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2010年9月23日 (木曜日)

エルガー/生命の光 グローヴズ

エルガー:「生命の光」
マーガレット・マーシャル(盲目の男の母)
ヘレン・ワッツ(語り手)
ロビン・レゲイト(盲目の男)
ジョン・シャーリー=カーク(主イエス)
サー・チャールズ・グローヴズ指揮/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団、リヴァプール・フィルハーモニック合唱団


未来記事:エルガー/生命の光 大友直人/東京交響楽団

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来月日本初演されるという「生命の光」である。おそらく聞きに行くものと思われるが(まだ券買ってない)、来月実はコンサートやオペラの予定がほぼ毎週あるので(ぎょえ~)、恐らく予習をする(気持ちの)余裕はあまりないと思われる。なので本日は雨の休日を利用してじっくりと?予習。

だが。

何かを書こうにも私の入手した音源には日本語解説&対訳(歌詞もw)がない。珍曲なのでまあ当然なんだけど、結構これって苦しいんだが。うああああ。ただ聴いてるぶんにはいいんだけど、全然頭が曲の内容を受け止めてくれないです、ハイ。

で、ネットにあった英語の解説を見ながら自分の印象をちらほらと。海外旅行から離れてン年。相変わらず怪しい中華料理屋の日本語メニューみたいな訳ですいません。違ってるかもしんね。

つか、オラ仏教徒だもんでキリスト様の言葉がわかんねえだ。

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「生命の光」は、65分ほどのオラトリオである。テキストは E. Capel-Cure牧師による。初演は1896年のウースター音楽祭。

このオラトリオは、聖書における盲目の男性に起こった奇跡を描いたものである。
配役は  盲目の男の母親(ソプラノ)、語り手(コントラルト)、盲目の男(テノール)、主イエス(バリトン)

<1> 曲は管弦楽のための「瞑想」で始まる。ブラームスっぽい神秘的な雰囲気からすぐに滋味深いエルガーらしい旋律へ。

<2> 最初の声楽は寺院でレビ人が歌う男声合唱("Seek Him")であり、それに続き盲人が光を祈願する短いテノールソロ ("O Thou, in Heaven's Dome")に至る。

<3> コントラルトによる短いレシタティーヴォに始まり、「その人は罪を犯した」の合唱に至る。

<4> 表情豊かなソプラノのソロ("Be not extreme")で、盲人の母は彼女の息子が他の罪によって罰せられたことはないと断言する。

<5> イエス(バリトン)が「どれもこの男の起こした罪ではない」と歌う。シャーリー=カークが大変素晴らしい。やはりイギリスものはこの人でなくては(個人的にはファンなので)。

<6> 合唱による輝かしい「暗闇からの光」。来るべき奇跡を予感させる。(ここは結構クル。)

<7> 盲人の目には油を塗られ、シロアムの池で洗うように言われる。(シロアムの池とは良く知らんが聖書に出てくる奇跡の池らしい。ルルドの泉みたいなものか)

<8~9>「父の慮りを疑うなかれ」("Doubt not thy Father's Care") ソプラノとアルトのための表現力豊かな合唱。並みはずれたインストルメンタルのアンサンブルが続く。盲人が奇跡に関して彼の隣人によって質問される。

<10~11> 盲人は質問に答えて語る。それに関してバリサイ人の活発な対話が続く。

<12> コントラルトの語り手のためのアリエッタ。 ("Thou only hast the Words of Life")

<13> 奇跡を疑っているユダヤ人が母と盲人に質問する光景がドラマティックな管弦楽によって効果的に描かれる。

<14> 女声の美しいソロと合唱("Woe to the Shepherds of the Flock") 。

<15> 主イエスの彼が癒した男との対話。("I am the good Shepherd")。

<16> 合唱による輝かしい終曲 ("Light of the World")。

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まあ、はしょって言えば 「キリスト様が盲人を見えるようにして下さった、ああ有難や有難や」 という話である。それさえわかればもう半分は曲を理解したと思っていい(かな?)。まあ、あたしみたいに聖書に無縁の仏教徒には親しみやすいとは言えぬ内容だが、曲自体はとても親しみやすくドラマティック。「生命の光?何それ新興宗教??」とかちょっと恐れていたけどいい曲でした。

icon ←グローヴズ盤は廃盤のようなのでヒコックス盤。 icon

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コメント

 グローブス卿、ヒコックス卿、マッケラス卿、日本での評価が高まらずのまま鬼籍に入ってしまった。バルビローリ卿はマーラーで、ボールト卿はブラームスで、とにかく評価を得たが、こうした決め手がなかった、というかあっても無視されたのか、シベリウス、ヤナーチェックでは日本では亜流扱いの作曲家だったし。
 卿がよくないのか。サージェント卿しかり、ショルティ卿しかり(ショルティはハンガリー出身だっけ)。サイモン・ラトルは卿になっていたかな。
 なぜ、日本はジョンブル指揮者を軽視するか、永遠の謎だ(そんな大げさなものではないか。独墺主体の現地主義だけにすぎないのだろうけど)。

投稿: 面久院滅多坊 | 2010年9月23日 (木曜日) 20時57分

>>面久院滅多坊さん
真面目に考えてみますと。
wikipediaのカテゴリー「日本の指揮者」にはカタカナの指揮者は4人。グルリット、クロイツァー、プリングスハイム、スマイリー小原。そのうち3人はユダヤ系ドイツ人です。日本の初期のクラシック音楽界を形作ったのはドイツ人なので、日本人が独墺音楽家に傾倒しがちなのも仕方ないかと。しかも、EMIが廉価盤を『サーのついた』サージェントなどの英国指揮者で大量に出し過ぎたお陰で英国の『サーのついた』指揮者は軽く見られている気がする(これは私の想像w)。いかんですな。

投稿: naoping | 2010年9月24日 (金曜日) 20時29分

 どうでもいいといえばいいのですが、昔、シャボン玉ホリデーを見ていて、スマイリー小原が出てきたら、マルコム・サージェント卿がゲストに来ていたのかと思ったことが。サージェント卿、貴姉のブログでとてもたいへんな人生を送っていたと知り、不遜なことを考えていて申し訳ないと今になって思っておるのです。

投稿: 面久院滅多坊 | 2010年9月24日 (金曜日) 22時47分

>>面久院滅多坊さん

そういえば遠目に見ると似てないでもないですね。

スマイリー小原
http://www.youtube.com/watch?v=spNUbRdavnA

サー・マルコム・サージェント(青管)
http://www.youtube.com/watch?v=kYNjY9p4c1E&feature=related

投稿: naoping | 2010年9月25日 (土曜日) 09時31分

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