2008年1月20日 (日曜日)

ミトロプーロス/ヴォツェック

P1000886 ベルク:歌劇「ヴォツェック」
マック・ハーレル(ヴォツェック)、アイリーン・ファーレル(マリー)、他
ディミトリ・ミトロプーロス指揮/ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団、その他




今日は、家で韓国料理の「サムゲタン」(鶏のスープ)を作ってみました。といっても、本式に作ると朝鮮人参だのの漢方薬を入れたり、圧力鍋で煮たりとか色々あるのですが、こないだ おネエMANSで炊飯器で作る作り方をやってたので、それを参考にル・クルーゼで作成(ウチには炊飯器がない)。材料は、骨付き鶏肉、ニンニク、赤飯、むき甘栗、塩コショウ、ごま油、水。

しかし、何年か前に麻布十番の「グレイス」で食べた本式のとは似ても似つかぬ感じ。やっぱり朝鮮人参ないとダメかなあ。

でもまあ、これはこれで・・・美味しかったです。手羽先&手羽元だけで安価にできたし。鶏ガラのエキスたっぷりだし、コラーゲンたっぷりでお肌にもよさそうだし。(なんだか出来上がりが貧相だったので、写真なし)

さて。

本日はまたしてもヴォツェック。今回はこの曲にぴったりな感じのするミトロプーロスである。これは現在廃盤のようだ。アマゾンでは最高19800円という高値が付けられ・・・買う人いんのかな?

この曲のアメリカの初演は、ここらへんの曲のアメリカ初演の常連のストコフスキー(1931年)。千人の交響曲、グレの歌、アルプス交響曲・・・などもストコフスキーらしい。

で、このミトプーのヴォツェックで、マリーを歌っているアイリーン・ファーレルだが、このblogでは佐渡裕さんの守護霊でお馴染みのトスカニーニの第九でソロ歌手として参加していたり、ワーグナーやヴェルディのオペラのアリア集を出してたりする一方、アマゾンで検索するとどっちかと言うとジャズとかブルースの歌手としてのCDが多い。

ベートーヴェン : 交響曲第9番 「合唱」&ミサ・ソレムニス


とっても不思議。ジャズでもクラシックでもジャケット写真見ると同じ人のようである。もしかして声質的になんですけど、この方は黒人系なのかしらん。ナゾなのだわ、ずっと。

Eileen Farrell in New Orleans クラシックのとき。

Eileen Farrell: My Very Best ジャズのとき。

そんな彼女、このヴォツェックでの歌唱はとても素晴らしい。多少ジャジーな雰囲気もある(ベルクの音楽はそういった傾向も多少あるから親しみやすいのかもと私は思う)ヴォツェックだから、たまにジャズっぽい歌い方になっても違和感はない。

逆に、ジャズ系のときの彼女の歌唱はなんだか昔のペギー葉山さんみたいな歌声である。♪な~んごく~土佐を~あとに~し~て~♪みたいな。

外国アマゾンで試聴できる。
http://www.amazon.com/My-Very-Best-Harold-Arlen/dp/B00000159Q/ref=m_art_li_9

他の歌手についてはあまりよくわからない。つか、知らない。みんなそれなりにうまい。

演奏は、ミトロプーロス指揮のNYPだけあって、ライヴなのにこの難曲を破綻をきたすことなく演奏している・・・当たり前か。古典的な演奏と思うベームやアバドに比べれば鋭角的な演奏だけども、それほど狂気に満ちた演奏というわけでもない・・・ケーゲルなんかと比べても。

録音は1951年?と思うが、モノラルでライブということで普通のレベルではないだろうか。「ヴォツェック」では他に気になるものとして、ティート・ゴッビがイタリア語で歌ったもの、また英語で歌われたシャンドス盤があり、イタリア語はまだしも英語ってキモチワルそう。誰か聞いた人いませんか?

Berg: Wozzeck

Berg: Wozzeck 

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お陰様で、最近やっとエド・はるみさんに慣れてきました。
そんな私にクリック、グーググー。

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2007年12月28日 (金曜日)

まだ聴けてないルル(マゼール)

P1000874
ベルク:歌劇「ルル」

ロリン・マゼール指揮/ウィーン国立歌劇場管弦楽団

ベルク:ルル ←アマゾンで買うならこちら。





今日から冬休み。一般より一日早いって?
で、今日は年賀状作っとりまして。しかし今年は例年になく大変に手抜きなので、もし受け取られる方はがっかりせぬよう。

さて、ずっと最後までイケてない、ルル。例の、マゼールのね。(恐ろしく安かったんだけど、売れないからかしら・・・)

今日こそは!全部きいてやる!と思ったんだが。

思ったんだが・・・。まだあの第1幕の第3場(ルルが舞台に上がるとこ)の途中までしか聴けてない。で、ダメだった。ダメ。

何がダメなのか?というと。
まずマゼールの指揮。このテンポはいかんともしがたい。緩すぎるテンポのときもある。しかし、全然違う音楽に聴こえるときがあるってのはどうかと思う。

第3場のジャズっぽい音楽が、まるで別の音楽に聞こえる。アレレ?


ところで。ずっと思っていた。

マゼールのファンの人、日本のクラシック・ファンにいらっしゃいますか?
私、今まで会ったことない。残念ながら、まことに遺憾ながら。でも、いらっしゃるんでしょうねえ、きっと。アバドやメータのファンのように・・・。

これでもし、マゼールの実演きいたことない・・・っていうなら「オイ、そういうことは実演聴いてから書け!」と怒られるかもしんないけど、一応、あるぜ。ずいぶん昔だけど。

しかも大好きなトゥーランドットだった。
しかし全くテンポが「?」だった。

このルルもてんでそんな感じ。

で、聴き進めないわけがもうひとつ。

主役を歌うユリア・ミゲネス。(”ジョンソン”って名はどこいっちゃたの?)
サロメとかカルメンとか、いかにもドラマティックでエロい役を得意とするソプラノだな。舞台写真もお胸を強調して、エロさ満点だな。

それでまあ、最初は調子よく聴いていたんだけど。
このお下品な雰囲気は、いかんともしがたい。
いくらもともとの育ちが悪い設定でも、ちゃんとシェーン博士に拾われてからは教育も受けているのだし、ベルクのオペラってことでなにかしらの品格って必要だと思う。だってオペラなんだもん。私はルルはこんなじゃなくて、少女であってほしい。少なくとも第1幕までは。

それと、ドイツ語の発音もアレだな(プエルトリコ系アメリカ人らしい)。他の歌手がドイツ・オーストリア系が多いもんで、気の毒。

あのストラータスが懐かしくなるくらい。


で、ふと思った。

・・・何かに似ている。この人。この雰囲気。外見も声も。


あー、思い出した。アニータだ。アニータ・アルバラード
やっべー。このラテン系の顔。男を翻弄する雰囲気。まさにラテン系のルル。厚い唇の半開き状態がそっくりだ。

過去記事:アニータ来日記念・・・

ああ、もう、一回そう思ったらそういうふうにしか聴こえない・・・。いくらハンス・ホッターがご老体に鞭打っても、大好きなツェドニクがいくら頑張っても・・・。



いかんいかん、こんなでは。3枚聴きとおせるのだろうか・・・不安よ。



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2007年12月20日 (木曜日)

ムター/ベルク・ヴァイオリン協奏曲

P1000869 ベルク:ヴァイオリン協奏曲
アンネ=ゾフィ・ムター(ヴァイオリン)
ジェームズ・レヴァイン指揮/シカゴ交響楽団








こんにちは。

今日もしつこく新ウィーン楽派でね。このところアクセス数多いのは、ここらへんが意外と人気あるからだって信じてる、私。

あの。

こないだ、実家に帰ったら、ベルクのヴァイオリン協奏曲のCDが3つも発見されたのね。

今住んでいる部屋にも何枚かあるので、全部で8~10枚くらいはあるかもしれない。CD所持少ない私にしては、多いね。

この曲は、本当にこの世で一番好きなヴァイオリン協奏曲だけれど、いろんなアプローチがあり本当にどの演奏を聴いても飽きない。

で、このところ。

「のだめカンタービレ」にこの曲が出てきたということで、あたしは相変わらず読んでないのでどんなふうに紹介されたのか知らないのだが・・・先日、のだめファンの方が「いつかこの曲聴いてみたい~」とブログに書いていたのを発見。

もしかしたら、そこらへんのお店にあったCDをテキトーに買ってしまうかもしれない。

それがブーレーズ指揮のだったり(それはないか)、ケーゲル指揮のだったり(それもないか)したら、ちょっとヒいてしまうかもしれない・・・と心配になった。私が一番好きな演奏はブーレーズ盤とウェーベルン盤だけれどね。

この曲は「ある天使の思い出のために」っつー題名だから、そういう超ロマンティックなイメージを抱きがちだが(ま、普段聴きなれている私には充分ロマンティックな楽曲だが)、実際はシェーンベルク門下のベルクがこさえた12音技法の音楽なの。
最初から刺激的・分析的な演奏では、マンガ読んだだけで(それこそマンガ読んだきっかけでベト7を聴いているような)聴こうと思った人には誤解を招きかねないか?え?そうは思わない?
せっかく、ベルクが人気出そうだってのに。これはもったいない。

・・・っつーことで。

私が比較的初心者向けかな~と思うのは、天才少女から今や大姐御? ムター演奏するところのレヴァイン盤である。こんなにソフトタッチでソフトフォーカスな演奏は、目からウロコが落ちる思いである。まさに天使の如く美しい少女がゆっくりとした前奏とともに頭の中に現れる。

レヴァイン盤は、まるでベルクの尊敬してたマーラーの交響曲を思い起こさせるくらいロマンティック。5番のアダージェットとか、9番の第1楽章とか・・・(?)。うっとりと、聴きやすい。(でも私はあくまでブーレーズ盤がすきなのよ)

・・・。

そうそう、ベルクはマーラーを尊敬していた・・・なんてもんではなく、熱狂的な大ファンだった。マーラーは神であった。ベルクの伝記には、指揮棒の写真とともにこんな一文が。

「ベルクが所持していたマーラーの指揮棒。マーラー『交響曲第4番』ヴィーン初演の後、熱狂した仲間とともに楽屋を襲い、作曲家から奪い取った。」

この指揮棒を、ベルクは生涯聖なる宝物として大切にしていた、という。まー、仲間と共謀して銅線ケーブルを盗んだゴ○キ弟と同じでこれって犯罪かもと思うけど、だいぶ志は違う。

マーラーって、「ヘンな曲ばっかりつくりやがって」と聴衆や批評家からけちょんけちょんに言われてたイメージがつきまとうが、生きている間に本当はこんなに熱狂的に若者に愛されてたのね~というちょっとウレシイ、ほっとするエピソードでありました。

←購入はこちら。


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ふふ、キミもX-シネシネ団に入りたいかい?

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2007年12月17日 (月曜日)

ブーレーズ/ルル組曲

P1000866ベルク:「ルル」組曲
ジュディス・ブレゲン(ソプラノ)
ピエール・ブーレーズ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団








あの。

←左にある最近の検索フレーズのランキングで(ここ一ヶ月で算出してある)、やけにベルクのヴァイオリン協奏曲が上位だね。それってなんだろう。そんなに急にベルクは人気者になっちゃったのかね?

って、ちょっと不審に思ったんだけど・・・まあ予想通りのことが起こってた。

さては、この曲「のだめ」に出てきたな。(←もちろんいまだに読んだことなし。オナゴ・クラオタでは珍しい?)

いまに、ベルクの協奏曲目当てに、コンサートホールに「のだめ・ファン」が殺到するということもありうるのだろうか・・・(複雑な気分)。

・・・ということで、今日は同じベルクの作曲したオペラ「ルル」から作られた「ルル」組曲(Lulu-Suite)。これはこの長いオペラのまさに「映画の予告編」みたいな内容である。これに普通に映像つけたらまさにそんな感じ。まーこれを聴いて「あら、なんだか面白そうね、全部聴いてみようかしら」なんて思う人がはたしているのかどうかは知らないんだけど。

なかなかイイトコ取りの音楽集である。


内容はこんな感じ。

1.ロンド。第2幕のアルヴァとルルの会話の管弦楽部分。

2.第2幕のオスティナート。シェーン博士を撃ち殺したルルが警察に捕まってから釈放されるまでの一部始終を描いた映画の音楽。

3.ルルの歌。第2幕のルルがシェーン博士に向かって歌うアリア。「人が私のために自殺したって、私の価値が下がったことにはならないのよ・・・」

4.変奏曲。第3幕第1場の終わり、ルルが警察にまたもや捕まりそうになって逃れる部分の音楽。

5.アダージョ・ソステヌート。ルルが切り裂きジャックに殺されるシーン。恐ろしい悲鳴が聞こえる。ルルを慕う女性、ゲシュビッツがルルのあとに刺され「ルル、私の天使!もう一度あなたを見させて・・・」と歌って死に、幕が下りる。

・・・なんて書くと、「まあなんてものものしい、火サスもまっ青な内容なのでしょう」と思われるかもしれんが、このオペラは軽くそこらへんのサスペンスドラマを越えている。

しかし、音楽はいいようもなく美しい。とらえどころのない魅惑的なルルを描く音楽はなんだか女の匂いがぷんぷんするような気がする。男を(いや女でさえも)惹きつける香水のような。 そして身にまとった薄いドレスのサラサラとした音とかが聞こえてきそうである。

色っぺー。

ご存知の方はご存知だけど、ベルクはヴァイオリン協奏曲の作曲をヴァイオリニストのクラスナーに頼まれたために(当面のお金が必要だったし)、この「ルル」の第3幕の完成を先送りにし、その後病を得て亡くなってしまった。なので3幕は未完成になっていた。 

この組曲の4曲目と5曲目はオーケストレーションが完成してたから、そのまま使われていて、他に未完成な部分は作曲家フリードリヒ・ツェルハが補筆完成した・・・異常にやきもちやきな未亡人、ヘレーネ・ベルクには内緒で。

ベルクの伝記(シェルリース著)によると、第3幕でオーケストレーションが完成していた部分は合計19分、議論の余地なく明瞭なのが17分、他の部分等から類推できるのが20分で、不確実なのは残り8分だけだったという。ツェルハが自分の考えで付け加えたところはないそうである。

・・・しかし、いつも聞くたびに不思議なのはこの組曲4曲目の変奏曲。ルルはこれから必死に逃げなければならないのになぜかここはとても美しい、やや夢見がちな音楽なのである。ルルはこれからロンドンに逃げ、娼婦にまで身を落とし、実在の人物「切り裂きジャック」に刺し殺されるのに・・・不思議。

さて。
紹介のCDは、3幕版の初演者ブーレーズによるもの。まあ、ジャケット写真の若いこと。まだ肌がツヤツヤしている。演奏はさすがに隙がなく、オーソドックスにうまく聴かせる。さすがブーレーズだ。

ルルを歌っているジュディス・ブレゲン(なんとなく懐かしい名前だな~)は、全曲盤のストラータスよりは明るい、やや可愛らしげなルル。タイプはぜんぜん違うけど、これはこれでいいかも。断末魔の悲鳴がコワイですが。



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2007年7月19日 (木曜日)

ベルク&シェーンベルク・ヴァイオリン協奏曲

P1000788 ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」
シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲 op.36

ルイス・クラスナー(ヴァイオリン)、フリッツ・ブッシュ指揮/ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団(ベルク、1938年録音)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮/西ドイツ放送管弦楽団(シェーンベルク、1954年録音)



過去記事:ウェーベルン指揮のベルク・ヴァイオリン協奏曲

先日、高校のときの友人と3人で飲みに行った。

その中の一人の友人はクラスで一番仲が良かったのに、会うのはかなり久しぶり。というのは、私の友達の中で一番早く結婚して子供を産んでしまったからである。

清純な容姿から、彼女はもてた。なんたって、私が入学してすぐ「あの子かわいいなあ、友達になりたい」と声をかけた友人であり、そんなわけで高校時代も男子にもてたが、進んだ大学のクラスは殆ど男子ばっかりだったらしいので、もうよりどりみどりだったようだった。

女子大に進んだ私とは雲泥の差である。

しかし、彼女のゆうことにゃ。

彼女「いやー、naopingさんは高校時代、人気者だったじゃない~」

私「誰が? ぜんぜん。」

彼女「だって~、私たちなんかが全然話できないような素敵な男子と仲良くお話してたじゃない~。」

私「誰と。」

彼女「(バスケ部キャプテンの)Mくんとか。」

私「え・・・そりゃ、中間・期末のとき隣の席だったから、こっそり見せてあげたりしてたから・・・ アワワ

彼女「(ラグビー部の)Kくんとか。卒業パーティの帰り、遅くなって家まで送って貰ったんでしょ?」

私「そう・・・・だったっけ・・・?」

っつーか、もうそんな昔の話、日本史で言ったら中大兄皇子が中臣鎌足と共謀して蘇我入鹿をたおしたくらい、昔すぎて忘却のかなた。

それがまあ今じゃ。もう負け犬を通り越して、もはや敗戦、そして終戦。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んじゃって。マッカーサーがパイプくわえて飛行機のタラップ降りちゃってるんだから。どうしたもんだ。

日本無念。



そんな昔は良かったわね~と思いつつ。そんなヒストリカルな私の、ヒストリカル録音のCDを。

ベルクのヴァイオリン協奏曲の依頼者であるということで音楽史に名前をのこすルイス・クラスナーの演奏による、ベルクと師匠のシェーンベルクのコンチェルトのカップリング。

P1000789 実は、これはジャケ買いであった。べつにクラスナーの頭が素敵だわ!というわけではない。ジャケット表・裏とも色の使い方といい、なかなかデザインセンスがよいと思った。

作曲者の顔が肖像画というところもニクイ。師匠はもちろん自画像であるが、ベルクはヘタクソな師匠の絵ではなく、リリー・シュタイナーという画家の絵を使っている。なかなか時代的な雰囲気のあるよい絵であると思う。

ベルクの録音のほうはシェルヘンの初演(1936年)かからたった2年しか経ってない。録音の残っている初演から二番目の録音のウェーベルンの指揮による英国初演と比べると、状態がよい。カリカリコリコリというような雑音はあまりない。

演奏はもちろん素晴らしい(自分のための曲だから当たり前である)。ブッシュという指揮者は名前は知っているがあんまりよくわからない(フェリアーの伴奏で何か振ってたような。でもわかんないすいません)。でもこの曲を聴く限りなかなかよいと思う。

・・・というか、この曲は誰が演奏しても誰が伴奏してもそんなに劇的に違うことはないんだと思うんだが。

シェーンベルクのコンチェルトは、このCD以外もってないので、演奏そのものはなんともいえない。作曲は1934年から36年だからモーゼとアロンのあとあたり?か。もちろんバリバリの12音音楽。モノドラマ「期待」とか思い出す部分もある。

ミトロプーロスの指揮ということで、かなり緊張感に溢れた求心的な演奏・・・なのか誰が演奏してもそうなのか? シェーンベルクといえばこうしたもの、というイメージにはぴったりかと。実演で演奏したら客は平静ではいられないであろう。おばさまたちは退屈で楽章の間で帰ってしまいそう。でも、もし実演で聴けたら、私にとってはチャイ・コンやメン・コンよりはぜんぜん有難い気がするけどね。

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2007年5月20日 (日曜日)

ミトプー&シゲティのベルク

Pa0_0112 ベルク:ヴァイオリン協奏曲
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)ディミトリ・ミトロプーロス指揮/NBC交響楽団(1945年)

過去記事:ウェーベルン指揮のベルク・ヴァイオリン協奏曲





一昨日。
去年結婚した友人(女)と飲んでいたのであるが、すっかり結婚生活にも慣れた様子。まるっきりできなかった料理もそこそここなし、掃除・洗濯などの家事にも慣れたようである。

はー、よかったね。

しかし、彼女のいうことにゃ。

「もう一人でなんでもできるから、一人暮らしがしたくなった。だって私、ずっと親と住んでいて一人暮らししたことないのに結婚したじゃないですか。一人暮らし楽しそうだし」と。


へ。

ああ、そんな。そうなの?そんなこと思うの?新婚なのに?
あああああたしのほうが楽しそうなんて思うわけ?

女一人だと不便なことが多いぞ。蛍光灯を取り替えたり、クーラーのフィルターの掃除をしたりとか、天井にカビが生えたときとか。(背の高い)男がいたらどんなにいいかと思う。

(しかし脚立を買ったからこれは全て解消。ぜんぜんオッケー。)

でも一人暮らしもいいことはある。

昨日なんか、テレビで夜9時からシリアスな映画を見ていたんだけども、10時くらいになってウラ番組で「に~し~お~か~、すみこダヨ!」とか鞭を振り回している女や、 「♪ちゃらちゃんちゃんちゃらんちゃ~ん」とかムード歌謡をアカペラで歌う男が出演しているかと思ったら気になってしょうがない。でも、ま、一人なもんで、すかさずチャンネルを変えるということは可能だ。

が、結婚してたら、そういうわけにもいかない。そんなことをしたら張り倒されるだろう。

まあ、いいことなんてそのくらいだけれども。

さて、今日は「音楽の修道僧」と呼ばれ生涯不犯、清らかな独身を通したミトロプーロスである。 (三浦センセのご本によると)

まず、ジャケット写真(ピンボケでごめんなさい)。ミトプーが優男風シゲティと肩を組んでいかにも嬉しそう。でもなんだかシゲティは複雑な顔をしている。何かあったのか?

(どうもそんな風にしか見えない、今日この頃。き、気のせい?)

私は室内楽系に激しく疎いせいか(ごめんなさい)、ヴァイオリニストのことはあまり詳しくない。シゲティも有名だから名前はもちろん知っているが、一般的にどういう演奏をする人なのかこの演奏でしかわからない。

他にどういうCDを遺しているのかと調べていたら、バッハやモーツァルトも弾くが現代音楽(生きてた当時の)もよくする人・・・という印象。ちょいと昔のヴァイオリニストには珍しいタイプ。いかにも一般大衆が喜びそうな華やかな技巧派ではないようだ。

さてこの演奏。曲が曲だけに、ミトロプーロスとの組み合わせはかなりピッタリな感じがする。この指揮者から想像がつくように非常に求心的、求道的な演奏になっている。シゲティのヴァイオリンもぐいぐいと心に迫り、曲の本質を鋭くついていると私は思う。

1945年と録音が古く、しかもライブなので結構雑音が多いが、それが曲の雰囲気と合っているかも。この曲は大好きで、名盤も多いけれどこのCDはお気に入りの演奏の一つ。(あまり関係ないが、このCDでは次にバッハのハープシコード協奏曲の編曲版、モーツァルトの協奏曲3番がカップリングされている。全部続けて聴くとなぜかほっとする。心が癒される)

このCDは現役で今売ってるのかなあ?と思ったらARTONEというレーベルから出ている「ディミトリ・ミトロプーロス・ボックス」というのに入っているようです。4枚組だけど1689円てのはどうかと。やけに安いわ。

↓タワレコのHPを見ていたら、あ、これはちょっと聴いてみたいな、という感じがしましたす。有名な録音らしいけど。(バルトークとのライブ)



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2007年5月14日 (月曜日)

ベーム・ヴォツェック

Pa0_0105ベルク:歌劇「ヴォツェック」
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ヴォツェック)、フリッツ・ヴンダーリヒ(アンドレス)、ゲルハルト・シュトルツェ(大尉)、イヴリン・リアー(マリー)他
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団、シェーネベルク少年合唱団、カール・ベーム指揮/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
(1965年)


昨日は。浦和美園まで行って浦和レッズの試合を見ました。相手はガンバ大阪。

Pa0_0106 これだけ一面赤い人ばっかりだと、普通の服を着ているほうが目立って恥ずかしい。ということで、私たちは前回小野選手のユニフォームTシャツをイオンのショップで買いました。

が。

私は行くまで気が付かなかった。小野の背番号は今や変わっていました。18番から8番へ。「1」をマジックで塗って消そうかしらん。

が、他に着ている人も沢山いたので、気にしないで着ることに。

三都主がよりによってザルツブルグなんて行ってしまって(今頃モーツァルテウムで音楽の勉強をしているはずである ・・・うそ)、なんだか全体的にスピード感が前よりないような。ワシントン選手ばっかり活躍しているような気がするが・・・はて。

そんな試合もそっちのけで、私たちは食べてばっかりいた。駅からスタジアムの道々、ずいぶん沢山の屋台が並んでいる。「あれも・・・これも・・・」と言っているまに、ジャンボたこやき、焼きそば、揚げたてカレーパン、揚げたて鶏のから揚げ・・・とあれよあれよと買い込み、むしゃむしゃ。スタジアムの中でものを食べてる人なんかほとんどいない。みんな応援に一生懸命さ。

結局引き分けで終わり。観客の皆様はいっせいに「イオン」へ向かう(ここしかないので)。ということで巨大お買い物シティ「イオン」はキャパシティを遥かに超え、私たちは飲み屋にありつけず。

しょうがないので帰り道の後楽園で下車して蕎麦屋でビールを飲む。帰り道、野球観戦の帰りの集団を見て、
「・・・今度、野球にしようよ。巨人戦とか。」
「う~ん、いいねえ~野球も。」
ま、私達は食べて騒げればなんでもいいのである。

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さて、またもや「ヴォツェック」。
私はいったいいくつのヴォツェックを持っているのであろう。まだblogに書いてないのもある。なんたってヴォツェックは作品が短いのがよい。そして短いながらなんとなく凄い充実感を味わえるので、オトク感がある。

このカール・ベーム盤の演奏はすでに古典中の古典。ベルクを聴きつつも、なんだか「フィデリオ」とか聴いているような落ち着いた気分にさせられる。こないだケーゲルのを聴いたばかりだけど、印象がまるで違うのである。

生真面目な印象のフィッシャー=ディースカウも、この録音の中ではしっくりはまっていて、なんだか古典音楽っぽい。

F=Dといえば。またしても、三浦先生の本のことで申し訳ないが(だって面白いんだもん)、F=Dと指揮者クレンペラーとの確執について書かれていた。色々なエピソードは既に有名であるけれど、本当にクレンペラーは面白い。多くの歌手に慕われたベームとはえらい違いである。

フィッシャー=ディースカウが指揮者としてデビューしようとしたころ、たまたまクレンペラーと顔を合わせた。
「ドクター・クレンペラー」と指揮者志向のバリトン歌手は呼びかけた。「来週、私がシューベルトの交響曲第9番をふるコンサートにご出席の栄をいただけませんでしょうか?」
「ゆけそうもないね」とクレンペラーは答えた。「ショルティの<冬の旅>にゆく約束をしちゃったのでねえ」 
(「演奏家ショートショート」三浦淳史著/「いじわるじいさんクレンペラー」より)

・・・ベームのこのCDに話を戻すと。なによりキャストが大変素晴らしい。私のアイドル、ゲルハルト・シュトルツェが大尉。も~、いいねえ。狂った感じがとてもよい。そしてなんともチャーミングだ。シュトルツェ、何やっても最高。
美声のヴンダーリッヒもなんとも豪華なキャスティング。リアーも情の深い場末の女を熱演。最後の少年合唱があんまり上手でないのが(たまたま)この曲を合っていてリアル感を増している。

このCDセット、後半なんと「ルル」も入っている(3幕はまだ発明されてなかったので2幕まで)。3枚組で、ベルクのオペラを2曲聴けてしまうのでなんとも便利な一組である・・・が、現在は2曲ともグラモフォンの「アルバン・ベルク全集」って10枚組に入っているのみであると思う。たった14400円で(出版されている)ベルクの全作品が手に入ってしまうなんて、いい時代ね!と思うべきなのか、単にベルクが遅筆で作品が少ないだけなのか・・・私にはわからない。

←アルバン・ベルク全集。ムーディ勝山ではないです。
←ウィーンでのライブ。三都主早く戻って~

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サッカーとベルクは勿論一見何の関係もないですが、本当にないです。
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2007年2月 3日 (土曜日)

ケーゲルのヴォツェック


ベルク:歌劇「ヴォツェック」
テオ・アダム(ヴォツェック)、ライナー・ゴールトベルク(鼓手長)、ホルスト・ヒースターマン(大尉)、ヘルムート・クロッツ(アンドレス)、コンラート・ロルフ(医者)、ギゼラ・シュレーター(マリー)/その他
ヘルベルト・ケーゲル指揮/ライプツィヒ放送交響楽団、ドレスデン宮廷少年合唱団、ライプツィヒ放送合唱団

過去記事:バレンボイム・ヴォツェック(97年)



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今日は節分。
というわけで豆料理っつーことで、豆カレーを作った。先日タダで貰ってきた手羽先を存分に加えて本場風(あくまで"風")のインドカレーを。

私のカレーに対するこだわりは、ワーグナー上演に関するこだわりと同じくらい凄い(と思う)。
なんたって、カレー粉は錦糸町の「アジアやおしょう」で買ったんだからね。ここはアジア食材がかなりコアなものまで揃っている。料理好きの方、「すみとり」に行かれる際は、お向かいにあるこの店もチェックすることをオススメする。

どこか別の国に行ったような、ヘンな気分に襲われる。

カレー粉はMDHチキンカレーマサラ

箱に英語で書いてある作り方を、ちょっと自分流にアレンジ。分量はテキトー(基本の作り方は上記のHP>>チキンカレーマサラで参照のこと。商品も買おうと思えば買えます)。

1、タマネギとセロリ、ニンジン、ニンニク、生姜をみじん切りにする。
2、鍋にサラダ油(けっこうたくさん)を入れ、とうがらし、キャラウェイとカルダモン(いずれ姿かたちのまま)を少々入れてすこし炒める。切った野菜を入れて、あめ色になるまでじっくり炒める。
3、みじん切りにしたトマトと、パプリカ(粉)を入れてよく炒める。
4、カレー粉と塩を入れて2~3分炒める。
5、骨付き鶏肉(骨つきでなくてもいいけど骨あったほうがウマイ)を入れて10分炒める。
6、ヨーグルトと具がかぶるくらいの水と(私はコーヒーも入れる)、水につけて柔らかくしたレンズ豆(ひよこ豆でもいい、水の漬け時間は各種類の豆の説明書に従う)を入れる。月桂樹の葉と市販のチャツネを入れる。煮立ったら弱火で暫く煮込む。
7、塩コショウで味を調え(味がものたりなかったらブイヨンとか入れる)、レモン汁を好みで入れる。おわり。

P1000720 ポイントは、パプリカとトマトを野菜と炒めるという点である。これによって、インド料理屋で出てくるチキンカレーに浮いているおいしそうな赤い油が再現されるのである。ご飯にかけても、またはトーストと食べても美味しい。



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ということで、豆を食べました。豆といえば、思い出すのはベルクのオペラ「ヴォツェック」。え、なんでって?あら。

ヴォツェックはインチキ医者の治験バイトで、豆をずっと食べ続けてるじゃないか!

このオペラはかなり多くのCDに恵まれている。私もバレンボイム、ベーム、アバド、ミトロプーロス、ケーゲルのCDを持っている。どれも曲が素晴らしいだけにいい演奏だったけど、ケーゲルが一番この曲の個性と合ってそうね。そう思わない? シェーンベルクの「グレの歌」とともに、ドラマティックというよりはキリキリとしてて新ヴィーン楽派らしさがたっぷり。

テオ・アダムのヴォツェックは貫禄充分。
「三大性格テノールコンサート」の一人に入れてもいい、ホルスト・ヒースターマンの歌唱は最初っから強烈。他の盤のツェドニクもクラークもよいけどね。マリー役のシュレーターは、ベーレンスやW・マイヤーよりは弱いかもしれない。しかし、街の片隅に生きる「小市民」のマリー、どこにでもいるような「あばずれ女」のマリーとしてはイメージとして合っているのかも?(舞台写真を見るとキレイな人である)

それにしても、このヴォツェックという曲は、演奏もすごく難しそうだし、メロディーもないし聴くのもちょっと退屈しそうな感じに聴こえるのに、現在のオペラハウスではなかなか人気のある演目のようである。私も機会があったら、ぜひもう一度実演に接してみたい曲の一つ。
その魅力というのはどんな所にあるんだろう。

それはまず、潔く短いってことじゃないだろうか。正味1時間半もあれば余裕。
もしこれが、作曲者の思いいれとともにもっと長くなってたら、現在こんなに人気があっただろうか。

ベルクの伝記にこんなことが書いてあった。

言葉つかいとドラマの構造はビュヒナーの劇におけるよりも、たしかにずっと簡潔なものとなっている。ベルク自身は、例えばヴォイツェックがユダヤ人から殺人に使うナイフを買う、印象的な小間物屋の場面を断念しなければならなかったのを残念に思っていた。しかしこの場面をオペラの中に入れれば劇の進行を妨げてしまっただろう。(シェルリース著「アルバン・ベルク-生涯と作品-」)

すいーすいーと心地よい進行は、このオペラの魅力の一つなんである。これを作曲者はよくわかっていたのだ。長くなって退屈になりそうなところは潔く切った。

ということで、初心者でも「ヴォツェック」は意外なほど、舞台では楽しく興味深く聴くことが出来ると思う。(全然面白くなかった、寝てしまったという人はベルクともオペラ芸術と縁がなかったと諦めるほかない。残念。)


「ルイーズ」の作曲者シャルパンティエにも見習ってもらいたかった。(←しつこい?)

←ティート・ゴッビのヴォツェック。
←ドホナーニ指揮。
←ベームの違う盤。

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上司の息子が第一志望高校に合格!おめでとう。
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2007年1月19日 (金曜日)

好きな作曲家は一応ベルクってことにしとこうかな、いい男だし。


ベルク「ピアノとヴァイオリンと13管楽器のための室内協奏曲」
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)、ピンカス・ズーカーマン(ヴァイオリン)、ピエール・ブーレーズ指揮/アンサンブル・インターコンテンポラン

(因みに、うちにあるのはこの盤ではなくオール・ベルク・プログラムのもの)

最近英国音楽かワーグナーばっかりで、すっかりベルク関係がご無沙汰である。

思えば、そんな私の聴く音楽はジャンルとしてはまあ「オペラ」か「声楽曲」か「交響曲」って感じだが、作曲家という分類で言えば本当に節操がない。

ワーグナーも聴くが、マーラーも聞く。ヴォーン=ウィリアムズもエルガーも聞くぞ。しかしベルクも好きだ。コルンゴルトもR・シュトラウスも。プッチーニも大好き。でも三波春夫も好きだ(←え)。

じゃあ、結局誰が一番好きな作曲家なのか。

「好き」ということは、色々な意味を含んでいると思う。曲だけ好き、とか作曲家自体も尊敬してやまない、とか。

ワーグナーの曲を熱狂的に愛している人は数多いと思う。

しかし、ワーグナーって人間自体が大好きとか、尊敬している人とかはあまり聞いた事ない。(いらしたら是非コメントを下さい)
本当にワーグナーって極端だ。私も実際こんな人が回りにいたらやだし。親戚にいたら恥ずかしいかもな。

で、マーラー。どうなんだろう。マーラーって。昔はあんなにマーラーはかっこいいと思っていたのに、今は全然だなあ、曲は好きだけどね。性格もなんだか分裂してそうだしね。もしおとうさんだったらやだなあ。もし上司だってもムリかも。ワルターみたいに温厚な人だからついていけたんだね。

コルンゴルトはなんだか食いしん坊そうでいやだ。どら焼きいっぺんに3つぐらい平気で食べちゃいそうだしね。(←そんな史実はない)

R・シュトラウスはなんだか金に貪欲そうな感じかする。指揮台降りたら札束数えていそうな気がするからやだ。

プッチーニは色男でなんだか女にもてすぎてやだなあ。(←妄想)

あー、やっぱり人間的にも音楽も好きなのってベルクなのかもしれない。まあ、なんといっても外見が好みなのが一番なんだけれども。
なんだか繊細そうで、ちょっぴりシャイで。でも(伝記を読めばわかるが)ユーモアのセンスも抜群だし。自分の作品に対して謙虚なとこもたまんないですわ。
(まあ、晩年の浮気はおいといて・・・)

本日ご紹介の「室内協奏曲」は、師匠シェーンベルクのお誕生日のお祝いにってことで作曲されたものだそうです。シェーンベルクにも「室内交響曲」ってのがありますが、なんとなく似ているかも。

この曲は縁起がよいという数字の「3」が重要な要素という。(なんでも、オーストリア?には「いいことは3つそろってやってきます」ということわざがあるらしい)
3つの楽章から成っていて、しかも「管楽器」「弦楽器」「鍵盤楽器」という編成。(形式上でもなにかと「3」とか「3の倍数」とかになっているらしいが。正直言って、そんなこと聴いてる私にはなんの関係もない。)

日本でも1富士2鷹3なすびというように「3」は縁起がよい数字とされています(いや、その例はまちがっていますよ)が、ウィーンでもそうだったのか。正月にウィーンにいたときは、あちこちで「ブタの置物」や「ブタの絵」(ブタは多産の象徴で縁起がいいとされる)を、四葉のクローバーを見かけたけれど。3という数字にはとんと気づかず。

こんな縁起のよさそうな曲ながら、聴いていてもそんな有難い感じは別にせず。もう普通に新ウィーン楽派っつーか。オペラ「ヴォツェック」のあとの曲なので、あちこちで「ヴォツェック」の音楽っぽいものがちらちらとする、なので「ヴォツェック」に親しんでいる人は聴きやすいかも。

・・・・

うーん。(考える)
いや、やっぱりいっぺんに3つもいいことはいらないんだけど、私はな。一つでいいや。

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アクセス2万超ありがとうございます。素直にうれしいです。
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2006年10月 5日 (木曜日)

ベルク「ルル」その3

Lulu2 初めて生で見る「ルル」は、おそらく海外のオペラハウスの引越し公演とか、ロンドンもしくはウィーンとかの海外旅行でたまたま日にちが合ってとか、そんな感じに思っていた。

日本人プロジェクトによる「ルル」が初めてになるとは思ってもみなかった。

それが、予想を上回る名演だったというのは大きな喜び!!

公演パンフレットより、ニッセイの理事長・名原剛さんのご挨拶によりますと。

1970年にベルリン・ドイツ・オペラ3度目の来日公演によって、オペラ「ルル」の2幕版が日生劇場で初演されましたが、フリードリヒ・ツェルハ補筆による3幕版については、これまで日本で上演の機会をみることがありませんでした。今回、日本のオペラ界をリードされてきました(財)二期会オペラ振興会、東京フィルハーモニー交響楽団の力強いご協力を得て初演実現の運びとなりました。・・・

というわけで、この公演は3幕版日本初演ということです。

2003年11月(日生劇場)
<主な配役(私が見たほう)>
天羽明惠(ルル)、小山由美(ゲシュビッツ伯爵令嬢)、福井敬(アルヴァ)、吉田浩之(画家)、大島幾雄(シェーン博士)、その他
沼尻竜典指揮/東京フィルハーモニー交響楽団

私はこのような素晴らしいメンバーのほうを取ったのですが、ダブル・キャストのもう片方のルル役の飯田美千代さんも大変素晴らしかったそうです。(画学生時代の担任の先生よりの報告)



両方見ればよかったかなああ・・・。

天羽さんは、日本人歌手の中では私のお気に入りのソプラノの一人。本当に素晴らしい歌手さんです。エロティックの権化?のようなルルを日本人が演じるなんて・・・と最初違和感があったのですが、彼女の熱演を見たらもう全然。心配なし。

日本人女性歌手って(平均的に)小柄でかわいい。外人の女性歌手は大柄で肉感的な感じの人が多いから、ルルをやっても妙に肉感的にイヤラシクなりがち。でも、天羽さんは清純でとってもチャーミングに見えた。ルルは私のイメージではあどけない少女なので(ちょーっと人と違うかもしんないけど歌手のaikoちゃんみたいな感じ) 、イメージに近かった。

他の歌手のみなさんも、イメージ通り。福井さんや吉田さんのキャスティングも、2人のファンである私にはすごく嬉しかった。2人とも声が若々しくてとってもステキ。

それになによりも、大島幾雄さんのダンディなシェーン博士もイメージぴったり。

衣装と装置以外はオール・日本人スタッフによるこの公演。演奏の大変難しいというこの曲をよくぞ緊張感も途切れずに上演しきったものだと思った。ことに今でも思い浮かぶのは、ルルがシェーン博士を撃ち殺したあとから映画音楽に移行するまでの、音楽の緊張感。もうほんと、あそこは見事。

映画も、前衛的な感じで(ベルクの指定通りではなかったけれど)すごくよかった。上演では写真とかでごまかし勝ちなのに、映画をちゃんと作ってくれたこともよかった。もうアッパレよ。

3幕まで上演すると、かなり長くなりがち、しかも音楽は難解であるのにもかかわらず・・・2幕あとのトイレ待ちのときに並んでいる若い女性たちが「次はどうなるの? ね、どうなるの?」みたいなワクワクな会話をしていたのが心に残る。もうこれは古典オペラを超えている。リアル日常な演劇である。この曲の人気の秘密はこのヘンにあるかと思う。

公演批評の朝日新聞(2003年11月27日)より。なかなかよい批評である。
Lulu1

クリックして読んで!






なお、この公演から何ヶ月後だか、新国立劇場で別の日本人プロダクションによる「ルル」の公演があった。私は、この日生での公演の印象が飛んでしまいそうな気がして、券は取らなかった。ネット上で読んだだけだが、公演までに第3幕まで練習が間に合わなかったという。難しいんだろうなあ、やっぱり。

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3回にも渡る長いラブレターを読んで頂いてありがとうございます。
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2006年10月 3日 (火曜日)

ベルク「ルル」その2

Luludvd昨日の続き)


満を持して、24歳になるまで彼との再会を待っていた私。
しかし、24歳になったといっても、私は精神的にはさっぱり中学生と変わっていなかった。ガキだった。

でも、CDを買ってしまえばこのオペラは私のもの。

シェーン博士は私のもの。

本や解説によく書いてあるように。
この「ルル」というオペラは、作曲者ベルクが死ぬまで10年間も続けたハンナ・フックス=ロベッティンとの不倫の恋愛より多大な影響を受けている。

Hanna ハンナはアルマ・マーラー=ウェルフェルの3番目の夫、フランツ・ウェルフェルの姉である。写真のように大変美しい人である。これじゃヘレーネ・ベルクも勝ち目なし、といったところか(←?)。

ま、そんな感じで。大人の恋愛の機微を当時24歳のアホな私が解するわけもない。しかし、音楽の美しさには相当まいってしまった。CD買って初めて長い全曲を聴いてみたのだが、もう全ての瞬間が美しいと思える。今まで聴かなかったのがホントばかみたい。

その中でもとくに。(いまだに)私を「よよ」と泣かせる瞬間がある。

それは第1幕第2場、実質的には愛人のルルをさしおいて若い身分の良い女性と婚約したシェーン博士がルルに対して「あなたの主人のいるところでなら逢ってもいい」という言葉に対し、

「あなたの主人の・・・」
私がもしこの世の中で誰かのものであるとしたら、あなたのものですわ。もしあなたがいなかったら、・・・私どこにいるか言いたくないわ。
あなたがあなたの時計を盗もうとしたとき、あなたは私をひきとってくださり、私にたべものをくださり、着る物をくださったのよ。・・・このことを忘れられると思って?あなた以外の誰がいったいこの世の中で残された人でしょう?

と、ルルは歌でなくセリフで切々と語る。そのときの音楽もまた、美しく切ない。
あたしが実年クラスのおっさんで、年若い愛人がいてこんなこと言われたらもうたまらないだろう。(どんなシチュエーションでも私には絶対こんなことはないが)

ここはCDで聴いてもDVDで見ても大抵泣く。

他にグッとくる瞬間は沢山ある。もうここに書ききれないくらい。
ルルが、シェーン博士に婚約者への別れの手紙を書かせる場面。便箋を引っ張り出して「書いてちょうだい」と迫る迫る。もう気持ちいいくらいかっこいい。いまならメールで、というところか。

それと、重要なのは舞台転換のときに演奏される「映画音楽」。第2幕でシェーン博士がルルに撃ち殺されたあと、警察がどかどかと入ってきて、舞台は暗転、舞台にはスクリーンが下りてくる。そしてこれからのルルの運命、投獄されたり裁判になったり、レズビアンのゲシュビッツ伯爵令嬢の機転によって救出されるところまでが無声映画で描かれる(ことになっている。ブーレーズ盤のDVDには入ってない。)

ここはもう、音楽の作り方といい、ベルクの設定どおりに音楽とシンクロさせてうまく作ってある映画(本当に設定通りに作ったら制作費が倍かかりそうだが)とあわせて見るときの感動と興奮ったら他のオペラとは比べ物にならないほど凄い。

以前、アンドリュー・ディヴィス指揮&クリスティアーネ・シェーファーのルルの映像をBSで見たのだけれど、かなり克明に映画が作られていて、これは唸った。(ちょっと笑えるとこもあったけれど)

ベルクがもしもっと遅く生まれていてもっと長生きしてたらきっと映画監督になっていたと思う。惜しい

さて、最初に掲げたブーレーズ指揮の初演のDVD。

映像は一度「東京の夏音楽祭」で映画館で見たときは「ああ、これがずっと待ち望んでいた映像なのね!!」と大層感動したもんだった。

しかし。DVDでいざ見てみると、音楽的にも歌唱も演出もすばらしいが、でも・・・なんだろう。視覚的に華がない。美貌の歌手だったはずのストラータスはもうちょっと若やいでいてほしい。おっさんのシェーン博士はまだしも。シェーン博士の息子や「若くて元気だからルルにあてがわれた」画家だったもうちょっと若くあってほしい(ロバート・ティアーはいかにもキツイ)。「天下の名演」に対して非常にないものねだりで申し訳ないが。

ストラータスは「ええ?こんなかっこで歌えるの?」というくらいアクロバティック。殺されたあとのエビゾリもイナバウアー真っ青の凄さである。

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さて、(まだ終わらないよ。私の「ルル」への愛情はまだまだ続く)次回は初めて見た生ルルについて書かせて頂く予定です。

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