新国立劇場・ヴォツェック
アルバン・ベルク:歌劇「ヴォツェック」
トーマス・ヨハネス・マイヤー(ヴォツェック)
エンドリック・ヴォトリッヒ(鼓手長)
高野二郎(アンドレス)
フォルカー・フォーゲル(大尉)
妻屋秀和(医者)
大澤 建(第一の徒弟職人)
星野 淳(第二の徒弟職人)
ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン(マリー)
山下牧子(マルグリート)
ハルトムート・ヘンヒェン指揮
新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団
アンドレアス・クリーゲンブルク演出
注)これから観に行く方は読まないで下さい~。
昨日に続いてのオペラ鑑賞である。二日続けてって正直言ってキツイんだが取っちゃったから仕方ない。ただ、ワーグナー二連ちゃんとかよりは全然マシ。
しかし・・・すごい楽しみにしてたヴォツェックなんだけど。どうだろう。うーん。12年も前に見た、シェロー演出のヴォツェックと比べる気もないし、「まー全然違うから」とか思って(かなりはりきって)臨んだんだけど、結局なんか・・・昔の印象をよっぽど引きずってるんだなあ私、と気付いたわけで。
えーと一言でいえば、今回のヴォツェックは「びちゃびちゃヴォツェック」である。舞台一面にお水が張ってあり、その上に箱型の室内がしつらえてあって、それがメインになったり奥まったりとかして舞台転換をしている。舞台装置とか衣裳とか、さすがドイツ製プロダクションという感じで色彩的に統一感があり、現代美術を見ているようである(日本人が作るとどうしてこういうふうにできないのだろう。歌舞伎はあんなにきれいなのに)。
で、演出家は「このびちゃびちゃの舞台を使って、じめじめした貧困さとかどん底さとかを表そう」とか思ったんだろうと思う(そうとも書いてあったし)。それはそれで成功してるし、しめたうまいこと考えたとか本人は思ってるかもしれない。
しかし、(私から見てだが)これがこの演出の最大のダメなところである。
舞台を水浸しにすることによって、出演者はみんなゴム長靴をはいて、滑って転ばないようゆっくりと登場する。または板の上に登場人物なり楽団なりピアニストなりが乗って、下で何人もの人が運んでいる。・・・ということですべて舞台進行がゆっくりとしたものになる。
ということで、アルバン・ベルクのこさえた音楽のいい面がぜんぜん死んでる。ベルクの音楽は舞台転換がすいすいと進むことに快感があるんだと思っているんだもん、私は。映画のフェイドイン・フェイドアウトのような感じ・・・たとえばヴォツェックとアンドレアスの場面から軍楽隊の音楽が急に入ってきて、マリーが登場・・・とか、マリーが殺されたあとにオケの大音響があり、それが終わってぱっと酒場の場面、とか気分いいくらいの舞台展開が・・・今回の演出にはない。まるで水中で行われているように(事実だし)ゆったりゆったりと進んでいく。
ぶっちゃけ面白くなかった。
他に気がついたこと。
・マリーの子供が結構活躍している。最初の場面から登場するから、大尉の「教会の祝福を受けていない子供」云々の話も子供は聞くことになる。子供っていっても設定的に結構大きいからわかっちゃうんじゃないかと。全体的にほぼ出ずっぱりで、テレビに出てる子供店長並みの働きである(わしはこんなオペラ出とうなかった~)。たまに水彩ペンキで壁に字を書いたりする。ヴォツェックにやじるしを向けて「←パパ」とか、失業者の集団の後ろで「お金」、そしてマリーに向かって「売女」と、もちろんドイツ語でな。
・マッドサイエンティストというか医者の役の妻屋さんはトーキョー・リングでおなじみのよいお声の歌手さんだが、考えてみると普通の人間の姿でお目にかかったことがない。いつも巨人とかな役なもんで。今日もすさまじいものがあった。大尉のへんな肉襦袢の衣裳とともに、なんか気の毒に思った。
・ヴォツェックのおかしな実験道具みたいなのに入ってた実験用ネズミさんは、ちゃんと生きてた。
・マリー役の人は全体的に顔の造作が大きい人で(目も口もでかい)、いかにも歌がうまそうな感じ(吉田美和タイプか?)。多少エロさが足りない気はする。浮気を反省するところは少しホロリときた。
・酒場の客の合唱団は男女ともハゲ、というか髪が薄いんだが。
・ヴォトリッヒはいつものよーに、声があんまり聞こえない。もう慣れた。
・アンドレアスの人は「おっ、きれいな声をしている」と感じた。
・マルグリートの胸は本物ではない。
・舞台上で使うマットレスは水浸しになったあとどうするんだろう。必死で乾かすのか、それともたくさん用意してあるのか。
・「アルバイト(労働)」と書いた失業者の人々がたまに施しのようなものに群がるのは・・・なんか身につまされるというか。現在の日本を見ているようだ。私だってこんな高い金払ってオペラ見てるけど、食費をなんとかものすごく切りつめてまでオペラを見るっていう底辺な生活を送ってるわけで・・・というわけでもうちょっと楽しいオペラが見たいんだけども(「じゃあ見るな」って言わないように)。
・だって、昨日の夕食なんかビーフステーキだぜ、一枚140円の。タイムサービスで意外と柔らかくて美味しかった。いつもありがとう業務スーパー。
・指揮者やオケについて、何か言うのは失礼に思う。この演出ではキビキビと曲を進めようと思ってもできないのかもしれないし・・・よくわからないが。ちゃんと音楽は進んでた。
・カーテンコールで、指揮者等もゴム長靴履いてたのがちょっと笑った。
・昨日のカプリッチョが懐かしかった。演出過剰とか思ってごめん。
・批評が厳しいのは曲への愛情の裏返し。
・拍手はたくさんだったし、ブーイングはありませんでした。ただ・・・帰り道の観客の皆さんはほとんど「?」って感じの顔でした。
・ヨーロッパから遠い異国の日本でヴォツェックが見られるなんてありがたいと思いなさい(←自分に向って)。
ツリーの前で、ヘブンアーティストさんが一生懸命曲芸をしてたんだけど、お金あげなくてごめんなさい。
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コメント
今日見ました。全体としては中々頑張ってくれたと
思うけど確かに演出は、もう1つですね。
その昔、バレンボイムの時も見てますけど、
自分が行った日はオーケストラが疲れていて、
迫力にかけたですね。
投稿: シロクマ雄 | 2009年11月23日 (月曜日) 22時43分
うちの近くの業務スーパーは閉店しちゃいました。
ってそっちはどうでもよく、今日も予定かぶってたみたいです。
今回は期待し過ぎたためか、演出は完全に期待はずれでした。
事前のオペラトークで演出家は水の役割の一つに音楽の一部として、みたいなことを言っていたので、
音響的に効果的に使われてるのかなと期待したんですが、完全に音楽を阻害してましたね。
あんまり好意的な感想を見かけないので一応フォローしとくと、
ヴォツェックがナイフを何度捨てても黒服に渡されるというアイデア
(たぶん心理的には、何度捨てても手元に残っていて焦る、な感じだと思いますが)
だけは面白いと思いました。
今、12年前のベルリン国立のプログラム見てますが、ヴォトリッヒがアンドレスやってたんですね。
あんま記憶にないです。まあ、アンドレスあんまり出番ないですけど。
投稿: フィディ | 2009年11月24日 (火曜日) 00時07分
こりゃおもしろそうだ。
人が駄目というものほど見たいものであります(ひところのトラ・ファン)。水の演出今シーズン新国のオープニングの「オテロ」もそうでしたね(あの時は花火も可愛らしく鳴ってました)。あと、「バラの騎士」も、マルシャリンが時の移ろいを感じる第1幕のエンディングで、ガラス窓を水が流れてましたっけ・・・。
ケージじゃないけど、楽音以外も「音」として存在することが許されている-そういうあり方もいいのかなぁ。
投稿: IANIS | 2009年11月24日 (火曜日) 22時37分
>>シロクマ雄さん
上演の水準は高いとは思いました。・・・が、この陣容だったらトーキョー・リング並みにガツーンと来るものが演出で欲しかったです。曲が曲だけに。
バレちゃんのあの来日公演はもの凄いハードスケジュールだったから(オペラとベートーヴェンチクルス)、最後のほうにあったベルクでは確かにオケは疲れちゃいますね。
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>>フィディさん
おお、二曲とも同日でしたね・・・。
水のびしゃびしゃも音楽の一部なんて・・・演出家の文章を見て「まあ水琴窟かしら~」とか思ったけど、そんな美しいもんでもなかったです。でも確かにヴォツェックのナイフの場面はちょっと感心しました。手に付いた血のあとがこすってもこすっても落ちない・・・みたいな。
ヴォトリッヒ、アンドレアスのほうがあってるなあと思いました。
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>> IANIS さん
うわあ、読まれましたね・・・(泣)。
でも、ほんとにほんとに上演の水準自体は高かったと思います(フォロー)。でもやっぱり大好きな曲だとどうしても完璧を求めてしまいます。
どんなに色々な演出をされても音楽の新しさってぜんぜん色あせないんだなあ、と改めてベルクには感心してしました。ワーグナーであのびちゃびちゃ演出だったら演出家張り倒されるなあ・・・(ラインの黄金とか?)とか、ヴォツェックをローウェルスの演出でやったらどうかなあとか色々考えてしまいました。
投稿: naoping | 2009年11月25日 (水曜日) 21時21分
今日の公演を観てきました。わたしは「ヴォツェック」は初観劇でしたので、何の先入観もなく楽しんで参りました。次に観る時これがベースになっていいのかどうかは定かではありませんが。バケツからばらまかれるパン(?)に群がる求職者たちが池の鯉に見えて仕方ありませんでした。
歌手に穴はなく、オケもヘンヒェンらしくすっきりと丁寧にまとめていて音楽面でも充実していたと思います。
それにしても若杉氏、「軍人たち」「ムツェンスク郡のマクベス夫人」それにこの「ヴォツェック」と、よくもまあ似たテイストの作品ばかり並べたものですね。
投稿: 白夜 | 2009年11月27日 (金曜日) 00時09分
>>白夜さん
26日に行かれたのですね。私ももし初観劇ならば、先入観なく楽しめたかもとは思いました。
求職者にばらまかれるパンとか施しは、一歩間違えると自分の姿(・・・というか今の日本人だったらいつ何があるかわかりませんし)を見ているようなそんな痛々しい感じを受けました。ドイツ人演出家なのに、まさか日本の年越し派遣村を知っててってことはないよねえとか思いながら見ていました。
歌手はみんな良かったですね(ヴォトリッヒはアレですが)。何で私楽しめなかったんだろう・・・。滅多に日本では見られない演目なんで、見れてよかったなあという気持ちはあります(カプリッチョと同様にね)。
新国立の「ムツェンスク」は残念ながら見なかったのですが、昔ゲルギエフの指揮でこのオペラを観たときは音楽的に凄い衝撃を受けました。オペラって色々な楽しみ方ってあるんだなあって思いました。
投稿: naoping | 2009年11月27日 (金曜日) 20時59分
はじめまして。今回の公演に何か納得が行かずお尋ねさせてください。ヴォツェックを11/23に観ました。もちろん初めてです。曲とオケはすごく良かったんですが、みなさんがおしゃるように???でした。事前に色々調べたんですが、「最後に救いがある」と。それは子供が、馬遊び(ぱっかぱっか)をしていて、友達を追いかけて行く、という無邪気さに未来が残されている、という解釈だと思うのですが、今回のエンディングは 子供がただ立っているだけで、幕が降り みんな中途半端な気持ちだったと思います。スタンダードな演出とはいかがなものでしょうか。バレンボイムのDVDを買って違いを見たほうが良いでしょうか。納得行かず、お尋ねで書き込ませていただきました。
投稿: 京王線 | 2009年11月28日 (土曜日) 21時48分
はじめまして。
僕は同日の「ヴォツェック」見ましたが、そこまで悪くは無かったですよ。(゚ー゚;ヴォトリッヒも全く問題無かったし、ビンビン聴こえました。
演出も鈍重になっているとは思えませんでしたし、ベルクの音楽が死んでいるとは1ミリたりとも感じませんでした。キビキビとした直線的な舞台の運びではないですが、非常に流れの良い演出だと思います。水の音も鑑賞に堪えない程ではなかったと覚えています。
またパン(?)をバッとばら撒くところの「もう少し楽しいオペラを…」は、「ヴォツェック」というオペラが楽しくないのでそれは無理なコトではないかと。
投稿: ちかどん | 2009年11月28日 (土曜日) 22時36分
こんばんは。
遅ればせながら最終日に行ってまいりましたが、あまりに暗澹として、記事が書けませんでした。(というか飲みすぎか)
私は、20年以上前の若杉さんの指揮した上演からほんとに久しぶりの「ヴォツェック」の舞台でした。
アバドもバレンボイムも、それこそ極貧時代でしたので行けず、そのくせワーグナーには行っていたのですがね。
なにもここまで、リアルに悲惨さを描きつくすことはないと思いましたね。
ただでさえ厳しい世の中、身の回りにこんな悲劇はたくさんあるのに・・・、という気分でした。
でもドイツの一流劇場とコラボレーションでき、お国の劇場でこんな内容のオペラが続々と上演される、ということの意義も大きいと思います。
弊ブログでも書きましたが、過激なドイツの出し物を時おり導入して、われわれを刺激していって欲しいものと思います。
木馬で遊ぶなら、もう少し小さい子なのでしょうが、この演出では、芸が要求されるし、そもそも木馬に乗らないから、少年ですね。
彼は可愛かったです。
バイエルンの映像を見ると、もっと大きくて、眼鏡をかけていて、ハリーポッター似でした(笑)
投稿: yokochan | 2009年11月29日 (日曜日) 01時38分
>>京王線さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
そうですね・・・ベルクはそもそもいろんな解釈ができるように曲をこさえてるんじゃないかなあと思います。まあ両親死んでしまってもともとビンボーで、この子供の未来は明るいとも思えないですけどね。結末は観客が各自考えるんでいいんじゃないでしょうか(・・・って私は思います)。ただ、バレンボイム=シェロー版の結末も希望には向ってる気はしませんでしたが(観たのずいぶん前なんでアレですけど)。あの結末の「観客置いてきぼり感」がこのオペラの魅力の一つかと。すいません、明確な答えがなくて。
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>>ちかどんさん
はじめまして。コメントありがとうございました。
公演を楽しまれたのならば、それはとてもよいのではないでしょうか。これに越したことありません。ただ、「楽しい舞台を」って書いたのは半分ギャグでして(このブログ、半分は冗談でできてます)、その点誤解なさらぬよう。
しかし、楽しさは求めないにしても、舞台びちゃびちゃ、合唱団は男女とも薄毛、素ではイケメンのはずのヴォト君はべつにカッコよくもなく・・・。視覚的に心に残ったのは「新国立劇場の最新の舞台機構」だけだったんですが・・・ダメすっね、この管理人。
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>>yokochanさん
感想を読ませて頂きましたが・・・本当に悲惨な舞台でしたよね。今になって考えてみると「ヴォツェック」にしろ「ルル」にしろ悲惨な話だしハッピーエンドではないけれど、悲惨ながら(他の作曲家のオペラとは違う)全体的に漂うある種のかっこよさ、スタイリッシュさ(あと「オレ、ベルクのオペラ観てるんだぜえ。かっこいいだろう?」みたいなある種の誇りみたいな?もの)が今回の公演は跡形もなく消えちゃってるなあ・・・と感じました。比べるのはアレですけど、少なくともシェロー演出は「かっこよかった」ですもん。
マリーの子供はハーフなんでしょうかね、可愛かったです。本当によく頑張ったなあと思います、黒ペンキ店長。
投稿: naoping | 2009年11月29日 (日曜日) 08時31分
naopingさま
ご回答ありがとうございました。m(_ _)m
私が見たヴォツェックの解説が、主観的だったんですね。出典を忘れてしまいましたが、絶望なら、絶望と言ってくれたほうが変な期待をせずに済んだのに・・・
バレンボイムのDVDを買って、ゆっくり聞いてみます。
投稿: 京王線 | 2009年11月29日 (日曜日) 19時00分