ポーランド音楽の100年<1918年〜1920年>
ポーランド独立100周年を記念して、ポーランド音楽出版社のレーベルAnaklasisがリリースした超豪華36枚組を聴いて何かまとめてみようという(私が)、無謀な企画。何冊もある豪華解説書はもちろん全部英語だ。しかも、こんなにたくさんの冊子をくっつけておきながらオペラや声楽曲の歌詞の記述や英訳はないんだぜえ。騙された感じ。
1918年から100年間、その年を代表すると思われる曲を(出版社が勝手に)1曲チョイス。作曲家1人につき1曲というわけではなくシマノフスキは結構何曲も選ばれている。贔屓。
英語の解説を何とか訳してみようかと思ったけど結構無理だった。1曲目から心が折れた。あんまり参考にしないで。
CD1
<1918年>
カロル・シマノフスキ:狂ったムアッジンの歌 Op.42
詩:ヤロスワフ・イワシュキエヴィチ
1.アッラー、アッラー、アクバル…
2.正午に街は暑さから白くなる
3.街が眠る時間に…
4.西部の砂漠に出発したあなたは…
バルバラ・ザゴルザンカ(ソプラノ)
ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴェルキ管弦楽団
ロベルト・サタノフスキ指揮
(解説書より意訳)シマノフスキの東洋への興味は徐々に高まった。ターニングポイントはハーヴィズの愛の歌との出会いだった。そのオーケストラ・バージョンは彼がドイツの作曲家の影響から解放された瞬間であり、地中海の太陽が降り注ぐおとぎ話の段階の始まりであると考えられていた。?
ヤロスワフ・イワシュキエヴィチの言葉によると、シマノフスキが夢中になったムアッジンの歌は、彼の一連のオリエンタルな作品の最高の瞬間であった。第一次大戦によって世界から切り離された作曲家は、1914年のアフリカ旅行での貴重な思い出のイメージからシンプルと官能性を発見した。
(追記)シマノフスキは足が不自由だったそうなので、第一次大戦はロシア軍(まだロシア領だった)の徴兵から逃れて、その陰で次々と傑作を生み出して行ったわけですね。大戦勃発直前にイタリアとアルジェリアに旅行に行き、その時の影響からエキゾティックな作風の歌曲集「ハーヴィズの愛の歌」や交響曲第3番「夜の歌」、ヴァイオリン協奏曲などが生まれたわけですね。この「狂ったムアッジンの歌」の詩の作者イワシュキエヴィチは文学家で、作曲者の親友(意味深)とのこと。のちの傑作、歌劇「ロジェ王」も彼と2人で台本を共同執筆しました(意味深)。ところで、ムアッジンっていうのはアラビア語でイスラム教の礼拝(サラート)を呼びかける役の人のことだそうで、Wikipediaによると「狂人や酔っ払いはこの役職をやってはいけない」みたいなことが書いてあったんですけど。はて。
<1919年>
カジミエシュ・シコルスキ:交響曲第1番イ短調
ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
マジェナ・ディアクン指揮
(解説書より)カジミエシュ・シコルスキ(1895〜1986)ワルシャワ・ショパン大学でFelicjan Szopskiに作曲を学び、ワルシャワ大学哲学部で哲学と法律を学び、リヴィア大学で音楽学を学んだ。1920年代半ばに1年間の奨学金を得て、ナディア・ブーランジェに師事するために留学した。ロシア占領中、彼は地下音楽院の所長を務めた。戦後、彼はウッチの州立音楽学校の第一学部の学部長を務め、後に牧師を務めた(1947〜54)。1954年に彼はワルシャワに移り、彼の教育キャリアの終わりまで州立音楽学校に所属していた。彼は対位法と和声だけでなく、作曲も教えていた。シコルスキの別の貢献は、ポーランドの作曲家や理論家の世代全体が育てられてきた一連の和声、対位法、オーケストレーションの教科書である。
シコルスキの初期の作品は、ロマン派の伝統から生まれました。彼は手段のバランス、構造の正確さ、厳格な形式への嗜好を特徴とする典型的なフランスの新古典主義を支持し、後に放棄しました。彼は6つの交響曲、3つの弦楽四重奏曲、協奏曲、スターバト・マーテル、そしてポーランド民謡を基にした合唱曲などを残しました。
(追記)ポーランド以外ではあんまり知名度が高くないシコルスキですが、彼が今も名を残している偉業といえば、ポーランド国歌「ドンブロフスキのマズルカ」のオーケストレーションをしたことだそうで、今も使われているそうです。ポーランド国歌の歌詞はそりゃあもう戦乱の歴史を全部歌ってる感じで、日本の国歌の歌詞の単純さと比べると「ああ、色々あったんだねえ」と感嘆してしまいますね。
肝心の収録の交響曲ですが、古典的な部分とやや近代的な部分がうまくミックスされたまとまった良い交響曲ですね。曲想もなかなかヒロイックだし。長さも35分くらいだし、アマチュア楽団の方々、演奏されてみたらどうでしょう。
<1920年>
ルドミル・ロゴフスキ:ファンタズマゴリーズ
1.子守唄(マヤが歌う)
2.クリシュナの踊り
3.ガネーシャへの祈り
4.カーマのミツバチ
5.アグニの召喚
イザベラ・コペッチ(メゾ・ソプラノ)
ポーランド国立歌劇場テアトロ・ヴェルキ管弦楽団
ウカシュ・ボロヴィツ指揮
(解説書より)ルドミル・ミハウ・ロゴフスキ(1881〜1954)ワルシャワ音楽院でノスコフスキに作曲、スタトコウスキとムイナルスキに指揮を学んだ。その後、彼はライプツィヒ、ミュンヘン、ローマで研鑽を積み帰国後ビリニュス(リトアニア)のオルガニストの音楽学校のディレクターを務めた。これに加えて、彼は作曲家、活動家、ジャーナリストとしても名を馳せた。ビリニュスの交響楽団を経てパリへ移り、その後ワルシャワでノウォチェスニー劇場の音楽監督を務めた。第一次大戦の勃発6日前に彼はフランスに戻った。1921年にポーランド独立後に故郷に戻るも、批評家には評価されず、シマノフスキを取り巻くコミュニティと対立したため、彼は永遠にポーランドを去ることを決めた。1926年に彼はドゥブロヴニクに移り、死ぬまでそこに留まった。彼はアドリア海のそばで6つの交響曲のうち5つを書き、その他一連の記事、美術論文、短編小説、ファンタジー小説などを書いた。
(追記)曲目解説はあまりよくわからない(すいません)。テキスト的にはヒンドゥー教とかその辺の歌詞なんだろうなあ、というくらい。曲的には決してシマノフスキと対立する作風ではないような気がするんだけど…。(個人の意見です) 東洋的な感じとフランス音楽的の折衷的な音楽。
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なお、このセットですがHMVなど国内で購入すると35,000円前後します。私はAmazon(結果的には英国Book Depositoryに注文)で買ったので23,000円くらいでした(送料無料!)。ただ、2週間ちょいかかりました。あまりおすすめしませんが。
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