーこと?)

おうちに帰って、さっそく7番から鑑賞。ふむ、録音は悪くない。教会でのコンサートの収録だから残響が長くて気分がいいね。

指揮者の解釈とかテンポのこととかわからない、初心者だからな。演奏は普通にいいと思う。全部聴いたわけではないけど。

しかし。

このオケはうまくないな。ライブだから仕方ないけどなんかたまにヘマしてるな。あたしでもわかる。それと、演奏には関係ないけどお客さんの咳が・・・なんかな。そしてたまに(7番じゃないかもしれないけど)指揮者のふんふんいう鼻歌も入っている。鼻歌or唸り声で許せるのは好きな指揮者だけだ、私は。

うーん。

まあ、この値段だからこんなもんなんだろうな。いやいや、本当にありがたいです。全部聴きますよ、がんばって。鑑賞には十分耐えるクォリティです。(それに、こんなこと言うのもなんだが・・・日本のオケを聴きに行く予習だし。ベルリン・フィルとかウィーン・フィルとかだとキツイかも)
あ、ネットで買うともっと安いです。

でも。

やっぱり(ちょっと高くても)バルビローリにすればよかったかなあなんて思いながら、今これを書きながらバルビローリ指揮のシベリウスの1番聴いてます(えー?)。やっぱり好きな指揮者で聴くのが一番ね。

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2009年7月22日 (水曜日)

ちょっと昔のレビュー(8)*1995年・若杉弘・グレの歌*

若杉さん、とうとう・・・。

おそらく若杉さんは、私が一番実演に接した指揮者だと思うので(とくに人海戦術もので)、どうしても「ご冥福をお祈りします」とか言う気にまだなれません。訃報を知った時も若杉さんの腕を引っ張って「まだ!まだ仕事残ってるから!ヴォツェックは?影のない女は?まだいかないで!若杉さん!」とか言いたい気分でした。

でも、どうしても若杉さんにはこう言いたい。

「若杉さんが日本にいて下さったおかげで、日本にいながらにしてクラシック音楽の素晴らしい演奏にたくさん接することができました。若杉さんの演奏は一生忘れません。たくさんの素晴らしい演奏をありがとうございました。」

ということで、ちょっと追悼特集みたいになってしまいますが(いやだよう・・・)。

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1995年5月25日
シェーンベルク:「グレの歌」
岩水圭子(トーヴェ)、田代誠(ヴァルデマール)、ラインヒルト・ルンケル(山鳩)、小林一男(クラウス)、志村文彦(農民)、木村俊光(語り)
合唱:国立音楽大学
若杉弘指揮/NHK交響楽団

(NHKホール)

私が多分中学生だった頃、この曲に出会った。小澤征爾のレコードだった。そのジャケットの絵がムンクで、題名は忘れてしまったけど日の出の絵だった。

この「グレの歌」という曲はとっても不思議な曲で、合唱曲というものでもないし、オラトリオでもない。ましてやオペラでもない。レコード屋で探すと声楽曲、ということになるのだけどほんとに単なる「グレの歌」となっているところが好きだ。

シェーンベルクは好きな作曲家の一人ではあるけれど、全部の曲が好きというわけではない。初期の「清められた夜」なんてのは背筋がぞくぞくするほど好きだし、「月に憑かれたピエロ」だって大ファンだ。室内交響曲もいいと思うし、本当は「すき」と言ってはいけないのかもしれないけど「ワルソーの生き残り」なんて一緒に歌えてしまうくらいだし、「期待」ってオペラの病気っぽいオペラも好きだし・・・と書ききれないくらい好きな曲があるはずなのに、どうも「アイ・ラヴ・アーノルド(はあと)」とは言いきれないとこがある。

「モーゼとアロン」を全曲CDで聴く、なんてのはものすごく勇気のいることだし、ほとんど無調で書かれたものはもうお手上げである。彼の弟子のベルクの曲はほとんどが調性なしで書かれたものなのによっぽど親しみやすいのは不思議である。

さて、話を「グレの歌」に戻すと、今回のN響の演奏が実演で聴くのは私は初めてである。しかしものすごく発見が多かった。この曲がとてつもなく難しいということ、すごく手がかかる曲であるということ、たくさんの人でやっているということ、そしてとてつもないパワーのある曲であるということ、など。

私はなんと前から2番目の席だったので、最強音になるともうその場にいるのが辛くなるほどの大音響だったのだが、その反面、弦だけの室内楽的な部分は本当に美しく聴こえた。第一ヴァイオリンだけでも何パートにも分かれているのね、と新しい発見。

第一部で、トーヴェやヴァルデマールの歌が交互に歌われるとき、私は何故かクリムトの「接吻」の絵が思い出されてならなかった。美しい少女、その周りを彩る花々や装飾的な文様、それがオーケストラの細分化された美しい響きとともに浮かび上がってきたのである。美しく、色彩的で、いまにも崩れ落ちてしまいそうな音色。私がこの音楽の中に求めていたのはこれだったのではなかったか。

続いて「山鳩の歌」。この日に出演したルンケルという人は最近よくレコーディングをしていていくつか聴いたけれど、この日 生の声を聴いて、久しぶりに本物のドイツ・オペラの声を聴いた気がした。これだけでもこの日行った甲斐があったと思う。素晴らしい歌手である。

でも歌も凄いけれど、やっぱり管弦楽。沢山の楽員の人の奏でる音楽のなんて精妙なこと!シェーンベルクは天才である。

農民やら合唱やら道化のクラウスやらが登場し、やっと最後の「語り」へ。ここは私の持ってるCDのハンス・ホッターの印象があまりにも強過ぎるけれど、この日の木村さんは頑張ってた。

オーケストラが静まり、いままでねちねちどろどろのロマン派音楽を繰り広げていたのに、急に人が少なくなって、せいぜい10人くらいの人の演奏の中で、語り手がひょっこり現れる。しゃべるでもなく、うたうでもなく、新しい音楽の登場を見守る。ここからは今までと違う、20世紀の音楽の出現である。その登場は感動的である。そして今まで「ありゃ?」「なんだ?」と思いながら聴いていた人々もこの新しい音楽に同調する。そして音楽が盛り上がるにつれ、だんだんと人数が増えてきてどんどん大きくなっていく。(ここらへんはもう失神寸前であった) そして最初に書いた、ムンクのジャケット絵のような、舞台いっぱいの大きな大きな日の出が目の前に広がっていく。合唱。大いなる感動。終結。

この曲は実演に限る。CDじゃ本当の面白さはわからない。若杉さんに多謝。オネゲルのときも良かったけれど、この日も最高!でもトランペットのあの難しいソロが聴けなかったのが残念だなあ。

Sunムンク作「太陽」(1909‐11)オスロ大学蔵

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若杉さん関係記事

「ダフネ」日本初演

若杉さんの新ウィーン楽派コンサート

ちょっと昔のレビュー(4)*1996年・若杉弘・七つの封印の書*

ちょっと昔のレビュー(7)*1996年・若杉弘・火刑台上のジャンヌ・ダルク(日本語版)*

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2009年7月11日 (土曜日)

アルミンク/七つの封印の書

P1110204フランツ・シュミット:オラトリオ「七つの封印の書」(七つの封印を有する書)
ヘルベルト・リッペルト(テノール・ヨハネ)、増田のり子(ソプラノ)、加納悦子(アルト)、吉田浩之(テノール)、クルト・リドル(バス)、室住素子(オルガン)、
クリスティアン・アルミンク指揮/新日本フィルハーモニ交響楽団、栗友会合唱団

(すみだトリフォニーホール)

過去記事:ちょっと昔のレビュー(4)*1996年・若杉弘・七つの封印の書*

ミトロプーロス・七つの封印の書

ウェルザー=メスト/七つの封印の書

昨日と今日の二回公演。二回目を取ったのは、あんまりやらない演目なので、一回目よりこなれているのではと思ったんで。プログラムを見たら、「CD発行予定」とのこと。何、この演奏会って収録するんかい(←えー)。じゃあ奇声を発したりしたらダメだな。

演奏の前に、マエストロ・アルミンクによる曲目解説。たま~にわかるドイツ語が出てくると嬉しい(「神秘的な雰囲気」とか)。

この曲を生で聴くのは二度目になるわけなんだが、なんせ前に聴いたのは13年も前の話なので聴き比べってわけにもいかない。でも、前の演奏会の感想には「ものすごく感動した」ってあるし。今聴いたらどうなんだろうなって思ったけど。

まあ、この曲を聴く上で条件が違う。

★ 前のときはミトプー盤しか聴いたことないし、歌詞の内容まで把握してない
     ↓
★ 今回は前の演奏会のときの対訳を持っている。CDもメスト盤とシュタイン盤を保有。かなり曲も覚えている。

何事にも感動しやすかった昔より、何か色々凄いものを聴いてしまったあとの今とは聴き方も違うし。

しかも、指揮者(の傾向)が違う。日本人指揮者と、曲の本場の生まれの指揮者っていうのは・・・違い過ぎる。

ということでなんだけど、今日はそんなに(泣くほど)ものすごく感動したわけではない。それだけはまず言っておく。

この曲を聴きながら、色々考えた。キリスト教にあんまり馴染みのない日本人が聴くのと、現地の人が聴くのとは全然心構えが違うと思った。現地の人はこの楽曲自体の感動プラス「キリスト様ありがたい」の感動があるんじゃないかと。

で、若杉さんの指揮で聴いた時は、かすかな記憶をたどると、おそらくマーラーを振るような感じでやってたんじゃないかな。仏教徒?の日本人でもわかりやすく、感情移入できるような早めの激し目の指揮で。薄い記憶だが、地震の場面ではもうコンサート・ホールが揺れてるんじゃないかと思うほど迫力があった、と思う。

本日のアルミンクの指揮は、ウィーン・ジモティの指揮であった。宗教音楽ということで、「この曲自体が醸し出す何かすごく有難いもの」を素直に美しく表出したような指揮であったと思う。

まあ、アルミンクって普段からこんな感じの指揮者だとは思っているんだけど。「ローエングリン」や「戦争レクイエム」を聴いた限り、聴く人の心に深く食い込む激しい指揮というよりは、曲そのものの美しさに深く入り込んでいくような指揮をする人じゃないかと思う。

で、この曲のことだが。

聴き方ガイドっていうのが新日本フィルのHPであるので、曲の内容についてはそこを読んでいただくとして。実は若杉さんのコンサートのときに貰ったプログラム冊子が素晴らしく、これを読んでおけばまあ大体のことはわかったのさ。

私の1996年のときの感想で「阪神大震災とオウムとサリンとチェルノブイリとボスニア・ヘルツェゴビナが一緒になっちゃったような」曲とある。1996年の周辺は本当に歴史的に色んな事件があったんだよね。この曲は戦争ありいの、大地震ありいの、それに付随する飢饉、ニガヨモギありいの。

ニガヨモギ?

私が思うに、この曲のポイントの一つは歌詞に出てくる「ニガヨモギ」って植物だね。

聞け、第3の災いを!
炎に包まれた大きな星が、天から堕ちてきた。
その名を「ニガヨモギ」という。
その星は、泉と川の上に堕ちて、全ての水はニガヨモギの様に苦くなった。
その水を飲む者は、ニガヨモギの毒にあたって、皆死んでいった。

・・・という歌詞だが。みんなウィキペディアを調べればわかるぜ。あの1986年に原発事故のあった「チェルノブイリ」ってウクライナ語で(やや正確にではないにせよ)「ニガヨモギ」のことなんだって。これって凄くないですか? 原発事故で沢山の住民が毒に当たって亡くなったでしょう。この曲(つか、黙示録)は戦争や地震だけでなく原発事故までも表してたってわけ?

・・・

で。本日の出演者(歌手)について。

主役のヨハネを歌うヘルベルト・リッペルトは、遠い昔にサヴァリッシュに連れてこられて「魔笛」のタミーノを歌ったのを見聴きした。その時は本当にまだ「若手」だったんだけどもうすっかりベテランになってて驚いた。しかし、プログラム冊子によると、この人 シュトルツィングやらローエングリンやらヘルデンな役も歌うらしい。ホント、ヨーロッパでもヘルデンテナーは不足してんだな。しかしそれって私の中では(例えば)ヴンダーリッヒがジークフリートとか歌うくらい違和感を感じる。そのくらい・・・純粋でリリックな美しい歌声を堪能させて頂きました。

ベテランのクルト・リドルはもうナマで聴くのもう何回目なんだろう。さすがの貫禄である。しかし年齢とともにヴィブラートが激しくなってきたような。ヨーロッパで昔聴いた頃はこんなじゃなかったぜえええ。

期待していた増田のり子さんと吉田浩之さんも美声を聴かせていた。初めて聴く?加納さんてアルトの方のお声も良かった。まあ・・・オペラの舞台じゃないからそんなにすごく目立つものでもないけれど。

合唱団の方もいつもながら大変素晴らしかったでした。

で。

曲が終わってから暫く沈黙があり(ちょっと黙祷っぽい?)、指揮者が手を下してから拍手。宗教曲だから、すぐに拍手しちゃダメな感じがしてそうしたんだろうけど・・・実際は曲の終わりがわかんない人が多かったんかもなあと思いました。拍手は盛大でした。

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2009年7月 1日 (水曜日)

ちょっと昔のレビュー(4)*1996年・若杉弘・七つの封印の書*

ちょっと昔のシリーズ、年代順に掲載しようと思ったけど、この曲の演奏会が近いので是非とも先に書いておきたい。順番が前後しちゃって申し訳ない。

過去記事:ミトロプーロス・七つの封印の書

ウェルザー=メスト/七つの封印の書

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1996年3月10日
フランツ・シュミット:オラトリオ「七つの封印の書」
田中誠(テノール)、大島幾雄(バリトン)、大島洋子(ソプラノ)、寺谷千枝子(メゾ・ソプラノ)、福井敬(テノール)、青戸知(バリトン)
若杉弘指揮/JOA東京オーケストラ、晋友会合唱団
(サントリーホール)

私がこの曲に出会ったのは、六本木のWAVEでミトロプーロスのCDを見つけて購入したときだった。クラシックファンももう何年ともなると聴くものがだんだん無くなってきて、何か気になるものがあるとつい買って聴いてみたくなる。ミトロプーロスのちょっとしたファン(大ファンでもない)の私は、彼の指揮姿のジャケットと、「ふらんつ・しゅみっと」なる聞いたことあるようなないような作曲家が妙に気になって、購入してみたのである。そしてウィーン・フィルと錚々たる歌手が共演していたのも気になった。

聴いてみると宗教曲だった。輸入盤だったので対訳もなく、もっとひどいことにドイツ語の歌詞しか解説書にはなくて、ドイツ語は旅行会話くらいしかわからない私には、聖書の言葉などわかるはずもなかった。でも不思議と感動した。ちょっと前にザルツブルグとウィーンに行った私は、その時の不思議な体験・・・名も知らぬ教会に迷い込んで訳もわからず感動したことなど・・・を思い出した。なんというか(キリスト教でもないのに)敬虔な気持ちになった。

そんなこんなで訳もわからずこの曲に親しんでいたちょうどその頃、「音楽の友」を本屋で立ち読みしていると、若杉弘さんがこの曲をコンサートで取り上げるとの記事が。なんとなく日頃「若杉さんのやりたい曲って私の好きな曲と被るな」と思っていた私は本屋で声を上げそうになるほどびっくりした。そしてすぐに券を入手した。

そして待ちに待った演奏会がやってきた。こんな誰も知らんような曲、きっと場内ガラガラだろう、と思ったのは大間違いで超満員だった。当日券は長蛇の列、補助席まで出ていた。そして私の周りにはフランツ・シュミットのファンが少なからずいた感じ。

演奏は素晴らしかった。この感動をどう文章にしたらいいのかしら。オーストリア旅行で受けた敬虔な感動が蘇った感じ。解説書によると、この曲はオーストリア人なら聴いたことがない人はいないほど親しまれているのだそうである。それはどうしてか?というと、この曲の最後の「ハレルヤ」の部分は普通に教会のミサで歌われているものなのだそうである。それこそあのペーター教会やカールス教会なんかで。

オケは(アマチュアオケだった)細部に荒さがあったし、弦なんかは今までウィーン・フィルで聴いていた私にとってはちと辛いものがあったけれど、合唱団はあの晋友会で熱演を繰り広げていた。すごい、本当にアマチュア合唱団なのか?

歌手も意外なくらい良かった。女声の人などミトロプーロスのCDよりも良かったかも。男性の歌手も美しい声だった。オルガンもこの曲にとって重要な役割をしているが、信じられないほども効果をあげていた。天変地異を表すのにぴったりだ。

実演の迫力と前から5番目という良い席だったのも手伝って、私はめちゃくちゃになるくらい感動した。涙は必死でこらえたけれど周りに誰もいなかったらひっくり返って泣いていたと思う。曲の内容もものすごかった。阪神大震災とオウムとサリンとチェルノブイリとボスニア・ヘルツェゴビナが一緒になっちゃったような。大変だ!感動的すぎるよ!もうだめ、勘弁してって感じ。人間の声って偉大だわ。

若杉さんはあいかわらずかっこよかった。少しテンポは早めだったような。

それにしても詩の内容がわかっただけでこんなに感動するなんて。今まで聴いていたのは何だったのか。言葉って偉大だ。

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<後注>
こんなに感動しまくっていたのかと、文章を読み返して今さらながらびっくりいたしました。最近、この曲ははホルスト・シュタイン盤をよく聴いております。

新日本フィルの演奏も期待しておりますが、正直言って何事にも感激しやすかった当時と現在では感じ方は違うだろうなあ・・・。

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2009年3月 8日 (日曜日)

東京楽友協会響・第86回定期演奏会/「人魚姫」


ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲
R・シュトラウス:4つの最後の歌
ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」

松尾香世子(ソプラノ)、松岡究指揮/東京楽友協会交響楽団

(すみだトリフォニー・ホール)

過去記事:ツェムリンスキーの「人魚姫」

「人魚姫」再び

ここの常連コメンテイターの白夜さんの情報により(いつも有難うございます)、この演奏会に行くことに。前もってネットで券を予約しておいたのでタダ。まあ、アマチュアのオケは大体チラシを持っていったりするとタダなのだが。

ただ、あまりアマオケさんは情報が入らないので気をつけてないとな。私のストライクゾーンのコンサートがあるときはご遠慮なくコメントを下さるよう、アマオケの方。ここはまあまあ宣伝になるしね。都内か川崎か横浜なら都合がつけば行きますので(曲目にもよるけど)。

しかし、今日はホールに入るのが一歩出遅れてしまい。なんか一階席はほとんど埋まってたんで2階席に。オケ的にはよかったかな。いいホールなので後ろのほうがいい(かな?)。

さて、今日のコンサートの曲目はド・ストライクゾーンだったので楽しみにしていたのですが、まずはタンホイザー序曲。最初からまあ早いテンポだわと思ったけれども、おそらくオケが走ってた?気がし。途中から普通かなと思ったが。

(このオケのホルンのベルアップはデフォ?)

2曲目。シュトラウス最後の作品(ってことだがそうでもないのか)の4つの最後の歌。初演はチョー豪華でフルヴェンとキルステン。

今日の独唱はイリスこと松尾香世子さん。実は初めて聴くのだが(ブログでよくお顔は拝見)、席が遠くてあまり声が届かず・・・残念だった。白い綺麗な長いドレス、お顔はあまり見えず(残念残念)、あ~。
演奏は3曲目(初演では1曲目)「眠りにつくとき」(一番好き)は声は届いてたしとても美しい歌唱でした。うー、この曲って人生の終わりを感じる・・・。

きゅうけい。

今日のメインは人魚姫。
実は・・・(話は全然違う)、昨日ヒマだったので 「あなたの涙腺を刺激するものは?」というスレッドを見ていて、みんなが挙げる場面をいちいち思い出してうるうるしていたのだ。まあ、結構予想できるものが書かれていたのだが(「ほたるの墓」とか「フランダースの犬」とか「のびたのおばあちゃん」とか)、意外や「千と千尋の神隠し」の『ハクが千尋におにぎりわたすとこ』っていう人がいらして、私も何故かあそこでいつも千尋と一緒に泣くので「同じ人いてよかった~」と思いました。私、変なのかな?と思ってたので。

で、私の(理由はわからないが)「涙腺を刺激するもの」は何かな~と考えたら、オッフェンバックの「ホフマン物語」の中のアントニアがミラクル博士にそそのかされて歌わせられるシーン。何でだかアレは私の涙腺にくる。感動とかそういうんじゃないんだが何でなんだろう。ウィーンで舞台見たときもヤバかった。他にそういう人いますか?

http://www.youtube.com/watch?v=nscOwiClFzk&feature=related

・・・そんな影響もありすっかり涙腺ゆるくなってしまったために(そもそもそんなにゆるくないのだが)、今日は玄関で貰った解説書の人魚姫の筋書きを読んだだけでダメ。そもそも原作の「人魚姫」がダメ(「マッチ売りの少女」もダメだ)。アレは可哀そうだなほんとに。

で、演奏が素晴らしいとかどうのというより(いや、素晴らしかったですよ)この曲ホントに凄く良くないですか?(←熱弁) もう大好きよ。演奏してくれてありがとう。タダで聴けて申し訳ないくらいだ。演奏中ずっとうるうるしてたけど、最後の人魚姫が海に飛び込んで天に召されるとこなんか最高にヤバかった・・・(が、周りは「なんか券もろたから見に来ただけや~」という雰囲気バリバリで泣くと恥ずかしいので懸命にこらえてた)。

なんでこの曲もっと演奏されないのかしら~。この曲でアニメ化してもらいたいくらいよ。宮崎さんはもうポニョで人魚はやっちまったからダメだな~。ディズ○ーもハッピーエンドにしちゃったし・・・。うーん。

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2008年12月14日 (日曜日)

マゼール/抒情交響曲


ツェムリンスキー:抒情交響曲
ユリア・ヴァラディ(sop)、ディ-トリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
ロリン・マゼール指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(1981年3月 ベルリン)

過去記事:シャイー/抒情交響曲

抒情交響曲(シノポリ)

グレゴルの抒情交響曲は意外と。



(疲れのため、いつにも増して文章がめちゃくちゃなことをお詫びします)

毎日の残業と忘年会の連チャンで死にそうである。ぐったりです。音楽聴くの久しぶり。そうそう、真央ちゃん優勝おめでとうであります。

で。今日は真央ちゃんには何の関係もないツェムリンスキー。(交響詩「人魚姫」はいつ試合に使ってくれるのか?) こないだ買ったまま放置のマゼール盤である。

考えてみるとこの曲が日本のコンサートで取り上げられることは意外と?あまりない気が。私に入るコンサート情報が少ないからかな? 

私がこの曲を生で聴いたのってたった一回である。N響で釜洞さんが独唱だったってこと以外あまり覚えてない。指揮者も忘れた。もっと有名なマーラーの「大地の歌」も意外とコンサートではやらないような気はするけど・・・。やはり独唱者が必要な交響曲は、あまり一般的ではないのだろうか。

ツェムリンスキーについては、ここのブログでは大人気ではあると思うけど、一般的には「アルマに振られた男」とか「ベルクやそこらへんのお友達」とか「シェーンベルクのヨメの兄」ということでしか名前が知られてない気がするんだが。気のせいか?

・・・で、このCD。永らく廃盤になってたというこのマゼール盤だが、このたび 塔で千円という安価で発売されました。

このCDの売りは何と言ってもベルリン・フィルが演奏しているってことである。そしてドイツの島田夫妻ことD・F=Dとヴァラディが歌ってるってことだ。

私は今ではすっかりF=Dが好きになっているけれど、そもそもF=Dが苦手であった。頭脳的というか、確かに考え抜かれていてうまいんだけど、どうも親しめなかった。このCDでは、私自身が彼の歌唱に慣れたせいか毛嫌いするほどの違和感はない。人間、慣れって大事だ。この曲にぴったり合っているかどうかは・・・疑問だけれども。

ヴァラディは好きな歌手の一人だから全然オッケー。なんでか重量のあるドラマティック・ソプラノの歌手の録音が多いこの曲の中で、可憐な雰囲気があっている。つか、本来は叙情なのだからこっちじゃねえの。(すいません、シェーファーは未聴なので。)

しかし。しかしだ。

なんだか落ち着かない。マゼールは落ち着かない。「マゼールだから」という先入観が私をぐるぐる縛っているのか。

最初からシュトラウスの交響詩か?と思うくらい、圧倒的演奏である。あれー、これではウィーンの情緒はぶっとんでしまわないか。キュートなはずの第2楽章もなんでこんなに強烈なの?ツェムリンスキーの官能性とか(このブログでイヤというほど語ってきたエロさ)がどっか行っちまってる。ベルリン・フィルだからっつーことでもなさそうなんだが。これがウィーン・フィルだったら・・・とかそういう問題でもない気がする。

例えば第5楽章は「もうキスはたくさんだ!」なんて歌詞なのに、F=Dの歌唱とあいまってなんだかものすごい威圧的な音楽になっている。なんかF=Dに怒られてるみたいよ。さんざ尽くしまくってやったのに、突然意味もわからず客に怒鳴られてるデ○ヘル嬢のよう。なによもうあたしだってたくさんよ。

ということで、この演奏はこの曲からツェムリンスキーの官能性とかウィーンの情緒とかを求める人には少々方向性が違うかもしんない。しかし人それぞれ思うことは違うのでこういうのがいい人もいるんだろう。ベルリン・フィルの演奏はやっぱり格調高く素晴らしいです。

まあ、曲かを知るにはいいかも。録音もいいし。それに対訳つきでありがたい。しかし対訳の日本語の文字があまりに小さい(ねこに集る蚤くらいの大きさ)。お年寄りはぜひ虫眼鏡を用意されるようお知らせしておきます。

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2008年10月 5日 (日曜日)

トヨタコミュニティコンサート/グレの歌

Pa0_0323_2 トヨタコミュニティコンサートin東京
シェーンベルク:「グレの歌」
水口聡(ワルデマール王)、佐藤ひさら(トーヴェ)、向野由美子(山鳩)、東原貞彦(農夫・語り手)、小山陽二郎(道化師クラウス)
堤俊作指揮/俊友会管弦楽団・晋友会合唱団
(すみだトリフォニーホール)





はじめに言っとかなきゃなんない。

新しい会社でのストレス&ちょっと昨日遊びすぎて(カラオケで伊藤久男からミスチルまで日本歌謡史大熱唱)体も頭も本調子ではなかった。何と無く頭がぼーっとしていた。そんな状態の聴き手ですってことも踏まえて読んで。

トヨタコミュニティのコンサートは二度目。前は1996年の500回記念の時のフランツ・シュミットの「七つの封印の書」だったから12年も前である。でも、そのときは若杉さんの指揮ってこともあって、今も忘れられないくらいの感動を残した(・・・と思うんだけど、誰か聴いた方いませんか?)。

だから、今日もそのくらいの感動を残してくれるとは思ってた。大好きな「グレの歌」だったらなおさら。

まず、前のコンサートのときと同じように三枝成彰さんの解説から。まあ、どうでもいいがシェーンベルクはいつからドイツ人になったのだろう。あたしの頭の中ではバリバリのオーストリア人だったのになあ。

お話によると「この曲はとーーーーっても難しいです。世界的にもアマチュアのオケと合唱団が演奏することは初めてではないでしょうか・・・」とのこと。

たしかに、CDで聴くと音が固まって聞こえるのでオケがそんなにいろいろなことをしているようには思えないのだが、実演で聴くと本当に色々なことがあちこちで起こっているのに気がつく。第一ヴァイオリンの人たちもみんな弓の動きが色々なので「へー、そんなにパートが分かれてるんだ」と思う。(今まで唯一この曲の実演を聴いたのは、若杉さんのN響だった)

ということで、シェーンベルクはこんな大きな編成を用いながら、まるで絹織物のような精妙な響きを作りだしているのである・・・ってことで難しいのか?

で、今日の演奏。(以下、思いつきでグダグダなので、「演奏評」とは考えないで「しろうとのバカな感想」くらいに思って読んで。)

ここ2年くらい、飯守泰次郎さんの指揮によるワーグナーの演奏を聴きたいがためにアマオケのコンサートにも行ったりしてる。で、アマオケだからってすごく劣ってるってことはないってことを知った。だから、今日も普通のオケと同じように聴いていた(つもり)。

私はあまりオケのことは詳しくないし、そんなに聞く耳は持ってない。でも、今日の俊友会さんはすごく優秀なオケだということはわかった。なぜかというと、難解で複雑で混沌としがちなこの曲を、ほぼ行方不明になることなく最後まで演奏したから。あの難しい(プロでもすっとばす演奏を聴いたことがある)道化のクラウスの所のTpのソロもちゃんと吹いてらした。

だから・・・といって。演奏会が終わって「あああ!!!!この素晴らしい演奏をありがとう!!!!みんな愛してるわ!!!!」と舞台に駆け寄るような気持ちにはならなかった。

最後の合唱の盛り上がりは素晴らしかった(合唱が晋友会さんだってこともあって)。でも、自分が愛してやまない第1部のワルデマール王とトーヴェの愛の場面は、私の期待しているような演奏ではなかった。

なんだか「1、2、1、2、」とただ規則正しい演奏のような気がした。ここは「トリスタン」ばりに官能的な演奏でなきゃ、なんか気が済まないのよ、私は。これは指揮者さんがそういう考えなのかなあ。実力的にそれがせいいっぱいのオケとは絶対思えなかった。まあいろんな考え方も演奏もあるしねえ。私が好みでない演奏だったってだけなのかしらん。

「グレの歌」も「トリスタン」も、例えはヘンだが日曜にベッドでゴロゴロしてて「あー、もう明日の仕事なんかどーでもいい」とか思うくらいの演奏じゃないと。今日の演奏は(他に仕事持ってる人が多かったとかそんなことは関係ないと思うが)どうも明日の仕事のことを思い出してしまう感じ。

・・・とここまで書いてはみたものの、そう滅多に聴けることはない「グレの歌」をナマで聴けて良かったという気持ちは変わらないから。

あ、独唱者の方。前に飯守さん指揮の「マイスタージンガー」でワルター歌ってた水口さんは、そのときは「イタオペの声じゃん」とか思ったのですが、今日は重い声が曲に合ってたと思いました・・・が、あまりにオケが巨大で強奏のときは気の毒です。佐藤ひさらさんに至っては私の席からステージの反対側にいらっしゃったのであまり聞こえず。良いお声であったのに。残念。山鳩さんの向野さんはよい歌唱だったでした。

私の席が前から6~7番目だか?だったのでちょっと前すぎ。2階席の横からとかだったら珍しい楽器もよく見えただろうになあと残念。当日券にすればよかったかもなあ。

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2008年8月26日 (火曜日)

すみトリでグレの歌

爆音!クラシック突撃隊♪休憩室 さんのblogを見させて頂いたら、どうも俊友会管弦楽団さんが10月に「グレの歌」をすみトリでやるらしいので、早速券をゲッチュしてきたす。

トヨタコミュニティーコンサート
シェ-ンベルク作曲
「グレの歌」 ~字幕付き~
2008年10月5日(日)
開場15:30  開演16:00 (19:00終演予定)
すみだトリフォニーホール(大ホール)

指揮:堤俊作
俊友会管弦楽団
合唱指揮:清水敬一
合唱:晋友会合唱団
解説・音楽監督:三枝成彰

ソリスト
水口聡 (ヴァルデマール王)
佐藤ひさら (トーヴェ)
向野由美子 (山鳩)
東原貞彦 (農夫・語り手)
小山陽二郎 (道化のクラウス)

全席指定:3,000円

今日ぴあで買ったらまだかなりいいところでした。どこの席も3000円だから(昔からそうだと思った)早めに取ったほうが、ええで~。すみトリ大好きだし、合唱団が晋友会さんだからかなり期待してしまう。別に、知り合いもいないし何の広告料も貰ってないけど何故か宣伝してしまった。私っていい人heart01

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2008年3月27日 (木曜日)

シャイー/抒情交響曲


ツェムリンスキー:抒情交響曲
アレクサンドラ・マルク(sop)、ホーカン・ハーゲゴード(Br)
リッカルド・シャイー指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


春ですなあ。

なんかこう、ちょっと春めいてまいりまして・・・誰が? いや何、会社がですね、昨日書いたようなことになってまして。いや、他にも色々ここには書けないことがあるんですけどね。人事総務課って、まあ、手続きとか計算とかめんどーくさいことも多いんですが、・・・たまーに他人の秘密に立ち入ることがある大変面白い仕事です。みんな色々あるんだよね~。

♪いいな、いいな、にんげんっていいな。
何でこう、みんな己の本能の赴くままに生きられるのでしょうかね。なんかこう、秘められたものってすごいですね。

うらやましい。どうもなかなかそういうふうにはなれないので(悲)。

突然ですが。

クラシック音楽におけるエロス!その最高峰は、やはりワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」だと一般的に言われてるんですが。

私は実演で「いやこれはエロイでっせ~~~」という演奏にであったことはないし(去年のバレちゃんのだってそうだ)、実はCDでも全くそんな気分にはならん。音楽的には最高に愛してるけどな。

なんせ長いのだ、やっぱり。ノーカットでやるにはアレは長すぎないか。そして理屈っぽくないか。あくまでワーグナーはワーグナーとして、「トリスタンはこうしたもの」みたいな気持ちでいつも聴いている。そしてトリスタンとイゾルデの二重唱はわたくし的にはあいつらがお互いの気持ちを激しく語り合ってるだけで、実際のところこの曲があくまで音楽的にはエロイと思うのはあいつらの歌ってるとこじゃなくてブランゲーネの「注意してくださーい。夜が明けますよー」と歌うトコだと思う。ふふっ。何故だと思う?

(何のブログだ。)

それでもって。やっぱりそういったエロスとか爛熟というかそんな気分を引き起こすのは世紀末ウィーンの作曲家ではないか。シェーンベルクやベルク、そしてツェムリンスキーではないか。そんな気がするのである。

ツェムリンスキーのこの「抒情交響曲」は再三このブログで取り上げてきた。こーゆー分野(どーゆー分野だ)ではナンバーワンだ、私にとっては。中でもこのシャイー盤はジャケットのエロさは素晴らしい。裸の女性が横たわっている。おお。

この曲の主題は、愛し合う大人の男女の別れのあとの深い余韻だと思う。
恨みっこなしで別れましょうね。こうなったのも、お互いのせい。
こんな心地よい余韻に浸りつつ、最後にバリトンはこんなふうに歌う。

穏やかに、わが心よ。別れの時を甘美にしよう。

それを死としないで 成就としよう。

愛を思い出のなかに、傷心は歌のなかに溶かしてしまおう。

お前の手の最後の感触は、夜の花のようにしとやかであっておくれ。

じっとしておくれ、じっとしておくれ、ほんの暫くのあいだ、ああ何と素晴らしい終局、そして沈黙をお前の最後のことばとしておくれ。

私はお前に別れのあいさつをし、お前の行く道を照らすために灯を高くかかげよう。


どうだ。やはり男女の仲というのはこういった感じに終わるものが一番ではないか。殴り合い・流血のケンカとかそういうのはなるべくなしにしたい。お互いをいたわりあいながら別れるのが一番である。夕べの君は素晴らしかった・・・とお互いを讃えあいながら・・・。

・・・などと、今日は単なる妄想でまとめてみました(恥)。



で。

本日紹介のシャイー盤はちょっとクールに大人の道ならぬ恋を表現。バーバラ・ボニーの元ダンナのハーゲゴードはシブイ大人の男性。うふ。(←何?)

過去記事:抒情交響曲(シノポリ)

グレゴルの抒情交響曲は意外と。

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