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2009年7月22日 (水曜日)

ちょっと昔のレビュー(8)*1995年・若杉弘・グレの歌*

若杉さん、とうとう・・・。

おそらく若杉さんは、私が一番実演に接した指揮者だと思うので(とくに人海戦術もので)、どうしても「ご冥福をお祈りします」とか言う気にまだなれません。訃報を知った時も若杉さんの腕を引っ張って「まだ!まだ仕事残ってるから!ヴォツェックは?影のない女は?まだいかないで!若杉さん!」とか言いたい気分でした。

でも、どうしても若杉さんにはこう言いたい。

「若杉さんが日本にいて下さったおかげで、日本にいながらにしてクラシック音楽の素晴らしい演奏にたくさん接することができました。若杉さんの演奏は一生忘れません。たくさんの素晴らしい演奏をありがとうございました。」

ということで、ちょっと追悼特集みたいになってしまいますが(いやだよう・・・)。

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1995年5月25日
シェーンベルク:「グレの歌」
岩水圭子(トーヴェ)、田代誠(ヴァルデマール)、ラインヒルト・ルンケル(山鳩)、小林一男(クラウス)、志村文彦(農民)、木村俊光(語り)
合唱:国立音楽大学
若杉弘指揮/NHK交響楽団

(NHKホール)

私が多分中学生だった頃、この曲に出会った。小澤征爾のレコードだった。そのジャケットの絵がムンクで、題名は忘れてしまったけど日の出の絵だった。

この「グレの歌」という曲はとっても不思議な曲で、合唱曲というものでもないし、オラトリオでもない。ましてやオペラでもない。レコード屋で探すと声楽曲、ということになるのだけどほんとに単なる「グレの歌」となっているところが好きだ。

シェーンベルクは好きな作曲家の一人ではあるけれど、全部の曲が好きというわけではない。初期の「清められた夜」なんてのは背筋がぞくぞくするほど好きだし、「月に憑かれたピエロ」だって大ファンだ。室内交響曲もいいと思うし、本当は「すき」と言ってはいけないのかもしれないけど「ワルソーの生き残り」なんて一緒に歌えてしまうくらいだし、「期待」ってオペラの病気っぽいオペラも好きだし・・・と書ききれないくらい好きな曲があるはずなのに、どうも「アイ・ラヴ・アーノルド(はあと)」とは言いきれないとこがある。

「モーゼとアロン」を全曲CDで聴く、なんてのはものすごく勇気のいることだし、ほとんど無調で書かれたものはもうお手上げである。彼の弟子のベルクの曲はほとんどが調性なしで書かれたものなのによっぽど親しみやすいのは不思議である。

さて、話を「グレの歌」に戻すと、今回のN響の演奏が実演で聴くのは私は初めてである。しかしものすごく発見が多かった。この曲がとてつもなく難しいということ、すごく手がかかる曲であるということ、たくさんの人でやっているということ、そしてとてつもないパワーのある曲であるということ、など。

私はなんと前から2番目の席だったので、最強音になるともうその場にいるのが辛くなるほどの大音響だったのだが、その反面、弦だけの室内楽的な部分は本当に美しく聴こえた。第一ヴァイオリンだけでも何パートにも分かれているのね、と新しい発見。

第一部で、トーヴェやヴァルデマールの歌が交互に歌われるとき、私は何故かクリムトの「接吻」の絵が思い出されてならなかった。美しい少女、その周りを彩る花々や装飾的な文様、それがオーケストラの細分化された美しい響きとともに浮かび上がってきたのである。美しく、色彩的で、いまにも崩れ落ちてしまいそうな音色。私がこの音楽の中に求めていたのはこれだったのではなかったか。

続いて「山鳩の歌」。この日に出演したルンケルという人は最近よくレコーディングをしていていくつか聴いたけれど、この日 生の声を聴いて、久しぶりに本物のドイツ・オペラの声を聴いた気がした。これだけでもこの日行った甲斐があったと思う。素晴らしい歌手である。

でも歌も凄いけれど、やっぱり管弦楽。沢山の楽員の人の奏でる音楽のなんて精妙なこと!シェーンベルクは天才である。

農民やら合唱やら道化のクラウスやらが登場し、やっと最後の「語り」へ。ここは私の持ってるCDのハンス・ホッターの印象があまりにも強過ぎるけれど、この日の木村さんは頑張ってた。

オーケストラが静まり、いままでねちねちどろどろのロマン派音楽を繰り広げていたのに、急に人が少なくなって、せいぜい10人くらいの人の演奏の中で、語り手がひょっこり現れる。しゃべるでもなく、うたうでもなく、新しい音楽の登場を見守る。ここからは今までと違う、20世紀の音楽の出現である。その登場は感動的である。そして今まで「ありゃ?」「なんだ?」と思いながら聴いていた人々もこの新しい音楽に同調する。そして音楽が盛り上がるにつれ、だんだんと人数が増えてきてどんどん大きくなっていく。(ここらへんはもう失神寸前であった) そして最初に書いた、ムンクのジャケット絵のような、舞台いっぱいの大きな大きな日の出が目の前に広がっていく。合唱。大いなる感動。終結。

この曲は実演に限る。CDじゃ本当の面白さはわからない。若杉さんに多謝。オネゲルのときも良かったけれど、この日も最高!でもトランペットのあの難しいソロが聴けなかったのが残念だなあ。

Sunムンク作「太陽」(1909‐11)オスロ大学蔵

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コメント

naoping さん、こんばんは。お久しぶりです。

私も若杉さんにはどれだけ感謝してもし足りない一人です。
この「グレの歌」、当日私も会場におりました。
曲が進むにつれて会場が異様な空間に変容していったような記憶があります。私自身は正直よく分からないまま圧倒されてしまいました。
当時私は関西在住で、東京ではこんな物凄いことを普通にやっているのかと慄然としたものですが、物凄かったのは若杉さんの力量だったのだと後々思い知ることになったのでした(私の場合は特にマーラーで)。

彼の名演をまだまだ聴けると思っていただけに、悲しみも一入です。

投稿: shu | 2009年7月22日 (水曜日) 22時52分

こんばんは。
噂をしたばかりなのに、ついに嫌な予感は的中してしまいました。
このグレの歌、私も行きたかったのですが、例の火の車状態でありました。ご生大事にビデオを持ってます。

私も、若杉さんには感謝してもしきれません。
特にワーグナーとシュトラウスにおいて。
あとは飯守さんだけになってしまいました・・・・。

私は追悼記事を起こしましたが、何か同じような内容になってしまいました。

投稿: yokochan | 2009年7月23日 (木曜日) 00時04分

>>shuさん
お久しぶりです。
おお、「グレの歌」の会場にいらっしゃってたのですね。なんか「異様な空間」というのはわかる気がします。(本当にいいコンサートというのはなんか客席が「コレ!」「どう?」「キタキタ?」みたいな空気が漂うなあといつも思うんですが、私だけでしょうか・・・)
若杉さんはもうちょっと・・・あと10年くらいは(いやこうなったらせめて5年でもいい)長生きして指揮してほしかったなあというのが正直なところです。


>>yokochanさん
本当に・・・記事に書いたとたん、こんなことになってしまい・・・どうしましょう(おろおろ)。
飯守さんには本当に元気で長生きしてもらいたいです。健康に気を使ってもらいたいです(普段の生活は知りませんが)。たまたまですが、なるたけ飯守さんの実演に接したくて普段全然聴かないブルックナーのチケットを入手しました。恒例の熱血全開プレトークが・・・楽しみ?です。

投稿: naoping | 2009年7月23日 (木曜日) 18時29分

 30年も昔のこと(本当は以上をつけなければいけない)。駆け出し営業マン時代。当時の苦痛は次々知り合うお客さんの顔と名前、必ず覚えておかなければならない頃。ま、得意先に行ってしまえば名前と顔は結びつくが、街中で会うととっさに誰が誰だか分からない。
 地下鉄銀座線、渋谷から新橋(本社がある)に乗り座席に腰をおろす、と、目の前に見知った人がいる、さて、誰だろう。思い出せない、分からない、どうしようとうろたえたが、その人、私に関心も寄せず鞄から書類を出して、読み始める。その書類、楽譜だった、あ~、若杉弘さんではないですか。私は知っていても、むこうは私のことなど知る由もない。ほっとしてしまった。
 都響時代だったかな、今日、なにを演奏するのですかと聞きたかったが、譜面を読み込む雰囲気は話しかけできようはずもない怖さ。あの時、若杉さんはまだ40代。まだまだと思っていたのに、76歳となっていたのですか。もっと演奏会に行けばよかったな。
 おたまじゃくしの羅列を覚える苦労に比べれば、顧客の顔と名前なんか覚えるのなんかわきゃあないじゃないか。励まされた午後のことでした。

投稿: 面久院滅多坊 | 2009年7月24日 (金曜日) 20時36分

>>面久院滅多坊さん
こんばんは。
電車の中で若杉さんにでっくわすとは、貴重な体験をされているのですね。っていうか指揮者の方が(まだ若かったとはいえ)普通に銀座線とか乗られてたんだなあ・・・とか思いました。私だったらもしかして間違って挨拶してしまいそうです。

投稿: naoping | 2009年7月24日 (金曜日) 22時17分

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