2008年3月27日 (木曜日)

シャイー/抒情交響曲


ツェムリンスキー:抒情交響曲
アレクサンドラ・マルク(sop)、ホーカン・ハーゲゴード(Br)
リッカルド・シャイー指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団


春ですなあ。

なんかこう、ちょっと春めいてまいりまして・・・誰が? いや何、会社がですね、昨日書いたようなことになってまして。いや、他にも色々ここには書けないことがあるんですけどね。人事総務課って、まあ、手続きとか計算とかめんどーくさいことも多いんですが、・・・たまーに他人の秘密に立ち入ることがある大変面白い仕事です。みんな色々あるんだよね~。

♪いいな、いいな、にんげんっていいな。
何でこう、みんな己の本能の赴くままに生きられるのでしょうかね。なんかこう、秘められたものってすごいですね。

うらやましい。どうもなかなかそういうふうにはなれないので(悲)。

突然ですが。

クラシック音楽におけるエロス!その最高峰は、やはりワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」だと一般的に言われてるんですが。

私は実演で「いやこれはエロイでっせ~~~」という演奏にであったことはないし(去年のバレちゃんのだってそうだ)、実はCDでも全くそんな気分にはならん。音楽的には最高に愛してるけどな。

なんせ長いのだ、やっぱり。ノーカットでやるにはアレは長すぎないか。そして理屈っぽくないか。あくまでワーグナーはワーグナーとして、「トリスタンはこうしたもの」みたいな気持ちでいつも聴いている。そしてトリスタンとイゾルデの二重唱はわたくし的にはあいつらがお互いの気持ちを激しく語り合ってるだけで、実際のところこの曲があくまで音楽的にはエロイと思うのはあいつらの歌ってるとこじゃなくてブランゲーネの「注意してくださーい。夜が明けますよー」と歌うトコだと思う。ふふっ。何故だと思う?

(何のブログだ。)

それでもって。やっぱりそういったエロスとか爛熟というかそんな気分を引き起こすのは世紀末ウィーンの作曲家ではないか。シェーンベルクやベルク、そしてツェムリンスキーではないか。そんな気がするのである。

ツェムリンスキーのこの「抒情交響曲」は再三このブログで取り上げてきた。こーゆー分野(どーゆー分野だ)ではナンバーワンだ、私にとっては。中でもこのシャイー盤はジャケットのエロさは素晴らしい。裸の女性が横たわっている。おお。

この曲の主題は、愛し合う大人の男女の別れのあとの深い余韻だと思う。
恨みっこなしで別れましょうね。こうなったのも、お互いのせい。
こんな心地よい余韻に浸りつつ、最後にバリトンはこんなふうに歌う。

穏やかに、わが心よ。別れの時を甘美にしよう。

それを死としないで 成就としよう。

愛を思い出のなかに、傷心は歌のなかに溶かしてしまおう。

お前の手の最後の感触は、夜の花のようにしとやかであっておくれ。

じっとしておくれ、じっとしておくれ、ほんの暫くのあいだ、ああ何と素晴らしい終局、そして沈黙をお前の最後のことばとしておくれ。

私はお前に別れのあいさつをし、お前の行く道を照らすために灯を高くかかげよう。


どうだ。やはり男女の仲というのはこういった感じに終わるものが一番ではないか。殴り合い・流血のケンカとかそういうのはなるべくなしにしたい。お互いをいたわりあいながら別れるのが一番である。夕べの君は素晴らしかった・・・とお互いを讃えあいながら・・・。

・・・などと、今日は単なる妄想でまとめてみました(恥)。



で。

本日紹介のシャイー盤はちょっとクールに大人の道ならぬ恋を表現。バーバラ・ボニーの元ダンナのハーゲゴードはシブイ大人の男性。うふ。(←何?)

過去記事:抒情交響曲(シノポリ)

グレゴルの抒情交響曲は意外と。

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2008年3月12日 (水曜日)

ウェルザー=メスト/七つの封印の書



フランツ・シュミット:オラトリオ「七つの封印の書」
スティーク・アナセン(テノール/ヨハネ)、ルネ・パペ(バス/神の声)、クリスティアーネ・エルツェ(ソプラノ)、コルネリア・カリッシュ(アルト)
フランツ・ウェルザー=メスト指揮/バイエルン放送交響楽団・バイエルン放送合唱団


このごろ、なーんか「七つの封印の書」の検索で来る人多い。

過去記事:ミトロプーロス・七つの封印の書

いや、ウィキペディアのこの曲の記事にリンク貼ってるからってのもあるんだけど(貼ったの私ではありませんよ)、このじみーな曲についてなんでそんなにみんな興味があるの?

で、私は調べた。検索してみると、なかなか有益な情報を得ることができた。

来年の新日本フィルの予定がわかった。2009年よ、ふふ。なかなかのゴーカメンバーだよ。ナイショよ。 ←え

2009年7月10日(金)11日(土)
指揮:クリスティアン・アルミンク
ソプラノ:増田のり子
テノール:ヘルベルト・リッペルト
バス:クルト・リドル
合唱:栗友会合唱団
シュミット作曲 オラトリオ「七つの封印の書」

えへへ、すごいでしょう?(もうとっくに知ってたって方はゴメンなさい)
リッペルトとリドルも素敵なメンバーだけど、ソプラノはなんとあの増田のり子さんですと。誰?なんて言ってる人はいないよね?こないだの飯守ワルキューレで見事なジークリンデを歌った人ですよ~。でも、来年の話。うーん、待ち遠しいね。

この曲はね、やっぱり合唱が命だから。栗友会さんが歌ってくれるのでホント素晴らしいと思います。私が前に実演で聴いた若杉さん指揮のときは、晋友会さんだったからこれも涙ちょちょぎれもののウマさだったです。

その他、素敵そうなもの。
2008年9月25日、27日
アルミンク指揮 シュトラウス「薔薇の騎士」
ナンシー・グスタフソン(元師夫人)、藤村実穂子(オクタヴィアン)、森麻季(ゾフィー)、ビニャーニ・トール・クリスティンソン(オックス男爵)、ユルゲン・リン(ファーニナル)


※ミポリンのオクタヴィアンなんて夢かマコトか?モリマキも期待しちゃうぞ。

2008年11月2日、3日
アルミンク指揮 イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
クルターク「石碑」ベルク・ヴァイオリン協奏曲、武満徹「黒い雨」より、マーラー交響曲第10番アダージョ


※ふつふつと暗くなりそうなこのプログラムは誰の趣味だ。

2009年2月6日・7日
ブリュッヘン指揮
マリン・ハルテリウス(ソプラノ)、ジョン・マーク・エインズリー(テノール)、ディヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(バス)栗友会合唱団
ハイドン「天地創造」


※曲はアレだがこのゴーカな独唱陣は惹かれる。ハルテリウス(あの、チューリヒでのゾフィー)、エインズリー・・・いいなあ。

2009年6月16日
アルミンク指揮 歌手:調整中
アルマ・マーラー:歌曲「夜の歌」
マーラー 交響曲第9番


※誰が歌うんだか知らんが、アルマの歌曲は素敵だ。


他にも色々とあるんだけど、書くのめんどーくさいのでこのへんで。

で、今日のテーマ、「七つの封印の書」だった。私はこの曲はミトプー盤とこのW=メスト盤とあともう一組(ウィーン交響楽団のだったけど、指揮者忘れた)持ってる。この曲は滅多に聴くことはないけど、結構好きだ。

W=メスト盤はミトプー盤に比べて録音が新しいのがウリだ(当たり前だ)。独唱者は、神の域に達しているミトプー盤の歌手らに比べれば劣るが、そんなに悪くはないです。

アルミンク「ローエングリン」で風邪ぶっこいたアナセンはまあまあ。聞き惚れるほどでもない。私にとって永遠のフンディング(?)ルネ・パペはここでも素晴らしい美声を聴かせている。また、私の密かに好きなソプラノ、クリスティアーネ・エルツェが清澄な声を聴かせていて感銘深い。W=メストの派手さはないが誠実な指揮もヨイ(・・・というしかこの曲は言いようがないんだけど)。

で。もし来年アルミンクが指揮するのなら、そしてこの陣容なら、きっと名演であろう。アルミンクにとってはお国ものであるし、きっと近しい存在の曲に違いない。来年何しているかわかんないけど。

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2007年12月18日 (火曜日)

ブーレーズ/シェーンベルク「地には平和」

P1000867シェーンベルク:無伴奏混声合唱のための「地には平和」作品13
ピエール・ブーレーズ指揮/BBCシンガース








うー。
まだ終わんねえの?クリスマス。もう10回くらいクリスマスした気分だ。もー、いらん。

で、さて。今日はそんな苦情?にもめげず、ちょっとクリスマスっぽい・・・かな。

先日の若杉さんの新ウィーン楽派のコンサートに行ってから、「やっぱりいいよね、新ウィーン楽派は。」などと思いながら連日聴いている。結構、昔ブーレーズにはまってたから、このデザインのジャケットのは懐かしい。

今日も、昨日の続いてブーレーズ。合唱音楽ばっかり集めた2枚組なんだけど、12作品くらい入ってて私が聴くのはだいたい最初の「地には平和」と最後の「ワルソーの生き残り」である。  それってどうなの

この最初と最後の2曲の根っこは同じ(平和を心から願うという意味で)ながら、曲の感じは正反対だ。荒々しい、ちょっと聴くとなかなか立ち直れない「ワルソーの生き残り」のほうは結構有名なので今日はおいといて、今日はシェーンベルクの作品の中でもかなり上位にランクされるほど私の大好きな合唱曲「地には平和」を。

いや、ほんと、いいからこれ。画学生時代の(ワーグナー・ヲタの)担任の先生に強くすすめて買わせたくらいなのだ。

9分ほどの短い曲で、伴奏なしのアカペラで歌われる。終始静かで聴けば心がどんどん豊かになっていくような、感銘深い曲である。
一応、調性はあるような、ないような・・・。

解説によれば、シェーンベルクはこの曲を当時の合唱団のレベルをかえりみずにこさえてしまったために、実際に合唱によって歌われるまで、この曲は歌唱が不可能だということに気づかなかったようである。

あまりに難しくて「こんなの歌えねーよ」という苦情にお応えし、室内オケの伴奏版というのをシェーンベルクは作った。
実際私は伴奏つきなのは聴いたことないけど、想像するにせっかくのこのアカペラのピュアな感じがなくなって普通の曲になってしまったのではないだろうか・・・。

初演はシュレーカーの指揮でウィーン・フィルハーモニー合唱団で行われた・・・が作曲者には決して満足のいくものではなかったという。

が。
このブーレーズの指揮による録音は、やはりBBCシンガーズだけあってさすがというべきか、スタジオ録音だし完璧である。聴いていてあまりに気分がよいので、そしてすぐに終わってしまうので、このCDを取り出すと10回くらい?ついつい聴いてしまう。

私の持っているのは国内盤で(ありがたいことに)対訳つきである。今となっては宝というか。輸入盤でなら買えるみたいだから、ぜひおすすめします。私、これ一曲でもういいやって感じ(いや、他の曲もとってもいいですよ!)。


詩を読めば、この曲の雰囲気がつかめるかもしれない。

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地には平和
(コンラート・フェルディナント・マイヤー原詩)

羊飼いたちが羊の群れを置き去りにして
天使が告げたことばを胸にいだき
聖なる母と聖なる子のおわすところへ
低く狭き門をくぐりおもむくと
星空のなか天上の童たちはこぞって
歌をうたいつづけているところで、
天空はあますところなく鳴り響いていた、
「地には平和、地には安らぎが!」

天使たちがそのように助言したのちにも、
おお、いくたびも血の惨劇が争いにより、
武具に身を固めた争いにより、むごたらしく
野生の馬たちのうえにもふりかかったことか。
聖なる夜、いくたびとわず夜ごと。
精霊たちは声をそろえ、ときに恐れためらい。
ときに嘆願し、ときに訴え、合唱しつづけた。
「地には平和、地には安らぎが!」

だが、弱きものかならずしも
殺戮の厚顔無恥なふるまいの
餌食になるとは限らない、

これぞ世にありて永遠に変らざる信仰。
殺戮にも惨劇にも正義とおぼしきこと、
かならずただよい働くはず、さあれば
あらたな王国も建設されることだろう、
「地には平和、地には安らぎが!」

望ましき王国はしだいに形なし、
聖なる務めもとどこおりなく、
武器をこしらえても危険なく、
正義を守る炎の剣だけになるであろう。
ついにはこの王国につどう一族は
強健な子息たちに恵まれ栄え、
一族の吹き鳴らす喇叭が告げるだろう、
「地には平和、地には安らぎが!」

(訳:深田 甫)


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2007年12月11日 (火曜日)

若杉さんの新ウィーン楽派コンサート

Anton_webern 第745回サントリー定期シリーズ
マーラー:交響的楽章「花の章」
ベルク:七つの初期の歌
ウェーベルン:交響的牧歌「夏風の中で」
シェーンベルク:交響詩「ペレアスとメリザンド」
若杉弘指揮/東京フィルハーモニー交響楽団
林美智子(メゾ・ソプラノ)
(サントリーホール)


急遽、思い立って当日券で鑑賞。
いや、ほんとに今年は恐ろしい位仕事がスムーズで。賞与計算があっというまに終わって今日は定時。絶対ムリだと思って券取ってなかったけど、聴けてほんとにハッピー。

こんな魅惑的な曲目のコンサート、聞き逃す手はナイでしょ。あたしの大好きなウィーンがここにある。いかにも若杉さんらしい選曲。

とはいうものの。

とっても恥ずかしい事実。実はこの曲目の中のマーラーとシェーンベルクのは全く初めて聴くものである。もしかしてベルクも初めてかも。

ええ~~~~~???

アンタ、シュレーカーやコルンゴルトのオペラはさんざ聴いておいて、これらは聴いてないのかい!!!



・・・と思われても仕方ない。

でも、ま、ある意味。
これらの曲の初めてが、ここらへんの曲の日本の第一人者である若杉さんの指揮で、ナマで、サントリーホールで聴けるなんて、幸福な出会いでないこと?

ないこと?

いや、本当に幸福な出会いではあった。なかなかこんなコンサートは何度もあるとは思えない。

まったく絶妙な選曲。マーラーとウェーベルンはどちらかといえば朝とか昼間の春・夏の明るい爽やかな雰囲気。そしてベルクとシェーンベルクは深い夜のオトナな雰囲気。それが交互に選曲されている。

まず、「花の章」。ご存知のとおり、交響曲第1番の第1楽章と第2楽章の間に入るように書かれた小品である。とっても可愛らしい、初期のマーラーらしい曲。

ベルクは、色々と雑多にCDを集めていて歌曲も何枚か持ってたので、もしかしたら持ってたのかもしれない。初期に書かれた歌曲を、後年(ヴォツェックも書き終わってかなり作曲家としても円熟してきた頃)ピアノ伴奏をオーケストラに編曲したものである。・・・ということで、編曲は本当にベルクらしく魅惑的である。マーラーの曲(勿論大オーケストラである)からかなり楽員さんの数が減り、室内オケみたいになってしまった中で紡ぎ出されるベルクの音楽のなんと美しいこと。漆黒の闇の中で繰り広げられているような音楽である。

ウィーンらしい。

独唱の林美智子さんは、多分どこかで舞台を見ていると思うんだが(忘れた)とっても清楚な感じの美しい女性である。また、たまにオペラ歌手が「ほこりにまみれたフランス人形」みたいな衣装で現れて閉口することもあるんだけど(誰とは言わないけど)、今日の彼女の衣装はとってもセンスがよくて(白地に黒で花が描かれてあるたっぷりとしたドレス)、まるでクリムトのオリエンタルな絵画から飛び出てきたような感じ。オクタヴィアンとかケルビーノとか得意だそうだが、合ってるな~。歌も清楚な感じでよかったです。

そして、大好きな「夏風の中で」。
以前レビューを書いたブーレーズ盤は輸入盤であったので、解説は読んでなかったが、この曲のもとになったブルーノ・ヴィレの詩「夏風の中で」のドイツ語詩と日本語訳がコンサート・プログラム本に載ってたのはすげえなと思った(しかも長いし)。別に歌手が歌ってるわけじゃないのによ。

ウェーベルンはこの曲が演奏されたのを自分では生前聞いたことなかったらしい。、初演は1962年。へええ。爽やかな初夏の風のような、名演。

・・・と、それよりも文句一つ。

常々思う。他のオケのコンサートと比べてコンサート前のご注意が異様に多い東フィル。(今日なんか補聴器の調整もしろなんて言ってたぜ)

東フィルで以前、(私は行かなかったが)マーラー6番の演奏始まってすぐ携帯の着信音が鳴ったという事件から、ずいぶん注意が厳しくなったようだが。(東フィルの友人は「その日はやる気なくした」とほざいてた)

コンサート中に携帯の着信音が鳴ったのは私が行ったコンサートでは今日が初めてだと思う。オケの後ろの席から「ピロピロピロ」と5回ほど鳴った。

腹立たしい。


休憩のあと。メインの曲「ペレアスとメリザンド」。
おお、初めてである、この曲。本日デビュー。41分もあるんだって、へええ、長いんだね。

印象としては。
「浄夜」と「グレの歌」を足して声楽抜いたみたいな感じ。

で、長い曲で色々強弱の変化や曲の盛り上がりはあるものの、「浄夜」もそうなんだけど、全体的にずっと同じであくまで官能的な夜の印象。退屈なのではなく、ずっと同じところに向かっているという、いい意味での。41分もずっと同じな感じ。

そのことは、シェーンベルクの絵画を思い出す。

彼の絵は(本物を何枚も見たことがある、ウィーンや日本で)、中心となる対象物とバックの風景がまったく同じ風に書かれているためにとても平坦な感じがするのである。(ま、デッサンも狂ってるし一言でいえばヘタクソなんだけど、作曲と違って)

後年の(無調になってからの)曲は正直よくわかんないのだが、初期のまだ聴きやすい曲は何か同じ印象がある。(若杉さんの指揮はそれをかなり補っているようだが)・・・そこがシェーンベルクの好きなとこでもあるんだけども。

初めて聴いたので、そんな感じの印象ですが、あっているのでしょうか。

とにかく、今日の演奏会はとてもよかったです。ウィーンにまた行きたくなっちゃった。ベルベデーレとか行きてェ~。クリムト見てェ~。



Pa0_0192 土曜日とは別角度で。シネシネシネ。













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2007年11月22日 (木曜日)

ブーレーズ・コンダクツ・ウェーベルン

P1000850 ブーレーズ・コンダクツ・ウェーベルンⅡ
オーケストラのためのパッサカリア、弦楽四重奏のための《5つの断章》(弦楽オーケストラ版)、管弦楽のための《6つの小品》、「6声のリチェルカーレ」(バッハ~ウェーベルン編曲)、ドイツ舞曲(シューベルト~ウェーベルン編曲)、夏風の中で

ピエール・ブーレーズ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


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昨日は、友人と飲みに行きました(また!)。
非常にローカルなお店なもんで、全く紹介する気はなかったので、料理の写真も撮らなかったんだけど。(大好きなラーメン屋、じらい屋の近く)

本田飲食堂

ある意味、このblog「音源雑記帖」と似ている感じがする。この親しみにくい文字づらと異なり、入ってみると実に楽しいとこだとわかるが(←自分で言うな)、ここのお店も「名前変えたほうがいいんじゃね?」と思うほど外見と中身が違う。

店構えはこんな、そこら辺の一杯飲み屋みたいなのに。

A292100ps2_2 












以下のようなものを食べた。

・鶏レバーのペースト(パン付き)
・まぐろとほうれん草のサラダ
・牛ロースのステーキ 和風シャリアピンソース
・カルボナーラ
・焼きプリン
etc

全然、一杯飲み屋じゃなかった。高級な欧風ビストロ。ハンパなかった。マスターもこだわってるっぽい風貌(←何が)。
最初のレバー・ペーストから感激しっぱなし。焼いたフランスパンに塗って食べるんだけど、量もたっぷりパンもたくさんで、これで500円はないだろ(安すぎて文句)。写真なくてごめんなさい。

ステーキも美味しかったなあ。レアに焼いたステーキ肉を薄切りにしてタマネギのソースがかかっていて。肉の下に敷いてあるポテトも美味。ま、全部の料理が美味しかったけどね。

ワインを飲みつつ、あらなんてオシャレなのってな感じで。でも店構えはあくまで庶民的で親しみやすい。今度行ったら料理の写真撮ってくるから。

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で、まー。
今日はそれとは全く正反対に親しみにくいと思うウェーベルン。とはいうものの、このCDは比較的「わかりやすい」曲を集めている(ような気がする)。

長身でハンサムなベルクに比べ、いかにも神経質そうな風貌のウェーベルン。

Anton_webern




この写真はカッコイイかも。








ウェーベルンは、我が愛するベルクの親友であり、シェーンベルクの重要な生徒である、you know.

なのに、私はベルクのようにこの作曲家を熱狂的に愛せないし、シェーンベルクのように興味を持ったりはいままでできなかった(ずっとできてない)。だから、ウェーベルンの単独のCDは多分持ってるのこれだけ。ウェーベルン指揮のベルクのヴァイオリン協奏曲のCDはあるけどね。

まー、持ってるのこのCDで充分かなと。そもそもあまり作品数の多い作曲家ではない、ベルクと同様。

しかも、作曲家には珍しい、病気とかでない悲劇的な最期(戦後、娘の住むザルツブルグの家に避難中に、外で煙草を吸おうとしたら、娘婿の闇取引の合図と勘違いされて米兵に射殺された)だったために、これから色々な作品がもしかして作られたかもなあとも思う。ベルクよりはちょっと長く生きたけれど。

で。

ウェーベルンにはちょっとした思い出がある。最初のウィーン旅行のときに、ウィーンの有名な画家フンデルトヴァッサーの美術館に行く途中(どこかの大きな駅から地図を見て大胆にもてくてく歩いて行ったのである)、「ウェーベルンの生家(の、あった場所)」のちっぽけなプレートを偶然発見したのだ。その通りの通りはさんで向い側には、あのショルティのリングや千人の交響曲を録音したソフィエンザールがあったのである(たしか)。別にわざわざたずねていったわけでもないのに。ウィーンってこんなとこなの。

まあ、一緒に行った友人はクラヲタでもなんでもない普通の娘さんだったから、私のオドロキぶりに「何かよくわからないけど、この友人にはとても重要な建物なんだろう」と思ったと思う。

ま、そんなわけで、私にとってウィーンといえばヨハン・シュトラウスでもモーツァルトでもなくブラームスでもなく、ベルク&シェーンベルク&ウェーベルン(そしてあとはクリムトやシーレやココシュカなどの大好きな画家たち)の生まれた(または育った)街なのである。

さて、今日の本題、ウェーベルン。
ウェーベルンで好きな曲は「夏風の中で」である(だけ?)。このクソ寒いのに季節外れもはなはだしくて申し訳ない。

この曲は、ウェーベルンがシェーンベルクに作曲を習うようになる前の作品なもんで、作品番号はない。作品番号がつけられたのは、「パッサカリア」(作品1)からである。

「夏風の中で」はどっちかっつーとツェムリンスキーとかディーリアスに近いっぽい作風でとても聴きやすい。一生ずっとこんな作風だったら、あまり音楽史に名を残さなかったかもしれないが、幸か不幸か私はこっちらへんの作品のほうが好きである。

因みに、「夏風~」は12月11日にサントリー・ホールにて若杉さんの指揮で演奏されます。マーラー「花の章」やベルク、シェーンベルクの組み合わせで、いかにも若杉さんらしいプログラム・・・季節外れだが。(私は一年でおそらく一番忙しい時期なので、どうも行けそうにありませぬ。嗚呼悲し。)

←買うならこちら。

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2007年11月11日 (日曜日)

ツェムリンスキー/フィレンツェの悲劇



アレクサンダー・ツェムリンスキー: 歌劇 「フィレンツェの悲劇」
アルベルト・ドーメン(グイド・バルディ)、ハインツ・クルーゼ(シモーネ)、イリス・フェルミリオン(ビアンカ)
リッカルド・シャイー指揮/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

ここのblogでは(あくまでここだけで)大人気作曲家、ツェムリンスキーのオペラであります。
しかもついこないだ、関西フィルで飯守先生が演奏会形式で上演されたから、お聴きになった方も多くいらっしゃるだろう。

羨ましい。

各地ブログでは、素晴らしい演奏だったということが書いてあったので、東京に住みいつもオイシイ思いをしてはいるが、関西が羨ましいと思った、このときばかりは。

あ、そうそう、関西アリアドネ行くことにしたからネ。

このオペラ、題名どおりフィレンツェが舞台。ここらへんの時代のドイツ・オーストリア系の作曲家がフィレンツェやジェノヴァ(及び15~6世紀あたりの設定)といった古きイタリアを舞台に作曲された曲が何曲かある。

・コルンゴルト「ヴィオランタ」

・シュレーカー「烙印を押された人々」

・マックス・フォン・シリングス「モナ・リザ」

めったに上演はされないものの、いずれも聴き応え充分の隠れた名作であるから、CDをご購入(廃盤?)するなり、それが不可能にゃらば、それぞれの私の拙記事を参照していただくなりしていただきたく。

たぶん古きよき時代のフィレンツェ(などイタリア地方)が、20世紀前半のドイツ語圏の作曲家たちに大きなイマジネーションを与えていたのだなあ、と想像。どの曲も死とデカダンスのイメージに彩られ、だいたいは夫婦の不倫殺人の「火サス」な内容であることは注目に値する。

さて、本日のお題の「フィレンツェの悲劇」。CD1枚でも余るくらいの短い演奏時間ながら、(コルンゴルト「ヴィオランタ」同様)凝縮された音楽が素晴らしい。

このオペラは、オスカー・ワイルドの原作による。(ちなみにこの原作、プッチーニもオペラ化を構想してたらしいが、何故かナシになった)

<あらすじ>
16世紀のフィレンツェ。商品の売れ行きが悪くて旅先から自宅に戻った商人のシモーネは、妻のビアンカが見知らぬ男を迎え入れているのに驚く。その男はフィレンツェ大公の息子にして跡取りのグイド・バルディ。シモーネは「こいつぁ~怪しい」とわかりつつも、すっとぼけて彼を名誉ある客として、また将来の顧客として歓待するふりをする。

会話のうちに、シモーネの冗談はしだいに棘のあるものになったので、グイドは暇乞いをしようとすると、シモーネは冗談半分に決闘を申し込む。ビアンカは夫を殺すようにグイドに迫るが、彼女の意に反してグイドは武器を奪われ夫によって絞め殺されてしまう。ビアンカは目の前で生じた出来事に心を奪われ、畏敬の念に駆られて彼に近づいてくる。

「どうしてそんなに強いことを私に話してくれなかったの?」
それを受けて夫。
「どうしてそんなに美しいと私にいってくれなかったのだ!」
手を取り合う二人。幕。

・・・というふうに「こんなオチかよ!」と、さまぁ~ず三村風につっこみをいれたくなるオペラである。曲の短さに反比例して序曲は普通に4分くらいある。これがまた素晴らしい。ただ、この曲の初演された(1910年)直前にシュトラウスの「エレクトラ」が1909年に初演されているから、影響を受けてないはずはないと思うが、このはじめのほうの管弦楽がひどくエレクトラっぽい。優美さと凶暴さがないまぜになっている。
(ほとんどメロディ一緒かな~と思う部分が序曲にあり)

登場人物が3人、しかもほとんどが夫のシモーネ(バリトンだと思う・・・なぜかウチの国内盤解説書はテノールの記述が。)の歌うとこがほとんどなので、全体にツェムリンスキーの代表作「叙情交響曲」を思わせる。そして、ツェムリンスキー好きにはたまんねえ瞬間がたくさんある。

このCDは、わりと最近(去年だかおととしだか?)ありがたく国内盤で再発売されたため、お持ちの方も多いと思う。もってない人は手に入るうちに入手されることを強くオススメする。退廃音楽シリーズはすぐになくなっちゃうからさー。
ほかにコンロン盤があるけど未聴。

シャイーはツェムリンスキーを得意にしているようで(あの!大好きな「人魚姫」の名演を思えば)、海中を泳ぎ回る魚のように変幻自在の音楽をうっとりと聴かせる。この演奏しか聴いたことないんだけど、テンポとかツボを得ていると思う。

キャストは、まあタイハイシリーズの平均的なキャスト。男声はもうちょっと有名どこが欲しいかなとも(他のオペラでも)思うが、これは贅沢か。全然大丈夫です。フェルミリオンはあいかわらず知性的なうたいぶり。あまり歌うとこ少ないので、余白にアルマ・マーラーの歌曲(コリン&デイヴィッド・マシューズ管弦楽編曲)を歌っている。アルマの歌曲についてはウチは他にもCDがあるので、別の機会に。


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2007年11月 8日 (木曜日)

ミトロプーロス/浄夜

P1000845 シェーンベルク:「浄夜」
(RVW:トーマス・タリスの主題による幻想曲)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮/ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の弦楽セクション





浄夜。または清められた夜。
いうまでもなく、シェーンベルクの代表作。一般的にはこの作曲家のイチ押しの曲である(多分)。

しかし、私はこの曲はこの一枚しか持ってない。CD、LP通じてこれだけ。好きじゃないわけではもちろんない。大好きなのであるが。

このミトプー盤だけで充分じゃないかなあと思い。

きっとカラヤンとかメータとかの演奏もきっといいのではないかと想像しつつ。

このミトプー盤のほかには別にいらないのでは、と思うくらいこの演奏が好きだ。まことに求心的で、恐ろしいまでの集中力をもって演奏されると、他の演奏を聴きたいという気がまず起こらない。寒気がするくらいである。で、つい何回も聴いてしまうのである。まことにミトプーらしいというか。

(そうそう、このCDはシェーンベルクが25分、RVWが12分と信じられないほど短い収録時間である。なのに国内盤で2300円もする。ボラれている気もするが、演奏が素晴らしいので文句も言えない。RVWも勿論素晴らしい。ちょっとイギリス的なのどかさに欠けるが。)


ところで。以前、どなたかのblogにコメントしたかもしれないが。

以前、葉書を出して抽選で当たった、この曲とチャイコフスキーの弦楽セレナーデという曲目の、弦楽オーケストラ(確かいろんなオーケストラのOBのおじいさんたちによる)のコンサートがあった。

NHKホールだったんだけんども。

私は懸賞で行くコンサートが大好きで、いろんなものに行っているし大抵は満足して帰ってくるんだけれども、こんな珍妙なるコンサートは行ったことなかったし、もうないと思う。

何が「珍」かというと、まず聴衆の方々が、おそらくクラシックのコンサートに来たの初めてみたいな方々がほとんどで。まあ、クラシックのコンサートでないときはNHKホールとて客席でものを食べたり飲んだりしているのかもしれないが・・・。

もうほとんど客席は映画館を化していて。ジュースを買ってきて彼女が彼氏に「ハイ」なんて手渡してたりとか、演奏中でもあちこちでものをむしゃむしゃ食べてたりとか。

それはまあ、しょうがないわな、と思いつつ演奏に入ると。

例の有名なチャイコフスキーの弦楽セレナーデの有名な楽章で(あの、以前のスタッフサービスの宣伝のアレよ)、ひとメロディーごとに「じゃん!」といったあとにパチパチと拍手が入り。

この楽章だけで途中何回拍手してんだ、このコンサート。

チャイ5の終楽章の途中で拍手が!!(汗)・・・なんてそんなのまだまだ甘いわよ、というような忘れられぬ演奏であった。

そのあと、お待ちかねの「浄夜」。それが、演奏だけでなくて、演奏中(だったか演奏前だったか忘れた)に例のデーメルの詩「女と世界」が朗読されるという豪華版で。

「女と世界」大意:
冬の夜、林の中を愛し合う男女が散歩し。女はかつて母になることを夢見て見知らぬ男の子供を宿したことを後悔していると告白する。彼女を深く愛している男は、月光が降り注ぐ浄夜をたたえ、その子供を自分の子として生んでくれという。二人は抱き合い、歩み去る。

(そんなやつぁいねえよ)

しかも朗読したのはあの、津川雅彦さんで。

どんなもんかなあ、と思ったら、津川さんはシルクハットにマントのついたコート?にステッキと、なんだか手品師みたいなカッコで現れて。(笑ったのは私だけ?)

かなりそれらしい幻想的な照明の中、雰囲気たっぷりに「女と世界」を読んでくれた。

その効果は絶大だったのか、演奏の邪魔になったのかはとんと覚えていないが・・・演奏はなんだかぶっつけ本番ぽくてミトプーの求心的な演奏とはまるで別物だったのだけは覚えている。

で。

タダだったので、別に頭にきたわけでもなかったのだけど、トホホな気分で帰宅。後日、他のコンサートで会った知人にこの日のことをこと細かに話したところ、いたく羨ましがられ。

「いいなあ~オレそういうの好きなんだよ~。行きたかったなあ~!」と言われた。

あらそう。

2名分当たったのだから誘うんだったわ、とその時後悔しました。



・・・・みなさん、行きたいですか?こんなの。

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2007年7月12日 (木曜日)

アバド・グレの歌(怒りの鉄拳編)

028943994422 シェーンベルク:「グレの歌」
ジークフリート・イエルザレム(ワルデマール王)、シャロン・スウィート(トーヴェ)、マリアーナ・リポヴシェク(山鳩)、ハルトムート・フェルカー(農夫)、フィリップ・ラングリッジ(道化)、バルバラ・スコヴァ(語り)
クラウディオ・アバド指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、アーノルド・シェーンベルク合唱団、スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団

過去記事:H・ケーゲル・グレの歌

フィレンチク・グレの歌は意外と。



本日は、アバドの「グレの歌」。これは、(前にも他の項で書いたが)とちゅうまで何の滞りもなく、名指揮者アバドとウィーンが世界に誇る名オーケストラと名合唱団と名歌手たちが、名ホール・ムジークフェラインで素晴らしい演奏を繰り広げておきながら。

さあ、あともうちょっとでフィナーレというときに。

どこから沸いてきたのか。この女は。どこの病院から連れてきたのか?というくらいの恐ろしい(狂った)語りでもって締めくくられるという稀代の名演奏。

シェーンベルクも存命中は自分の作品の上演で相当ヒドイ目に遭い、それだけではなく自分の弟子の作品の上演中にちょっと(好意的に)笑われただけで大激怒し、そんなに悪い雰囲気でもなかった演奏会を自らメチャクチャにしてしまうような、間の悪い作曲家だが。

前衛的な作品のせいでウィーンを追い出され。ユダヤ人のためにヨーロッパからも追い出され。絵はヘタだし悲惨な人生。

そんな中、(やや不本意ながら)存命中は唯一評判の良かった浪漫的なこの「グレの歌」(マーラーにおける「千人の交響曲」のような)。ウィーンの香りたっぷりのこの素晴らしい演奏の最後に。

なぜかこの違和感たっぷりな語り。

本当に泣きたくなるよ。フィレンチク盤のパツァーク、シャイー盤のホッターがどんなにまともに聴こえるか。

アバド盤、歌手は↑ご覧の通りなかなかのメンバーを揃えている。イエルザレムはシャイー盤でも歌っているけど、シャイー盤のほうがやや立派に歌っていると思う。シャロン・スウィートは取り立てて美声ってわけでもないけど、声量もありスケールの大きい歌唱。

バイエルン国立歌劇場の誇る名歌手、リポヴシェクももちろん立派な歌唱を繰り広げる。彼女はいつも貫禄たっぷりよ。

よりすぐりの名合唱団の歌声も美しいし、最後は迫力満点。ラングリッジだって軽妙な歌唱だし。それに応えるウィーン・フィルのソロ奏者もうまいし。あの難しいトランペットのソロもばっちりだし。

なのに、ああ。この突然の高い声が耐えられない(・・・いいかげん、もうこの記事やめよう。きりがないし)

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この記事読んでから聴くと、結構普通に聴けるかもよ。
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2007年5月24日 (木曜日)

グレゴルの抒情交響曲は意外と。


ツェムリンスキー:抒情交響曲
カラン・アームストロング(ソプラノ)、イヴァン・クスニェル(バリトン)
ボフミル・グレゴル指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

過去記事:抒情交響曲

いやー、まあ。ここでは人気作曲家の一人、またもやツェムリンスキーだよん。こんなにみんなツェムリンスキーが好きなんて、このblogをするまで知らなかったのよ。

マーラーよりもウィーンっぽい。シェーンベルクよりもわかりやすい。聴くとウィーンに行きたくなる。・・・ウィーンのケーキが食べたくなる(←え)。

ウィーンで行ったケーキ屋(または食べたケーキ)。
カフェ・モーツァルト。カフェ・デメル。オーバーラー。カフェ・ムーゼウム。アイーダ。(有名なザッハーは行ってない。)

嗚呼。甘いもんが食べたい。

(テレビで「いきなり!黄金伝説。」で女お笑い芸人ハリセンボンちゃんたちが「行列ができるデザートベスト30」を食べつくしているのを見て、今日はどうも甘いものモード→トンカツ食べながら。
いや、そんな並ばなくても、私はシュークリームでいいんだわ。あのー、そうそう思い出したんですが、先日クソ面白くもない会社の飲み会の帰りに秋葉原駅構内で酔っ払った勢いで購入したモンプティシュってとこのシュークリームは最高ウマかったです。見かけたら買ってみて。ホントうまかったのよ。でも実は酔っ払ってたから何でもよかった。ホント誰でも良かったのよ、私は・・・許して。)

・・・でまあ。ジョジョーといえばシャイーだとかコンロンだったりするわけなんですが、今日はスプラフォンから出ていて国内盤のグレゴルを。私、コレは対訳が欲しいということのみで購入したってゆー、いわくつきの(何のいわくもない)一枚。

グレゴルって知らないんですが。有名な指揮者なんでしょうか。チェコの人。(1927年生まれ)
ドヴォルザークの交響曲全集や(名盤らしい)、パヴェル・ヴラニツキーといふ、ナゾの作曲家の交響曲を録音して居るやうだ。シヴイとこついてる、うむ。

私、2回目にウィーンに行った時のこと。何かを目指して歩きに歩いて、大きな通りに出たとき。道路標識に普通に「→プラハ」と書いてあった。当時、全く土地勘ナシ。でもウィーンてやっぱりチェコに近いんだと思った。ごめん、地図読めなくて。女だから。
そうかあ。どおりで、ヴァーツラフ・ノイマンはよくマーラーをするわけだ。変に納得。

というわけで、しばらくホッポリ投げていたこのグレゴル盤、聴いてみると意外となかなか宜しい。PCM録音(懐かしい響きだね)で音も宜しい。故ゲッツ・フリードリッヒの夫人、カラン・アームストロングはエロかっこいい歌唱。そーいえば舞台姿もよかったねええカラン。オペラ以外ではあまり歌は聴いたことはないが、この曲は似合っていると思う。やっぱり知らないバリトン歌手クスニェルは、ターフェルみたいに立派すぎないトコがよいかも。

因みにこのCD、私が購入したときは2000円もしたが、現在は たった1050円で買えます。しかも歌詞対訳つきで。まあ、なんということでしょう。対訳もってない人は買いましょ。


↓他のグレゴルのCD。スプラフォンのジャケットってカワイイね。



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2007年4月30日 (月曜日)

「人魚姫」再び

724355551528ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」・シンフォニエッタ
ジェームス・コンロン指揮/ケルン・フィルハーモニカー

いやー、疲れた。大掃除は疲れるもんだわ。今回わかったことは、私の部屋はキャパシティーに対して物が多すぎるってことだわ、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

で、綺麗になったキッチンで早速お料理。
前々から気になっていたのだけれど、スーパーで売ってる「鶏の皮」。あれは安い。1パック100円しないくらい。大体スープのおだしにするくらいなんだけど、なんとかメインの料理にならんかということで。ネットなど見て色々考えてみた。

Pa0_0099 <カリカリ鶏の皮のタイ風サラダ>
・鶏の皮は細く切って、醤油・酒・しょうが汁(テキトー)につけておく。
・もやしを洗って軽く湯がく。水に通したあとペーパー・タオルで水気を切る。
・万能ネギは5センチくらいの長さに切る。タマネギは薄く切る(水にさらしておく)。
・ホットチリソースと醤油と酢と砂糖(ウチは蜂蜜を使った)を適当に混ぜて甘辛いドレッシングを作る。(スィート・チリソースがあればそれに醤油と酢を加えればよい)
・鶏の皮の水気をペーパー・タオルで取って片栗粉をまぶし、中火の油でじっくりカリカリになるまで揚げる。
・切った野菜に鶏を加え、ドレッシングをかけてぐしゃぐしゃ混ぜて食べる。

すると、あーら不思議。全然考えもしないことが。これは「冷製酢豚」といっていい感じのお味よ。酢豚にパインが入っているような、何故かトロピカルな味がする。夏場にはオススメね。

っつーことで、今日は久しぶりの「人魚姫」。(相変わらず関係ない)

過去記事
ツェムリンスキーの「人魚姫」

以前取り上げたのはシャイー指揮。この曲を私がどんなに愛しているか、心惹かれているか、を(去年の6月に)切々と(?)書いてみた、つもりだった。そして、この美しい、切ない曲が日の目を見るために(っつーか、今は結構有名な曲なんだけんど)、フィギュア・スケート女子の曲には最適だから、なんとしても日本フィギュア・スケート協会の人にこのblogが目に留まるよう・・・なんて、別に何の努力もしなかったが・・・やっぱり相変わらず日本のフィギュア・スケートの選手はこの曲を取り上げる様子は微塵も無かった。相変わらず、みきてぇったらメンコンとかやってるし。

(が、有難いことに、フィギュア・スケートのファンの方がたまにblogをみに来て下さっているってことはわかってる。どなたか知らないがウィキペディアの赤いけしの項でリンクを貼ってくれたので、それをたどって一日1人は来て下さっている。)

で、人魚姫。コンロン指揮。コンロンという指揮者はてっきり私の頭の中ではSMAPの中居君そっくりなイケメンだと思ってた。が、今日久しぶりにこのCDの解説見たら・・・全然違ってた。あら~。何てカンチガイ。それとも昔はかっこよかったのでしたっけ。

いや、そんなことはおいといて、この演奏ですが、第1楽章はやたら遅い気がします。しかし、第2楽章になったら突然早く生き生きと情熱的に演奏されます。第3楽章は・・・っていうか全体的に遅いとこと早いとこの差が大きいように思う、この演奏は。シャイーに比べて。(だから悪いというわけではないですよ。素晴らしい演奏だと思います。ま、聴くのはもっぱらシャイー盤なんですけど。)

このCD、残念ながらタワレコのHPでは販売してません(店にはあるのかな?)。CD一枚なのにハコに入っているし、付録にアンデルセンの原作がついてます・・輸入盤だもんでドイツ語、英語、フランス語なので読めませんが。ジャケット絵から挿絵までエドマンド・デュラックの絵がちりばめてあってこれは綺麗ですね。お菓子のパッケージみたい。(コンロンのツェムリンスキーのCDはみんなこんな感じみたいですが。)

なので・・・この素晴らしい「人魚姫」を大いに広めたいと思っている次第でございます。(←ヘンなまとめ)

↓一応、現役盤はここらへん。

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2007年4月 9日 (月曜日)

バーンスタイン・モーツァルト/レクィエム

028942735323モーツァルト:レクイエムニ短調(バイヤー版)
マリー・マクローリン、マリア・ユーイング(ソプラノ)、ジュリー・ハドレー(テノール)、コルネリウス・ハウプトマン(バス)
レナード・バーンスタイン指揮/バイエルン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団
(1988年、ライブ)

んもー。もー。私にとって鬼門のモーツァルト。ついに出ちゃったわよ。

私の持っている(単独ではね。 他はしかなたくベルクとカップリングってのと、会社の重役のおぢさんのザルツブルグ旅行土産でもらったのはある)唯一のモーツァルトのCD。奇跡っつーか。しかも、なんたってこれはジャケ買いなので、気軽に売っちゃったりはしない。

しかも。この演奏は素晴らしい(誰が何と言おうと。他の演奏は聴いたことないけど・・・)。私のようなアンチ・モーツァルトを押し黙らせる威力があり。だって、モーツァルトに聴こえないし。ヴェル・レクかと思うほどのド迫力。ドラマティックよ~。

曲については、(というよりモーツァルト自身のことでも)映画「アマデウス」での知識くらいしか、私はない。・・・っていうか、サリエリが変装してモーツァルトんちへ行って作曲を依頼したってのは・・・まさか脚色だよね? (えええ??)

かくいう私、ン年前にザルツブルグのモーツァルトの生家に行ったのに、覚えているのはモーツァルトの使ったベッドの下にあった「おまる」と、帰りがけに受付のおばちゃんが旅行疲れでひもじそうだった私と友人にマクドナルドのチキンナゲットを何個か恵んでくれたことくらい(あの美味しさが今もって忘れられない・・・)。

あと。モーツァルトはシモネタ好きだった、とかは知ってる。クレヨンしんちゃん並みに、おしり好きだったてことも。

・・・こんな程度の私が、モツレクについて書く!

解説書によると。このレクィエムは結局未完のままモーツァルトはお亡くなりになったのだけど、未完だと作曲料の残額がもらえないので、コンスタンツェ未亡人はとにかく誰かに完成してもらおうぜ、子供の養育費もいることだしさー、と何人か知り合いの作曲家に依頼した(シェーンベルクやウェーベルン、ツェムリンスキー以外の作曲家で未完のオペラ「ルル」を完成させるのをガンとして拒んだベルク夫人とはえれぇ違いである)。

最初にモーツァルトが信頼を寄せていたヨーゼフ・アイブラーって人に依頼したが、「セクエンツィア」のオーケストレーションを施したあと、この仕事を放棄。その後未亡人は何人かの作曲家に打診したが、結局ジュースマイヤーってあんまり経験豊かじゃないモーツァルトの弟子にゆだねた。ま、病床のモーツァルトがこの弟子にレクィエムを完成させるための指示を与えていたってこともあったようだけど。

が。

その後この補筆は世論では「モーツァルトっぽくねー」とか「間違いだらけー」などと非難ごうごうだったようだし、後年ジュースマイヤー本人も「ぼくちんこんな偉大な仕事にはふさわしくない~」とほざいたということも伝えられているらしい。

ま、偉大な作曲家の未完の作品の補筆関係では色々と問題あるんだな~、「トゥーランドット」のアルファーノとかもひどいもんだけど、やっぱりアレがないと