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2008年1月29日 (火曜日)

作曲コンクールと私

週刊マイ・ミュージック・スタジオ全国版 2008年2月12日号 こんにちは。

最近コマーシャルでやってる、デアゴスティーニの「週刊マイミュージックスタジオ」だが。自分で作曲した曲を簡単に色んな楽器の音で音楽にすることができるらしい(よくわからんが)。

そのコマーシャルで流れる音楽ってのはイージーリスニング調なんだけど、もしかしてクラシックっぽいものも作れるのかしら~?

まー、今時シロートが作曲って言ってもねえ、この世で作られるメロディってもう全部作られてしまっているって言っていい。だって、最近の曲っていつも「これ、10年くらい前の○○が歌ってた歌とメロディが似てる」って思うもん。

だもんで、ワタクシ的にはコレをもし自分で扱えるとしたら、シェーンベルクの出来の悪い弟子みたいな感じで、12音音楽っぽいものを作ってみたい。(どういうもんなんだかわからないのだが、それっぽく)



そんな私だが、過去に作曲したのって一回くらい。

小学校高学年か中学校の時(あまりに昔のことで忘れた)。
ある日音楽の授業の時何の前触れもなく、先生がヘンな詩のようなものを黒板に書き始めた。「これに曲をつけてください」と先生。

詩はあまり覚えてないが、内容は「夕方に自転車で走ってたら夕焼けが綺麗だった」みたいな感じだったと思う。

これまで作曲って全然したことなかったので、かなり悪戦苦闘した。歌詞の中の「ごらんよ~」とかいうのがポイントかなと思って色々頭をひねったので、ここんとこだけメロディは今も覚えている。

で、提出。その後何日かして音楽の先生に廊下で会って、「こないだ、あなたの作曲した曲を、学校代表として区のコンクールに出すことにしたから」と言われた。学年でたった一人だという。

へええ。そんなもんか。ま、一応歌っぽくなってたもんね。


で、また何ヶ月かして。すっかりそのことは忘れてたのだが、音楽の先生にある日「あ、こないだの曲は残念ながら落ちてしまったわ」と言われた。しかし別にガッカリもしなかった。絵とかだったらどこかに展示されるってこともあるけれど、音楽だとそんなこともないから実感としては薄いよねえ。


で、そのことはまた忘れてて、1年後。

またその作曲コンクールが催されたらしく、ウチの学校の別の学年の生徒が入賞(だか優勝だか忘れた)したというビッグニュースが入った。

学校大喜び。

しかし。

私は、その時だけは「自分が1年前入賞してなくて本当によかった」と心から思った。

その入賞した女の子は、ある日の朝礼で、全校生徒の前でピアノ伴奏テープとともに、朝礼台の上で自分の歌を歌わされたのである。

たった一人で。

しかも、彼女が作曲させられた歌詞というのが、私が作曲したようなノーマルなものではなく、(具体的な歌詞はもちろん覚えてないが)「パンが大好きパンパカパーン」とか「一口食べるとオッペケペー」とか、とても公衆の面前で歌えるような感じの歌詞ではなかったのである。ハズカシイ。

しかし、彼女は堂々と歌いきった。スゲー心臓だと思った。



あたしにはできない。




あたしだったらきっと、お人よしだから

先生「入賞したから、次の朝礼で歌ってね」
あたし「え~!?ウソでしょう?そんなのムリです!できませんよ一人で歌を歌うなんて!」
先生「・・・でも、決まりだから、頼むわね」


などと言いくるめられ、きっと当日まで悩みに悩み続け、熱出して寝込んでしまうか、屋上から飛び降りることを考えたりするかもしれない。

自分は美大を受けたり、絵画展に出品したりしてたから、落ちたり受かったり今まで色々あったけれど・・・

ああ、落選してて良かった~と心から思ったのはこの時だけである。




・・・というお話でした!

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