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2006年11月11日 (土曜日)

コルンゴルト/ヘリアーネの奇蹟

Pa0_0024 コルンゴルト:歌劇「ヘリアーネの奇蹟」
アンナ・トモワ・シントウ(ヘリアーネ)、ハルトムート・フェルカー(暴君)、ジョン・ディヴィッド・デ・ハーン(異国の男)、ラインヒルト・ルンケル(王の女使者)、ルネ・パーペ(牢番)、ニコライ・ゲッダ(盲目の断罪官)、その他
ジョン・マウチェリー指揮/ベルリン・ドイツ交響楽団

コルンゴルトを重要な柱としているこのblogなので、このCDはどうしても取り上げなくてはならない、と常々考えていた。コルンゴルトの(彼の思う)最高傑作ということらしい。

でも、どうもずっと気が進まなかった。

このオペラ、筋がよくわからない。複雑・・・というか、シュレーカーのオペラにも通じるものがあるんだけど、つまり。

「あたしには何の関係も興味もないストーリー」

なのである。とにかく興味がわかない。自己投影もできないし、心わくわくのラブストーリーでもないし。とらえどころなし。
あと、もう一つの「気の進まなかった理由」は。

「歌手にいまひとつ興味がわかない」

のである。申し訳ないが主役テノールがやや弱い。シントウももうすこし声に魅力がほしいところだし。

たとえば、「死の都」のコロ、「ヴィオランタ」のイエルザレムの声の魅力には及ばない。

しかし、現時点ではこの録音しかないし(そもそも店にあるのか?)、それでもこの曲の真価を余すことなく伝えていると思うので、鑑賞には十分すぎると思う。贅沢である。録音もよいし。

それと、そんなに重要でないルネ・パーペの牢番がよい。

曲は、ホントに大変素晴らしい。コルンゴルト・サウンド満載である。何回も聞き返したくなるような部分がたくさんある。

合唱も入る第一幕の前奏は美しいし、第1幕の「異国の男」が歌う「自由になるのか?・・・etc.」という盛り上がる部分も素晴らしい。
第2幕で歌われるヘリアーネのアリア(「私は彼のもとへ行きました」)も異様な盛り上がりを見せる。
第3幕は映画「十戒」のような雰囲気でスペクタクル満載だし、二人が昇天する最後の場面のオーケストラもこの世のものとは思えないほど美しい。

<おもなあらすじ>
妻ヘリアーネの愛を得られぬ暴君の支配によって喜びが禁じられた国。喜びと愛を伝えるべくやってきた異国の男が牢獄に捕らえられている。美しい王妃ヘリアーネが登場。死刑を宣告された異国の男を慰めるために全裸になる。

そこへ暴君が登場し、全裸のヘリアーネは見つかってしまう。逆上した暴君はヘリアーネを捕まえさせる。

裁判。異国の男はヘリアーネの胸の中で自刃する。異国の男の処刑に反対する民衆がなだれ込んでくる。暴君は民衆に「異国の男は死んだが、王妃が清純な女であるから彼を生きかえさせるであろう」と宣言する。

王宮前広場。ヘリアーネは異邦人の亡骸に近づき神の名において立ち上がるよう命じようとするが、自分は清純でもなんでもなく彼を愛していると告白。それを聞いて民衆たちは怒り彼女を処刑しようとする。

が、そのとき雷鳴が轟き、異国の男は立ち上がった。異国の男にすがりついたヘリアーネは暴君に剣で刺される。異国の男は暴君を追放し、この国に希望が復活したと歌う。
二人は固く抱き合い、二重唱を歌う。二人は昇天する。

これでもさらーっとまとめてみたがやっぱり長くなってしまった。しかもやっぱりナンだかよくわかんないし。ごめんして。


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