
ベルク:歌劇「ヴォツェック」
フランツ・グルントヘーバー(ヴォツェック)、ヴァルター・ラファイナー(鼓手長)、フィリップ・ラングリッジ(アンドレス)、ハインツ・ツェドニク(大尉)、オーゲ・ハウクランド(医者)、ヒルデガルト・ベーレンス(マリー)、アンナ・ゴンダ(マルグリート)その他
クラウディオ・アバド指揮/ウィーン国立歌劇場合唱団、ウィーン少年合唱団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
過去記事:バレンボイム・ヴォツェック(97年)
ケーゲルのヴォツェック
ベーム・ヴォツェック
ミトロプーロス/ヴォツェック
もうすぐ、新国立劇場のヴォツェックらしいですね~。 (何故他人事)
で・・・・・・・まあ楽しみなことは楽しみなんだけれど、こないだ新国のチラシの舞台写真を見たら、なんじゃこりゃ。なんか・・・もしかしてすごい前衛的なのかしら。ぱっと見はドイツ現代演劇っぽいなあ。ただでさえ音楽が前衛的?なのに、視覚的にも前衛的なのかえ。私はシェロー演出のしか見たことないからどうも想像がつかないや。
シェローの演出はとくに変わったことはしてないし、舞台装置もシンプルでわかりやすかったからね。どんなだろう、ドキドキ。(あと、そもそも演奏がちゃんと進むのかもちょっと心配。酒場の場面の合唱とか。杞憂か?)
そういえば、今日はなんか新国立で「オペラ・トーク」なるものをやったらしいですね。さっきHP見て気がついたくらいなので行かなかったけど。
で、ウチに何組かあるヴォツェックのCDの中の一つ、アバド盤は実は一番最初に購入したものである。国内盤だからちゃんと対訳ついてるしね。はじめはこの曲は対訳ないと辛いと思う。私が思ってるだけかもしれないけど、心構えとしてこのオペラは「演劇半分歌劇半分」と思ってかかったほうがいいかなと。
とはいうものの、以前は実をいうと(前にも書いたけど)このオペラが「ルル」と比べてあんまり好きでなかった・・・というか入り込めなかった、耳で聴く音楽だけでは。全然優美なメロディはないし、すごくとんがった印象だし。マリーが出てきて「ちんぶんちんぶん」言い出す所で初めて入り込んで行く感じだ。
ずっとそんな調子なままだったのに・・・(バレンボイムの)初ヴォツェックを見に行って、頭に拳銃で撃ち抜かれたかなくらいの衝撃を受けて(マリーが聖書を読む場面で大泣きまでして)帰ってきた。で、その時思ったのは・・・まず「ヴォツェック」は舞台で見るしかない。心から理解したいなら舞台で見るのが一番だなあと。見に行けば「ははあ、この曲が傑作と言われているゆえんはこういうことか」と気がつく。で・・・今年はそれができるめったにないいい機会なわけだ。
(まあ、耳で聴いてるだけで「素晴らしい!」って思ってる方もおそらくたくさんいらっしゃるとは思うんですけど・・・このオペラがよくわからんって人のために言うんだけどね)
あ・・・で、アバド盤でありますが。
こないだ亡くなった(うえーん)ベーレンスのマリーの歌唱が素晴らしい。実演で見たヴァルトラウト・マイアーは外見からして映画みたいに美人で色っぽくて「なるほどな」と思ったけど、ベーレンスのマリーは・・・なんというか。日本で言えば四畳半の安アパートで子供を育てながら細々と暮らしている生活感が外見的に漂っている・・・部屋にはちゃぶ台しかなくてさ、シミーズとか着てるんだよね。で、出がらしのお茶とか飲んじゃうんだ。
まあ、CDを聴くぶんにはあんまり容姿は関係ないけど。(ベーレンスはホントに息子を一人で産んで育ててたんだったっけ、今思い出した)
あと、私のアイドルのツェドニクはもちろんいいぜ。イカスぜ。
アバドの「ヴォツェック」は残念ながら日本公演は見なかったんだけど(あたしのバカバカバカ!ベーレンス出てたら絶対見てたぜ)、シンフォニックな感じでかなり聴きやすいかと。アバドはそもそも新ウィーン楽派得意だしな。ウィーン・フィルはお国ものってこともありやっぱりうまい。
・・・ということで、もしかして今回のヴォツェックで「何かよくわかんないけど付き合いで行かなきゃなんない、どーしよー(怯)」とか思ってる人もいらっしゃるかもしんないですが、そんなに恐れることはないと思う。たとえば・・・火曜サスペンスとか見に行く感じで大丈夫かと。ま、短いし(笑)。
・・・・演出にもよるけども。
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見たことはないが。
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