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2022年4月30日 (土曜日)

ワーグナー/トリスタンとイゾルデ ウィーン国立歌劇場ライヴ・ストリーミング

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いつか再開するのかな〜とたまに起動してたウィーン国立歌劇場のアプリだか、先日の新国立劇場の「ばらの騎士」に合わせて(なのか偶然なのか知らんけど)本場の「薔薇の騎士」を配信してくれた。新国立劇場だって素晴らしかったけれど、やっぱり本場はすげえなって思いつつ見てた。オクタヴィアン役の歌手が高身長で演技も素晴らしかったしかっこよかったなあ。

次の配信の演目の「ランメルムーアのルチア」は残念ながら全部見切れず。その次がこのトリスタンである。いつまで見れるのかな。演奏は大変素晴らしい。フィリップ・ジョルダンの指揮も(デモーニッシュなところはないけど)軽快で素晴らしい(アルミン・ジョルダンの息子さんね)。

ところで。

「このコロナ禍で悔しかったことベストテン」をやったら(数多く挙げられる中で)「東京春祭のシャーガーさんのトリスタンが中止になった事」がわたしの中では堂々の第一位である。もう彼のトリスタン(や、他の諸役)を見聞きするには、ウィーンやベルリンに行かないといかんのかなあ、とか憂鬱になる。わたしは数多くの「トリスタン」を見聞きしてきたけれど、最初から最後までちゃんと(力を抜かず)歌われたトリスタンは2回しかない。シャーガーさんはその3回目になるはずだった(多分)のである。


この公演でのシャーガーは絶好調で、最初から最後まで声をビンビン響かせている。クルヴェナルやイゾルデと抱き合って歌うところなど、(彼のリサイタルを前の方で見聞きしたもので)相手の歌手は耳がかなりしんどかったのではないだろうか。第3幕でクルヴェナルは瀕死のところなのにイゾルデの到着で力一杯歌うトリスタンの横で耳を塞いでいた(演技なんだろうけど)。

イゾルデ役のマルティナ・セラフィンは前にトーキョー・リング再演の時にジークリンデを歌ってた人である。すっごい声量のある人だなあとびっくりした覚えが(というかわたしの感想では)あるが、まあウィーンでこのくらいよく歌ってくれれば文句はないなって感じのレベル。ブランゲーネのグバノヴァは綺麗で歌も良い。全くどうでもいい事だが、ブランゲーネの衣装のグリーンのワンピースがとても素敵で(なんでイゾルデは同じグリーンでもあんな変な水玉模様なんだろう、でもジャケットの裏地は細かい水玉模様で可愛いな、とは思った)あの柄があったらワンピース作りたいな、とか思った。

ルネ・パペがマルケ王なのも豪華だなあと。パペのマルケ王は随分前にベルリン国立歌劇場の引越し公演で見聞きしたが(その前にフンディングでも見てるな)、相変わらずいい声。しかし、第2幕で子供連れだったのはなぜ。

こんなに素晴らしいレベルでトリスタンを券取れて見られればもう本望よ!ってくらいの公演だと思うけど、やっぱり演出の意図がさっぱりわからんかった。いや、演出の意図がわかるような(プレーンな)演出のワーグナーは、もうドイツやオーストリアのでかい劇場では見られないのかもしれない。第1幕のたくさんのブランコ(大人がブランコ乗ってると黒澤明の「生きる」を思い出す)もびちゃびちゃの舞台もよくわからんし、第2幕の別々の部屋で壁紙や家具やら破壊しまくるトリスタンとイゾルデもよくわからん(コロナで隔離されてるのかと思ったけど違ったみたい)し、生魚を捌いているブランゲーネも気の毒だし(鱗をカリカリ削ったり内臓を出したりしてた)、「この演出は無視して音楽にのめり込むのが1番良い鑑賞法かな」と思うように見てた。

だが、第3幕ではもう無視するとか無理だった。演出家が「ふっふっふ、わたしの演出は観客をこの曲に集中できないようにしてるんだよ」みたいに言われているような気がした(わたしは)。幕が開いてすぐ何十人もの全裸の男女(全裸だぜ)が舞台にいて、男同士で(女同士で?)抱き合ったり〇〇したり。パ〇パンだからまだいいようなものの。画面の前で「ひゃー」となってしまった。シャルマイ吹いてるはずの牧人の役の人も別に楽器を吹くそぶりもなく、座ってるだけだし。

でもまあ、最後はちゃんとトリスタンは死ぬし、愛の死歌ったあとにイゾルデも、結構落ち着いてぶっ倒れてたダイニングセットを綺麗に整えてトリスタンを座らせ、自分も向かいに座って死亡。「本当はこんな生活を夢見てたんだよね」みたいな不倫カップルの死に方(かな?)。

 

 

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2022年4月26日 (火曜日)

ポーランド音楽の100年<1924年>(ロジェ王)

英国から個人輸入した36枚組も、3枚目にして(わたし的には)メインな1枚。これを聞けばもうあとはどうでもいい(嘘です)。

CD3

シマノフスキ:歌劇「ロジェ王」

ロジェ王/ヴォイチェフ・ドラボヴィチ(Br)
ロクサーナ/オルガ・パシェチニク(S)
エドリシ/クシシュトフ・シュミト(T)
羊飼い/ピオトル・ベチャワ(T)
大司教/ロムアルト・テサロヴィチ(Bs)
女助祭/ステファニア・トチスカ(Ms)
アラ・ポラッカcho、ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴィエルキO&cho
ヤツェク・カスプシク(指)
2003年録音
<台本>カロル・シマノフスキ、ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチ

あらすじ:12世紀、ロジェ王統治下のシチリア。美しい羊飼いに変身したディオニュソスが、新しい宗教を広めようとしているが、ロジェ王ほか聖職者たちと対立。しかし人民たちは段々と羊飼いの虜になっていく。最後はロジェ王と側近のエドリシだけが取り残される。

詳しいあらすじはWikipediaに載ってたのでそちらを参照(逃)。

(田村進/著 ポーランド音楽史を参照させていただきます)
1911年にイタリア各地を訪れたシマノフスキは特にシチリア島の神秘的で色彩的な美しさに魅せられたようで(1914年にもリピしたらしい)、ここがオペラ「ロジェ王」の背景となった。親友のイワシュキェヴィチの草案を元に、台本はシマノフスキ自身も手を加えて1920年には出来上がり、作曲は1924年に完成した。

まあとにかくベチャワの羊飼いが聞ける!というだけで有難い一枚。カスプシク筆頭に演奏者は多分全員ポーランド人であろう。いやもう、シマノフスキの曲はポーランド人が演奏してくれるのにこしたことない(ラトルをディスってる訳ではないんだけんども)。そしてとにかくベチャワの美声!ディオニュソス感が素晴らしい。いや具体的にはディオニュソスってどんなんだか。まあ陶酔的な感じだ(←テキトー)。イタリアもん、ロシアもん(と、ローエングリン)しか知らん日本のベチャワ・ファンよ。自国ものを聞いてこそ、ファンではないかい(いえ、どっちでもいいんですけどね)。

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特別展 「宝石 地球がうみだすキセキ」<国立科学博物館>

いつものように、有給休暇は上野でお寿司を食べて、展覧会へ。
今日はちょっといいお寿司にした(1800円くらい)。仕事で気に病むことがあり、美味しいものを食べてリフレッシュ(なかなかそうもいかんが)。

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今週末、友人とトビカンに行く約束をしているので、今日はカハクヘ行くことに。大人気の宝石展だが、そんなに宝石には興味なし。でもアクセサリーは好きなので(買うより作る方)見に行くことに。イヤホンガイドはなぜかカズレーザーさん。まあ、面白いとは思うけど人気声優さんでないのは近頃珍しい。誰得なの?

平日昼間だがまあまあ人はいた。キュウキュウというほどではなく見やすい感じ。女性が多い。

始めの方は、こんな原石な展示がたくさん。これはなんだったかな?アメジストだっけ。すっごいでっかい石の展示たち。

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石鹸か?と思うくらいでっかい宝石の展示。

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色々な、初めて知るような宝石がたくさん。

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アンモライト。アンモナイトの化石ね。

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大変美しい宝石とアクセサリーの数々の展示で、キラキラしてて目が痛くなるくらいだった。展示のうち、最初の階は撮影自由だった(上の階に上がると貴重品ばかりで撮影不可)。みんなバシバシ撮影してたので、「なんでこんなん写真撮ってるの。手にはいる訳でもないのに」とか思ったが、ブログに書いてて気がついた。もっと撮ればよかった。宝石好きのマダムたち(・・・というにはちょっと違う外見だったけど)が「これ見たことあるわ」とか「前私こういう原石持ってたけどあげちゃったの」とか自慢だかなんだかわからんけど盛り上がってて楽しそうだった。

たくさんの美しい豪華なジュエリーやアクセサリーの展示を見ていると、どこからともなく怪盗キッドがマントでひらりと飛んできたり、ルパン三世が天井から綱を伝って降りてきたりとかするところを想像してしまう。

カメオの展示が美しかったので、写真を撮った。
これはキリスト様を彫刻したもの、アクセサリーではなく、飾り用だね。割とでかい。

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これは指輪。とても古いものらしい。
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最近、買った宝石というと、入り用があり慌てて法事用に買った真珠のネックレスくらいだ(一応鑑定書付きの本物だが安い)。カメオのブローチが欲しいなあ、とか思ったけど別につけていくことはなさそうだし、無駄かなあ(←オペラに行くのだって普段着で行くくらいの普通のクラヲタ)。ミュシャのカメオとかあったけど撮影できない部屋だったので、撮らず。

グッズはいつものように充実していたが、欲しいものはあまりなく(ボールペンかわいいなあとか思ったけど)。友達のお土産に佐久間ドロップ買ったくらい。ガチャガチャに挑戦するも、なんか1番ハズレの黒い小石みたいなのが出てきた。500円もしたのにただの石かよ。悲しい。

 

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2022年4月20日 (水曜日)

バッハ/マタイ受難曲 バッハ・コレギウム・ジャパン 2022(ミューザ川崎)

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バッハ :マタイ受難曲

指揮/鈴木雅明
バッハ・コレギウム・ジャパン 
ハナ・ブラシコヴァ  中江早希(以上S)
ベンノ・シャハトナー  青木洋也(以上A)
トマス・ホッブス  櫻田亮(以上T)
加耒徹   渡辺祐介(以上Bs)
(4月17日 ミューザ川崎)

復活祭の日?に鑑賞。何度も言っているが私は真言宗なので(家が)、キリスト教に縁がない。この季節にBCJが毎年マタイを演奏するんだなあ、とはうっすら思ってたけどそんなに意識してなかった。しかし聖金曜日から復活の日まで三連ちゃんで大曲マタイって、実はすっごくキツくないか?結構な長さであり、エヴァンゲリストやイエス様は結構出ずっぱりだし。

私はマタイ全曲を生で聴くのは4回目である。最初は大学の時に学生オケの友人に連れて行かれ「マタイ受難曲を全曲聴くと、性格変わるよ」?みたいなことを言われたが全部聴いても2人とも変なクラヲタのままだった。その時はどこの団体の演奏か忘れた。まあ全員日本人だったのは覚えている。次に聴いたのは随分時が経ってから、本家本元聖トーマス教会&ゲヴァンドハウス。

BCJのマタイは2回目だ。前の感想はこのブログに残してないので探さぬよう。今回は中江早希さんがご出演ということでちょっと興味が湧いて券を購入。でもまあ、意外と歌うとこ少ないのね。BCJは独唱者も合唱団の1人として歌を歌うスタイル。合唱団は少数精鋭だから(コロナっていう訳でもない)、一人一人の声が目立つし、たまに村人Aとかみたいな感じでソロもあったりする。

コロナ禍ながら、外国よりソリストが3人。ソプラノのハナ・ブラシコヴァさんはウクライナカラーのちっちゃなリボンをつけて参加。そうそう,このご時世だからちょっとだけ「メンゲルベルクのマタイを聴くような感じがあるのでは」、などと思ったが、あの録音ですすり泣きがきこえる39曲めの「憐れみたまえ、我が神よ」のところは特にすすり泣きは聞こえず(男声アルトだったから?)。

代わりに、ソプラノのアリアの時に私の隣に座っていた女性が猛然とすすり泣きし出したので「ああ、ちょっとメンゲルベルク状態」などと思ったりした。やはり女性の歌の方が泣けるのかな、関係ないか。ブラシコヴァさん素晴らしかったしねえ。

私は別に泣けたりはしなかったんだけど(ババヤンのバッハの時は泣けたがのう)、1番好きなバスのアリア(42曲目)が聞けて嬉しかった。あのヴァイオリンのソロが大好きなんだよね。ノリノリで聴いてたら隣に座っていた見知らぬ紳士もノリノリだった。なぜか譜面がめくれてなかったのか、鈴木パパがヴァイオリンソロの人の楽譜をめくってあげたりしてた。

バッハなので、ヘンデルほど華々しい楽器は少ないし、バルブのないトランペットなどはいなかったんだけど(寂しい)、オーボエの人の持ち替えで「なんじゃあのくるりんと曲がった笛は!」とか思ったりした。オーボエ・ダ・カッチャっていう楽器のようだね。あと、参加の予定はなかったという鈴木息子さんがチェンバロ弾いてて嬉しかった。海外公演からの帰国だったけど、隔離期間があんまりなくてよくなったみたい。BCJの時はやっぱり鈴木息子さんの顔が見れないと寂しいね。

声楽のソリストも皆素晴らしかったけど、イエス様役の加耒徹さんが、二期会ルル(シェーン博士)以来の「イケメンの外見と合ってない」役で(いや、私が思ってるだけですが)、「いやこのミュージカル俳優並みにかっこいい歌手がどうしてキリスト様に思えようか」などと最初は思ってたけど、やっぱりすぐ慣れた。声は素晴らしい。前に行った聖トーマス教会ん時のイエス様より全然よかった。

こういうご時世のせいなのか、今回の演奏はバロック路線というよりはドラマティック路線のようだった。凄いドラマティックだった。「バッラバ〜〜」とか怒りに震えているようだった。

しかし、このような有難い演奏会にも変な客はいるようで(珍しい)、私の前に座ってたカッポーは女性の方が男性の肩にもたれかかったりしてイチャイチャしだした。休み時間に(退屈だったのか)女性がキレてたみたいで、第一部が終わったら帰った。バチが当たればいいのにって思ってたのでホッとした。

家に帰って「やっぱりマタイはいいな」って思って持っているコルボのやらヘルメスベルガーのやらCDを聴いてたんだど、YouTubeで出てきたラミンの古い録音がめっちゃくちゃ素晴らしかった。テンポも理想的だしカール・エルプとかゲルハルト・ヒッシュとか時代を感じる独唱者も素敵だ。しかしカットがめちゃくちゃ多く(蓄音機時代だから?)、私の大好きなバスのアリアは当然のように飛ばされていた。なんということだ。でもコルボもヘルメスベルガーも素敵よん。

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演奏会に出かける前に、何かお笑い芸人さんがいろんな大学に取材に行くみたいな番組をやってて面白く見てたんだけど、お見送り芸人しんいちさんがどこかの音大に行ったらなんとテノールの望月哲也さんが先生として登場して、お見送り芸人しんいちさんが「高い声がうまく出ない(知らない方に一応ご説明すると、彼はこないだRー1グランプリで優勝した、歌を歌う芸人さんです)」とこの日本を代表する名歌手に相談してた。お見送り芸人しんいちさんはちょっとのレッスンでとても良い声になったので、望月さんはやっぱりさすがだなあと思った(こんなお笑い番組見てるような視聴者はほとんど望月さんを知らないだろうなとは思ったけど)。

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2022年4月16日 (土曜日)

ポーランド音楽の100年<1921年〜1923年>

英国から個人輸入したCD36枚組「ポーランド音楽の100年」についての解説の2回目。このところオペラに出かけているのと残業続きで(今に始まったことじゃないけど)なかなかiPadに向かうヒマがない(パソコンが死亡しているのでiPadで書いているのだ)。

CD2

<1921年>
アレクサンデル・タンスマン:7つの前奏曲
イグナツィ・リシエツキ(ピアノ)
2018年2月録音

(解説書より意訳)タンスマンは1919年の終わりにパリに移り住んだ。開花した才能と完璧な外見を備えた彼は、すぐにアール・ヌーヴォーの首都に根を下ろした。これは芸術サロンへの紹介者であるモーリス・ラヴェルの認識のお陰であった。タンスマンの作品で、パリ移住後最初に出版された楽曲がこの7つの前奏曲である。これらの楽曲はタンスマンの内向的で洗練されたピアニスティックな芸術性を当時のパリの聴衆に紹介している。(中略)この曲は1922年5月6日に、アルフレッド・コルトーの弟子のHenri Gill–Marchexにより初演された。

(追記)タンスマンをポーランド音楽と言うにはちょっとアレだが、なんというか、カティンさんが弾いたら似合いそうな感じの曲だ(←テキトー)。

<1922年>
エウゲニウシュ・モラフスキ:バレエ音楽「シヴィテジアンカ」
ウカシュ・ボロヴィチ指揮 ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴィエルキ管弦楽団
2017年11月録音

(解説書より意訳)バレエの台本はミツキェヴィチの原作の筋書きを作曲者本人が大きく変更したもの。このバレエの主人公は村の娘サーニャで、彼女の恋人のランバージャック・ウィットには、彼女の愛情を金銭で手に入れようとする恋敵、リシュ王子がいた。サーニャに拒絶された王子は、復讐のために村のお祭りでウィットに罠を仕掛けて誘拐した。絶望したサーニャは湖で溺死する。第二幕では王子がウィットの服を着て変装し、湖の妖精となったサーニャをウィットの演奏する楽器で呼び出そうとする。王子の下僕によってウィットは殺されてしまう。楽器によって呼び出されたサーニャはウィットの服を着た王子の正体を見抜き、王子を誘惑して湖に引き入れ殺す、というあらすじ。


(追記)ポーランドラジオでは彼の別のバレエ音楽「愛」がたまに放送されていたので、結構気に入っている作曲家の1人。「愛」の方が有名なのかもだが何しろ長いのでこっちが収録されたのかな。「シヴィテジアンカ」もなかなか素敵な曲で、ロマンティックでありながらちょっと近代的なところもあり、しかもゴリゴリの無調という訳でもなく聴きやすい。ポーランド音楽の中でもおすすめ。なんと!YouTubeに「」も「シヴィテジアンカ」も上がっているので聞いてみて(それじゃこのCD買った意味はどこに)。特に「愛」は合唱も入り、SF映画みたいでなかなか格好いいぜ。内容は知らんけど。

<1923年>
アポリナリ・シュルト:交響組曲「パン・タデウシュ」
ミハウ・クラウザ指揮 ポーランド放送管弦楽団

(解説書より意訳)シュルトは作曲家として始めは有望視されていたが、彼は「若いポーランド」(ポーランド近代における音楽や演劇などの芸術家のグループ)のメンバーとして激しい芸術的生活の坩堝にいることに気づいた。だが、彼の才能はすぐに翳りを帯びてきた。彼がロシアに滞在してる間(1911〜18)、彼は作曲さえ放棄してしまった。ポーランドに戻ってからは彼は再び作曲を始めたものの、彼の音楽は変わってしまった。若い頃のモダニズムが姿を消し、後期ロマン主義、特にシュトラウスをモデルとして作曲をし始めた。(中略)彼の保守的かつ愛国的な傾向は「パン・タデウシュ」と題された交響組曲で表現された。後期ロマン派のオーケストラアンサンブルと交響詩に近い性格のプログラマティックジャンルの選択は、どちらも古風なものでした。それにも関わらず、音楽は旧世界の魅力に満ちている。その特徴はポーランドの舞踊、特にポロネーズの様式によって決定されている。

(追記)この時代のあんまり有名でない作曲家にありがちな、Rシュトラウスの音楽の影響を受けまくっているが、どっちかというともうちょっと後から出てくる私の大好きなルジツキの音楽に似ている。甘い甘いメロディに満ち溢れている。ところで「パン」ってポーランドの名前でよく出てくるけど、英語では Sir って意味だったのだね(と、今頃知った)。

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2022年4月10日 (日曜日)

新国立劇場 ばらの騎士 2022

 

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R・シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」

【元帥夫人】アンネッテ・ダッシュ
【オックス男爵】妻屋秀和
【オクタヴィアン】小林由佳
【ファーニナル】与那城 敬
【ゾフィー】安井陽子
【マリアンネ】森谷真理
【ヴァルツァッキ】内山信吾
【アンニーナ】加納悦子
【警部】大塚博章
【元帥夫人の執事】升島唯博
【ファーニナル家の執事】濱松孝行
【公証人】晴 雅彦
【料理屋の主人】青地英幸
【テノール歌手】宮里直樹
【帽子屋】佐藤路子
【動物商】土崎 譲
【合唱指揮】三澤洋史
【合唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】多摩ファミリーシンガーズ
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【指揮】サッシャ・ゲッツェル
(2022年4月9日 新国立劇場)

このオペラを新国立劇場で見るのは初めて。それどころか二期会でも見たことないから日本人がこのオペラ諸役を演じるのを見るのは全く初めてなのである。

私のばらの騎士観劇歴(そこそこ輝かしい)

・1994年 カルロス・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場(日本公演、千秋楽)

・1995年 ペーター・シュナイダー指揮ウィーン国立歌劇場(ウィーン、クライバー公演の主要4キャスト以外は全部同じ配役)

・2007年 フランツ・ウェルザー=メスト指揮チューリッヒ歌劇場(日本公演、ニナ・シュテンメのマルシャリン、カサロヴァのオクタヴィアン)

他の演目では二期会や藤原歌劇団はそこそこ見に行ってるので、決して「日本人の演じるオペラなんて・・・(ぷっ)」などと思ったことは全くなかったが、流石に本場の公演しか見たことないから最初はちょっと(日本の人が演じるオクタヴィアン、ほぼ宝塚)違和感があった。しかしすぐ慣れた。

前評判で、指揮者の振りがほとんどクライバーのコピー、というTwitterで溢れてたので、本物を2回見たことある者として(えっへん)、2階席の前から4番目で観客の頭をかき分けながら高性能オペラグラスで幕があくまで凝視していたが正直「・・・そうかな、そうかもしれない」くらいな感じだった。てか、あんましよく見えなかった。

しかしまあ、最初のホルンの咆哮から、そうそうオックスのワルツもだけど、「アレ?ここウィーン?」って思うくらい違和感なかった。全然ウィーンだった。ぶっちゃけ学生時代によく実家のビデオで見ていた後の方のカラヤンよりウィーンだったかも。この指揮者全然知らなくてどこの出身かも経歴も知らんかったんだけど、公演見たあと(遅いわ)、Wikipedia見て納得。ウィーン生まれで、指揮者になる前はウィーン・フィルでヴァイオリン弾いてたらしい。これはねえ、身についているんだね。何がどうって言う説明はできないけど、ワルツを刻む「ずんちゃっちゃ」じゃなくて「ずちゃ・っちゃ」なのは当たり前として、かなり雰囲気は掴んでいたと思う。まあ、日本のオケがウィーン・フィルばりにうまい、とか言ってる訳ではないんだけど。

指揮が良ければオケも頑張るし、歌手だってのるし。なんて良い化学反応だろう。指揮だけで私の今まで見た新国立劇場の公演でもかなり良い方に入る。

とはいえ、歌手も素晴らしかった。日本で初役というダッシュ、ローエングリンのエルザでしか(テレビで)見たことなかったけど、マルシャリンでの立ち振る舞いはなんという違和感のなさ。「え、初役をこんな東洋の島国で見せちゃっていいの?」と最初は思ったのだけど、おそらく欧米の歌手はヨーロッパの大舞台を踏む前に日本で試運転をするんじゃないかな(ってのをどこかで読んだ気がする)。新国はアジアでは多分最高峰の歌劇場だし、聴衆の耳も肥えてるし熱心だしマナーも良い。おまけに反応が早く観客はすぐに感想を(幕間でも)Twitterで呟く。こんなに良い試運転はないだろう。日本で肩慣らしをしておいて、次はザルツブルクとかウィーン国立とかドイツのおっきな劇場で歌ったりするんだろうな。

オペラ好きとしての習性として、歌手の外見は二の次で頭で修正して見るのだが、今回はあんまりそれが必要なかった。大抵のマルシャリンは設定よりかなり老けていて、17歳と2ヶ月の少年がお付き合いするにはちょっときついかも・・・と思うことが多い(というか考えないようにしている)けど、ダッシュだったらまあ、まだいけるかなという気がする。そんで、日本人が演じるオクタヴィアンは若干小柄ながら遠目なら(いやオペラグラスで見ても)大体17歳でも許される範囲の可愛さだった。まあ、オッターのような凛々しさは西洋人でもちょっと難しいことが多いかもだが。(ケイト・リンジーのオクタヴィアンが見てみたい❤️です。)

外見のことばっかりで申し訳ないけど、ダッシュは演技も女優かなってくらい良かった。女の私でも見惚れちゃうくらい(隣に座ってた老夫婦のおじさまがオペラグラスで胸の谷間をガン見)。声もワーグナーで鍛えてるからよく通り、良い良い。他の日本人の歌手さんもそれに引き上げられているのか、二期会公演では見られないかも?くらいな名唱が繰り広げられた。二期会の夜の女王、安井陽子さんも最初は(ちょっと苦しいのかな)という感じの高音で珍しいな、とは思ったけどだんだんとルチア・ポップばりの歌唱だった(褒めすぎ?)。ただ、歌手のせいではないけど、登場の時の衣装がグレーでなんかあんまり可愛くなくて、ビジュアルありきのこのオペラではちょっと違和感を感じた。ゾフィーにはシルバーとか薄いピンクを着せてあげたい。

新国のバスといえばこの人、妻屋さんのオックスはとても楽しく拝見。第3幕のハゲ頭はわざわざ剃ったのかな。ただ、あまりにクルト・モルの映像を見慣れてしまって(カラヤンでもクライバーでも)、妻屋さんでさえ「若くて清潔感がありかっこいい」とか思ってしまうので(ほんとですってば)、クルト・モルの怪演はやっぱり世界一かと。あのスケベハゲ親父っぷりはなかなか他の歌手では出まい。

あとは、(別にかっこいい必要はないのに)与那城さんのファーニナルがかっこよくて見惚れてたわ。なんか遠目に見てちょっとステファン・ランビエールっぽいなと思った(あくまで遠目にだよ)。マリアンネが森谷さんって贅沢だけど、これはダッシュがこれなかった時のためかな。森谷さんはマルシャリン、二期会で歌ってるけど。いやでも、ダッシュ来なかったらほとんど二期会(笑)。テノール歌手役にイタリアオペラでは主役級の宮里さんって贅沢。あと、別に歌わないけどモハメッド役のお子ちゃまが可愛いかった。

この日は土曜日で、ネットでの評判を聞きつけてこのコロナ禍でも珍しくほぼ満員。大喝采だったけどあいかわらずブラヴォー禁止で苦しい。紙に「bravo」とか書いて持ってようかな(2階席じゃ見えないか)。欧米のネット放送で見るともうブラヴォーは解禁されてる気がするんだけどな。

この公演とは関係ないけど、山響で「薔薇の騎士」ハイライト的なものをするらしく、石橋栄実さんのゾフィーかあ(ちょっといいなあ)って思った。別件あるので行かないけど。

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2022年4月 2日 (土曜日)

ワーグナー/ローエングリン 東京・春・音楽祭2022

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何年ぶりになるのかな、春祭のワーグナー。私は2017年の「神々の黄昏」以来らしい。コロナになってシャーガーさんのトリスタンが中止になってもう何年かな。もう、日本にいる限りシャーガーさんには会えないのでは、という悲しみが襲う。

それでもまあ、久しぶりにヤノフスキは日本にやってきた。相変わらずの低い譜面台が懐かしい。

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そもそも、ワーグナーのオペラではあんまりローエングリンは見ない方。何故かというと、日本で大人気の歌手さんが大体タイトルロールなんで。私はあの歌手さんが苦手なんだよね。なので春祭も新国立劇場も縁がなく。あ、二期会は行ったよ。今回はツィトコーワたん目当てで券をゲット。でも、直前になってキャンセルに。まさか、ロシア人だからってことはないよね。

そんで、キウリってとっても覚えやすい名前の歌手が代役に。

とにかくまあ、ワーグナーのオペラが全曲聴けるのであれば、演奏会形式でもありがたい。今やほとんど日本人キャストの新国立劇場を思えば、こんなに外人の歌手がキャストを占めるのはコロナ以来珍しい。コロナ前とほとんど変わらない・・・東京オペラシンガースさんがちょっと人数が少ないかな?というくらい。

いつもはキュッヒルさんがコンマスを務めているのが目玉の1つだったが、今回は白井圭さんがコンマス。それもまた良い。ワーグナーのオペラで大活躍の舞台裏のバンダの金管楽器とか合唱とか聞くと、やっぱりオペラはこうじゃなくちゃね、というなんか懐かしい気持ち。コロナ前は普通だったのに。

あと。このところのヨーロッパ情勢で、このオペラが随分昔の筋書きながら、ドイツ軍がハンガリーに攻めるとか?以前と比べて昔の話っぽくなくなっている感が(対訳を見ながら鑑賞すると特に)ある。そのオペラをポーランド人が指揮してるってのもねえ(気にしすぎか?)

歌手は・・・タイトルロールは腹の出っ張ったメガネのおっちゃんが担当。3等席だったんだけど舞台が結構見える席だったので、正直、あまり見ないようにはしていた。声はなかなかいいなって思ったけど、第3幕ではやっぱりちょっとつかれてた感。でも、最後の最後は盛り返して頑張ってたよ。

それとは打って変わって、エルザ役のオオストラムという歌手はとっても素敵だった。外見も金髪でエルザらしくて美しかったし、声量がありどこまでも伸びる声がすごく素敵だった。失礼だけどローエングリン役のヴォルフシュタイナーはあんまり見ないでエルザばっかり見てた。

オルトルートのツィトコーワたんの代役のアンナ・マリア・キウリという歌手は覚えておいていいと思う。「予習」と称してこのところ昔のサヴァリッシュ/バイロイト盤を聴いてたんだけど、愛するヴァルナイ様のオルトルートを思わせる悪役っぷりだった。いやホントですってば。旦那役のシリンスはちょっと悪役要素が足りなかったなって思ったけど声楽的には良かったと思った。

男声ではハインリヒ王役のタレク・ナズミという歌手さんがとってもいい声で外見も押し出しが立派でとても良かった。彼が歌うところを待ち遠しくしていたくらい。伝令のホレンダーって歌手も頑張ってたけど、うーん、伝令と言えば石野繁生さんの素晴らしさを超えるものは今の所なし。

演奏はもちろん素晴らしく、とは言えそういえば二期会の準メルクルの方が指揮は好みだったよなあとか思いつつも、こんな素晴らしいキャストで聴けるのは本当にありがたく、最後はやっぱりスタンディングオベーション。第3幕の登場で拍手が終わる前に演奏を始めたのは、同じポーランドの指揮者のヴィトみたいだなあとか思ったりもした。曲は違うけど。

最後は拍手が鳴り止まず、N響さんが片付けを終わった後も鳴り止まず、スタンディングオベーション。やっと指揮者が挨拶に出てきてそれで終了。このご時世でやってきて下さった指揮者にも歌手の皆さんにも、もちろん関係者の方々にも感謝。演奏後Twitterを検索し、ワーグナーの時はいつも悪口を撒き散らしてる ○こ○○さんをまた非表示にした自分の行動も懐かしさを感じた。いやこんなに文句言うならドイツにでも移住したらいいのに。

終演後、上野駅の駅弁売り場が200円引きだったので購入。私がこれを購入したら後ろに並んでたお婆さま方も買ってて笑った。

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いやあ だって金目鯛と鰻とシャケ乗ってた買うでしょ。美味しかったし、また見かけたら買いたい。これで(200円引きで)900円ちょいは安い。

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それと・・・明日、去年夫に先立たれた高校時代の友人と久しぶりに会うので、ちょっとでも笑顔になってもらおうと上野駅でお菓子を購入。しかし、なんで私の(かなり親しい)友人って夫に先立たれる人多いんでしょう。もう3人目だ。

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