« 会社が寒いっ | トップページ | Let's あん肝。 »

2010年1月14日 (木曜日)

ストヨフスキ/カンタータ「ポーランドのための祈り」

P1110313 ジグムント・ストヨフスキ:
 管弦楽のための組曲変ホ長調 Op.9
 カンタータ「春」Op.7(混声合唱と管弦楽のための)
 カンタータ「ポーランドのための祈り」Op.40
  (ソプラノ、バリトン、混声合唱、管弦楽とオルガンのための)

マルタ・ヴルブレフスカヤ(ソプラノ)
マチェイ・ボグミウ・ネルコフスキ(バリトン)
ラファウ・スリマ(オルガン)
マルチン・ナウェンチ=ニェショウォフスキ指揮
ビャウィストク・ポドラシェ・オペラ&フィルハーモニー管弦楽団
(DUX 0625)
.
.

はい、ストヨフスキ言います~。今日は名前だけでも覚えて帰って下さいね~~~。

ジグムント・デニス・アントニ・ヨルダン・デ・ストヨフスキ(Zygmunt Denis Antoni Jordan de Stojowski, 1870年5月4日 – 1946年11月5日)はポーランド人ピアニスト・作曲家。20世紀になると渡米し、ニューヨークを拠点に、いわば第二の故郷として活動を続けた。

パデレフスキの弟子だったという。アメリカでは音楽教師としてかなり偉大な人だったようだ。作曲家としても結構いろんな分野の曲を残している。

過去記事:YouTubeで聴くポーランドの作曲家

ストヨフスキは↑過去にもほんのちょっとだけご紹介しました。で、一曲目の「管弦楽のための組曲」は華麗にすっとばして、本日は声楽曲のみのご紹介。

P1110312 このCDの注目すべき点は、英グラモフォン誌のエディターズ・チョイスのシールが誇らしげに貼ってあることである。これって、レコ芸で言ったら「推薦」ということなんだろうか。

で。

こんなあんまり知られてないような作曲家の曲が、英国の雑誌で褒められてるというのって・・・と不思議に思った。で、聴いてみた。

で、「なるほどな~」と思った。いかにも英国の人が好きになりそうなカンタータだ、と思った。

とくに「ポーランドのための祈り」が。
端的に言えば、ポーランド版「希望と栄光の国」といった風情である。一瞬プロムス始まっちゃったかと思ったくらい。これはエルガーか、はたまたパリーかと、

もうね、歌詞からしてそんな感じなの。

(原語はポーランド語)
Thou Queen of Poland, thou Queen of the Angels,
Thou who beneath the deepst woe didst languish,
When thy Son to earth's dark vally descended.
・・・

こんな感じで始まる。音楽はゾクゾクと最初は静かに始まり、パイプ・オルガンとともにだんだんと荘厳に盛り上がる。ジャーン!! 後ろでハープがぽろろん。
もうね、この作曲家がエルガーの声楽曲聴いたことないって言ったら怒るぞ、くらい。 エルガー好きな人には一聴をすすめたい・・・っていうか、聴いて「しょえ~」とのけぞって欲しい。

で。

聴き進めていくうちにソプラノとバリトン独唱のあたりから「あ~やっぱり、ポーランドだなあ」という気がする(ポーランド語って言語のせいかも?)。多少、ロシアっぽい郷愁に包まれる。ああ、良かった。・・・と、途中でまたちょっと不気味な男性合唱に「ゲロ夢」の匂いが。気のせい?? で、最後はやはりオルガンとともにいかにも荘厳に盛り上がって終わる。22分と比較的短い。

うーん。これはなかなか興味深い曲だわ。

で、もう一曲のカンタータ「春」はたった7分であるが、とても春らしい、穏やかな喜びにあふれたチャーミングな声楽曲。すぐ終わってしまうのでつい何回も聴いてしまう。ボッティチェルリの華やかな絵画を思い出す。

どちらも録音のよさと合唱団のうまさもあり、かなり聴かせる。



icon icon

-----

Banner2_3 にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

|

« 会社が寒いっ | トップページ | Let's あん肝。 »

コメント

 東京オリンピックまであと1年、なんて言っていた頃、日本は貧しくて銀座通りなんぞ、壜と棒でうずまっていた。だから、格差なんてなかったし、勝ち組も負け組もなかった。職業選択の自由はあったが、職業選別のゆとりもなかった。
 そりゃ、少々金持ちもいたが、絶滅危惧希少種といわれ保護しなければいけないなんぞと、考えることはしなかった。
 わがクラスに絶滅危惧希少種の家に生まれた奴がなぜかいた。ちびまるこちゃんのクラスに花輪くんがいるようなもんだ、花輪くんほどの金持ちじゃなかったが。
 で、奴が、我ら貧乏人のせがれどもを集めて、高級ステレオ装置を使ってレコードコンサートを催してくれたのだが、慈善だったのか自慢したかったのか分からない。手土産を持っていくような気の利いた奴はいなかったが、最近買ったレコードを1枚持っていくくらいの常識はあった。小生、持参をしたのがショスタコビッチの第5、バーンスタインのである。金持ち息子はそれを一瞥して「君は変わった曲を聴くんだね」「第4楽章のティンパニがドンドコなっていいんだ」と答えたが、相手はあまり乗り気にはなってくれなかった。次は、ラテンアメリカ音楽の祭典というこれもバーンスタインでブラジル風バッハ5番とかセンセマヤとかインディア交響曲の収まったレコード、で「君は本当に音楽が好きなの」とのたまわれてしまった。呼ばれたのはこれでおしまい、あきれられたのかもしれない。
 しかし、ショスタコビッチにビラ・ロボス、だぜ。今ならガキでも知ってるぜ。
 カルヴォーチだのストヨフスキなんて持っていったらなんて言われただろう。
 いい時代になったもんだぜ。

投稿: 面久院滅多坊 | 2010年1月17日 (日曜日) 20時04分

>>面久院滅多坊さん
こんばんは。
コメント読ませて頂いて思い出したのですが、私が小学高学年の頃にクラスにやっぱり花輪くんみたいな金持ちの男子がいました。あんなにスマートでかっこよくなくて身なりは何故か汚かったんだけど、彼はヴァイオリンを習っていました。で、ある日彼はカラヤン&ベルリン・フィルのコンサートを親御さんに連れってってもらったらしく、パンフレットを学校に持ってきました(別に自慢げにというわけでもなく、クラスにカラヤン・ファンの女子がいたので頼まれて買ってきてあげたのです)。私は、うちは超貧乏でそんなの関係ないと思ってたから・・・とくに何とも思いませんでした(ホントに)。今考えると、かなり羨ましいけど。

投稿: naoping | 2010年1月18日 (月曜日) 21時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/108585/32988066

この記事へのトラックバック一覧です: ストヨフスキ/カンタータ「ポーランドのための祈り」:

« 会社が寒いっ | トップページ | Let's あん肝。 »