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2022年3月30日 (水曜日)

セルゲイ・ババヤン ピアノ・リサイタル(東京文化会館小ホール)

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トーハクの後は、ハルサイ。有給休暇取得が決まった後、「なんかいいコンサートないかなあ?」と思って探したらちょうどよくその日にあったコンサートをチョイス。ババヤン、名前は聞いたことあるけど何で?って思ったら、前の前のショパコンから贔屓にしているピアニスト、ダニイル・トリフォノフのお師匠さんだった。えええ、あの変態ピアニスト(注…褒め言葉です)を形成した先生は一体どんな演奏をするのだろう。興味津々である。

この日は予定していたプログラムと随分変更があった。アルヴォ・ペルトの「アリーナのために」とリャボフの幻想曲「マリア・ユーディナの思い出に」という曲がなくなり、シューベルトの歌曲のリスト編曲やシューマンに変わり、バッハの平均率クラヴィーア曲集はなぜかブゾーニ編曲の無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータよりシャコンヌになり、まあ他にも色々変わった。

アルメニア出身のこのピアニストは、ここ一ヶ月ほどのヨーロッパ情勢に心を痛め、心情的に弾けない曲はチェンジされた。まあ、マリアなんちゃらさんの曲は流石に政治的にちょっとな気がしたなあ。あと、この日は有料でライブストリーミングの予定であったが、「カメラで映されながら弾くのは心情的に無理」とのことでそれも無しになった。楽しみにされてた方は気の毒に。

正直、わたしはあんまりピアノ曲に詳しくない人なので、知らん曲が多くて退屈でウトウトしてしまうのではと危惧していたが、全然そんなことはなかった。心揺さぶられる音楽が繰り広げられた。

この日の観衆は、おそらくピアノの勉強をしている音大生や、ピアニストとして活動していると思われる方がかなりの割合で占めていたのではないかと思われる。ついこないだの、ソーリー出演のコンサートの時の観客とは雰囲気がまるで違っていた。みんな(色々と)本気だった(別に反田氏のコンサートのお客様がふざけてるわけではない)。滅多に日本では聞けない変態・・・じゃなくて天才ピアニストの演奏を信じられないくらいの集中力で鑑賞していた。


最初のバッハ=ブゾーニのシャコンヌの演奏からしてやばかった。何だろう・・・私は当日いつものようにネットで予約してたコンサートの券を近所のセブンイレブンのおばちゃんに発券してもらってた。でもなんか、「そんな、セブンイレブンでガガガって券を出してもらってお手軽にこの演奏が手に入っていいのか!」って思うくらいすごかった。まるで・・・(想像です)戦地で敵の攻撃から逃れ、命からがら国境まで逃げて、やっと安全な建物を見つけて入ったところがたまたま無人のコンサートホールでピアニストが演奏しており、それを聞いているような感じがした(伝われ)。会場で一緒に聞いていたピアニストさんたちはどう思ったのかわからないけど、このピアニストの心の叫びに、私は一曲目から泣いていた。

普段の演奏会ではありえないのだけど、ほとんどの曲はアタッカで、拍手が入ることなく演奏された。ホールが響きすぎるのか、私が前すぎたのか(でも2等席だったんだけどね)、ピアノの音が凄い響いていた。(失礼かもだけど、反田さんがピアノの響きのためにラーメンたくさん食べて太ったって理由がわかった。ガリガリじゃあの音は出まい。)

ラフマニノフとか何だろう、もう圧倒されて息もできないくらい。休憩後のリストもそのあと続けて演奏されたクライスレリアーナもなんか、全部リストがシューマン弾いてるような演奏だった。ふと思った、弟子のトリフォノフのことを。あんな変態天才ピアニストが形成されたのはこの先生だったらわかるような気がした。

普段、あまりアンコールに応えない演奏家らしいのだが、この日はバッハのゴルトベルクのアリアを弾いてくれた。平和を祈っているような静謐な演奏にまた心を揺さぶられた。たまたまだけどこのコンサートを見つけることができて良かった。日本の演奏家さんや演奏家の卵さんたちもこの演奏からたくさんのことを吸収できたのでは、と思う(Twitterを漁ってたら、上原彩子さんもいらしてたらしい)。


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