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2010年11月 9日 (火曜日)

ポゴレリチの「葬送」を聴きながら、悲しみについて語る。

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番「葬送」
イーヴォ・ポゴレリチ(ピアノ)
(1980年ショパンコンクールでの演奏)

カプリッチョレーベルから出ている「グレート・ショパン・パフォーマンス ショパン・コンクールの覇者たち」という5枚組のCDの中の一枚。ポゴレリチは本選には入ってないわけだから、覇者じゃないんじゃないんじゃねーかと思うんだが、それはおいといて。

たまたま、ホロヴィッツの「葬送」と一緒に買ったので、続けて聴いてみるという荒業もしてみた。なんというか・・・全然違うんだな。ホロヴィッツが歌舞伎十八番みたいな大見栄を切ったような演奏だとすればポゴレリチはなんだろう・・・、前衛的な演劇みたいな感じか? どっちが優れているというわけでもなく、どっちも私はいいなと思う。ホロヴィッツは往年の巨匠の味があり安心できるし、ポゴレリチのは聴いていてクセになる。何回も聴きたくなる。

↓映像。登場からなんだかヘン?
http://www.youtube.com/watch?v=WL_I1z5OHe4&feature=player_embedded#!

今さらだけれども、葬送はとてもヘンテコな曲だと思う。4楽章あって、どれもこれもバラバラである。第3楽章は有名すぎるくらい有名だが、注目すべきなのは第4楽章である。私はある意味第3楽章よりも第4楽章のほうが怖い。葬送行進曲の後に間髪入れず奏でられるあの意味のない「パラパラパラパラ・・・」という音楽は、何を意味しているのだろう。
(ウィキペディアを読んでもわからん)

私はショパコンで何度かこの曲を聴いたが、「葬式終わったあとでいちもくさんにパラパラと弔問客が帰る様を表しているのか?」と勝手に思っていた。とにかくシュールである。

さてポゴレリチ。演奏が終わったあとの観衆の咳とともに微妙な拍手がとても珍しい。やはり微妙な演奏だったんだろうか・・・今から30年も前の演奏である。

さて。本日の標題にある「悲しみ」について思うままにつづろう。まるでショパンの幻想曲のように・・・・。

・6枚もショパンのCDを買ったのに、「雪の降る町を」が入ってない!!ショパコンで何回も聴いたけどアレは何て曲だったのかしら・・・と今頃調べて「幻想曲」だと判明。アレも今回気に入った曲の一つ。

・この「グレート・ショパン・パフォーマンス ショパン・コンクールの覇者たち」の演奏者写真が、マルタ姐さんは昔の美しい写真なのに、ポゴレリチは現在の丸刈りの写真。なんかガッカリだ。

・平野啓一郎の「葬送」を読まなきゃ!!と思い、勇んで本屋に行って上下巻を買ったが・・・何故か買ったのは第1部の下巻と第2部の上巻だった。どうすればいいのだ。っていうかそんなに何巻もあるって知らんかったわ。大きな本屋で買ったのに。ああ、久しぶりの読書欲を・・・どうしてくれよう。

・毎年のことながら・・・年末調整が始まる。鬱になりそう。あ、鬱病歴は全然ありませんから念のため。

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